第六章 人の強さ Ⅱ

 先に仕掛けたのは佐村だった。

 義足の脚力を活かした強烈な踏み込み。8メートルは離れていた間合いを、一瞬でゼロにする。


 そしてその突進の勢いを乗せて抜き付け、横一文字の一刀。 

 弧を描いて迫る死の彗星を、善弥は抜き合わせた二刀を交差させて受け止める。

 刃と刃が嚙み合う音がして、火花が散る。


「ぐぅ――!」


 佐村はガゼルほど筋肉はないが、それでも善弥よりは大分骨格が大きい。

 体重乗せた一刀は、善弥に重くのしかかる。 

 佐村の一撃を受けた姿勢のまま、善弥は1メートルほど押された。踵が床を削り、ようやく止まる。


「ほう! これを止めるか」

「――はあぁぁぁ!」


 今度は善弥の番だ。

 間合いが近い。大刀で佐村の軍刀を制しながら、左の小刀で右小手を狙う。佐村は手元を引いて躱す。

 すると善弥は右の大刀で突きを入れる。

 佐村がそれを払うと、さらに左の小刀で追い打ちをかける善弥。

 右の大刀を防げば左の小刀が、左の小刀を防げば右の大刀が、それぞれが連関して動き、相手に出来た隙を見逃さない。

 続けざま六度斬りつけて、善弥は戦いの主導権を奪いにかかる。


「舐めるな青二才!」


 佐村は善弥の右の突きを下段へ払い落すやいなや、峰を踏みつけて刀の動きを封じた。続く左の袈裟斬りを下段から払い上げて、空いた中段に渾身の横蹴りを放つ。 


「がはっ!」


 佐村の義足の踵――鋼鉄で出来たそれは、もはや凶器に等しい。

 まして人間離れした脚力を内包した義足の蹴りだ。その威力は推して知るべし。

 善弥は5メートルも後方へ吹き飛んだ。 

 さすがの善弥も威力を流し切れなかった。たまらず膝をつく。

 呼吸が苦しい。肺が痙攣けいれんする。肋骨は折れていないか――。

 吹き飛ばされて着地するまでの一瞬のうちに、そこまで思考を巡らす善弥。でなければ死ぬと分かっている。


 佐村はここぞとばかりに畳み掛けてくる。

 一流の剣客は、勝負所を逃したりしない。

 一足飛びに踏み込んで、善弥の心臓を狙って突きを放つ――それを待っていた。

 膝をついた体勢から立ち上がりながら、十字に組んだ二刀で佐村の突きを下方へ抑え込む。そして佐村の軍刀の峰を踏みつける。

 佐村にされたことを、即座にやり返して見せたのだ。


「小癪な!」


 佐村がほぞを噛む。

 膝をついた善弥を狙って突いた為、剣先が下がり気味だった。

 そこを狙われ、十字受けで押さえ込まれた。

 攻撃を食らったあとの体勢の崩れさえ次の攻撃を誘う伏線として利用する――恐ろしいほどの機転の良さ。

 善弥の剣腕も、決して佐村に劣らない。

 善弥は佐村の首筋へ、大刀の切っ先を走らせる。


「――甘い!」

「ッ⁉」


 佐村は軍刀の柄から手を離した。

 予想外の行動に、善弥は虚を突かれる。

 佐村は眼前に迫る大刀に怯むどころか踏み込んできた。斬り付ける大刀を保持した善弥の右腕、その内側にまで踏み込んで、斬撃の範囲から逃れる。


 至近距離。

 踏み込みと同時に、佐村は掌打を繰り出した。

 善弥の脇腹に佐村の掌底が食い込む。

 またも善弥は吹き飛ばされた。


「が――は、ああ――ぐっ」


 胴体に短い間隔で二度も痛打を貰い、流石の善弥も傷の痛みを隠し切れなくなった。

 乱れる息を懸命に抑える善弥。

 佐村は床に転がる軍刀を拾い上げ、悠々と構えなおす。

 そんな佐村の様子を見て、善弥は改めて思った。


(――この男、強い!)


 どれ程追い込まれた状況でも、的確に対応し、反撃を返してくる。

 まさか追い込まれたあの局面で、刀を手放すという行為を何の躊躇ためらいもなくするとは思わなかった。虚を突いたつもりが、逆に善弥が虚を突かれる形になってしまった。

 

 善弥は歯噛みする。

 タイ捨流の極意の一つに、水急不流月すいきゅうふりゅうげつというものがある。

 どれ程水が急激に流れようとも、水面に映る月影は流れない。どんな状況になっても決して乱れない心を持てという教えで、いわゆる不動心という奴だ。 

 佐村にはそれがある。

 達した境地の差が、立ち合いに現れている。

 やはりこの男――善弥よりも強い。


(それがどうした……!)


 佐村が善弥よりも強かったとしても、それは逃げ出す理由にも、勝負を諦める理由にもなりはしない。

 リゼを助けると約束した。

 クリと自分自身に。

 圧倒的に不利であると知り、その現実を痛いほど実感してなお、善弥の目から闘志はおとろえていなかった。


「フン、気に食わんな」 


 佐村は未だ衰えない善弥の眼光を見て、鼻を鳴らす。

 そして軍刀を構え直した。

 低く腰を落として右足を引き、右斜め後方へ切っ先を流す――しゃの構え。


(――何だ?)


 善弥は違和感を覚えた。

 車の構え――一般的には脇構わきがまえと言われる、剣を後方下段に流すようにするこの構えは、誘いの構えだと言われる。

 刀身を自分の後方へ持ってくる――つまり敵に我が身を晒す。それによって敵の攻撃を誘い、返し技による後の先カウンターで斬り付けるのに向いている構えだ。

 いわば待ちの構えとも言える。

 また刀身を自分の身体の陰に隠すことで、間合いを悟らせない効果もある――だが。


 善弥は佐村を注視する。

 この男からあふれる殺気は、微塵みじんも衰えていない。むしろその濃度を増していき、空気がまた張り詰めていくのを感じる。

 これが敵の攻撃を誘っている男だろうか? ――否、間違いなく仕掛けてくる。

 そこまで読めたのは、善弥の類まれな才能と戦い続けた剣客としての経験によるもの。そこまで読めていたからこそ、


「ッ⁉」

(消えた――‼)


 視界から佐村が消えても、反応が遅れることはなかった。

 善弥本人の思考に先んじて、両腕が跳ね上がった。うなじをかばうように、身体の背面で二刀を交差させる。

 何故そうしたのかは分からない。

 ただ、身体が反応して動いていた。 


「むぅ⁉」


 善弥の首をね飛ばそうと、身体ごと回転して斬り付けた佐村の一撃。それを善弥の二刀は、寸前で受け止めていた。

 善弥は弾かれたように前方へ自分から転がった。

 転がりながら反転して、即座に二刀を構えなおす。


 佐村は意外そうにしていた。

 必勝を期した魔剣が防がれるなど、考えてもいなかったのである。


「まさか俺の『天廻てんかい』が破れるとはな――貴様を見くびり過ぎていたか」

「『天廻』……」

 ――何故、初見で今の絶技が防げたのか。

 今佐村が行った剣技を、推察する為の手がかりは幾つかあった。

 佐村と戦い背中を切られた師。

 そして今も制御室の床に転がるガゼルの首。その切断面は、背中側から切られたものだった。

 手がかりとしてなら、この二つだけで十分。

 佐村は正面に対峙していながら、背面から斬り付けるという、絶技を持っている――そう判じるには十分過ぎる程だった。

 恐らくはタイ捨流の技を自己流に崩しアレンジたのが、今の絶技なのだろう。


「タイ捨流に伝わる猿廻えんかい――跳び違えながら回り込み斬る技を、その義足で強化した剣技――そんなところですかね」

「……一打ちでそこまで見切るか」


 佐村は苦々し気に言う。


「よもやこの脚を使った魔剣で仕留められんとは思わなかったぞ」


 人間の域を超えた脚力を用いた絶技――なるほど。機械の脚と剣術の腕、両方を備える佐村にしかこの技は使えない。魔剣と呼ぶに相応しいだろう。


「魔剣は破った。勝負は――」

「――まだついていない。とでも言うつもりか?」


 佐村は善弥の台詞をさえぎった。


「その減らず口、いつまで続くかな」


 佐村がまた善弥の視界から消えた――否、消えたように見えるほど速く、視界から脱したのだ。

 今度は見逃さない。

 五感を集中させ佐村の気配を探る。佐村は――上だ。


「なっ⁉」


 善弥は瞠目する。

 天地逆転てんちぎゃくてん。天井に立つ佐村を、善弥は確かに見た。

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