第二章 新時代の魔導書 Ⅴ

 数十分後、人狼化実験を行っている研究室にレクター博士とガゼルが現れた。

 扉のロックが解除された形跡と、開かれた隠し通路の入口を見て、二人は何が研究室で何が起きたのかをすぐに察した。


「まさかこの研究室の隠し通路を使うとは……」

「これであの娘を取り逃がすのは二度目。それも工場に誘い込んだうえで逃げられた――Mr.佐村はさぞかしお怒りになるでしょうね」


 そう。

 アークライト博士の『手記』がこの工場にあるという情報も、そしてこの工場の警備をあえて甘くしてあったのも、全てはリゼを捕まえるための餌でしかなかったのだ。

 あえて内懐に忍び込ませてでも、捕えるだけの価値があの娘の『電脳でんのう』にはある。


「……申し訳ございません」

 

 ガゼルがレクター博士に頭を下げる。


「お前の失敗は私の面目にも関わる。肝に命じることだな」

「はっ!」


 恐縮するガゼルを尻目に、レクター博士は今一度研究室を見回す。


(おや? あれは……)


 小さな死体袋の中身が消えていることを、レクター博士は見逃さなかった。頬が吊り上がり、狂気に染まった笑みを浮かべる。


(上手くすれば面白いものが見られるかもしれませんねぇ……!)


 飽くなき好奇心を満たすこと――アルバート・レクター博士という人物の求めるモノはそれだけだ。たとえそれが、他者にどんな犠牲を強いたとしても、止まる事はない。


「さて――舞台をこしらえますか」





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