act.8 ギルドマスターは穴に入ります

 気がついたら泣いてた。

 泣きたい気分だったのは確かだけど、本当に涙が流れていたのにはビックリした。


「このゲーム、泣けたんだ」

「グレイは前にも泣いただろう」

「そうだっけ?」


 たまたま近くにいたクロウと話していると、他のメンバーは呆気にとられた顔でその様子を見ていた。

 あぁもう、ギルドメンバーの前でとんだ醜態さらしちゃった。

 しかもアギト君は言いたいことだけ言って、誰も自分のいうことをきいてくれないからって、むくれてとっくにログアウトしちゃってるし。


「あれ、小学生じゃない?

 そんな感じがする」


 ベリンダが呆れてるのは、きっとアギト君だけじゃなくてわたしにもね。

 こんなことでムキになって、感情的になりすぎて泣き出しちゃうなんて……恥ずかしい。

 もう情けなくて情けなくて、穴があったら入りたい。

 ついでに誰か、上から土掛けて埋めてくれない?


「今日はもうログアウトして、寝ろ」

「ん……みんな、お先に」


 あまりにも情けなさ過ぎて、クロウの言葉に甘えて即落ちしちゃった。

 ちゃんと挨拶しなかったけど、あんな雰囲気じゃね。

 わたしが居続けても空気悪いだけだし、かといってあのあと、みんなだけでも楽しく遊んでくれてたら……なんて無理だろうな。

 しかもそれ以上に問題なのが次の日。


 どんな顔でログインしたらいいのよ?


 みんなの前で子どもみたいにボロボロ泣いちゃって、どんな顔してログインするの?

 かといって、ほとぼりが冷めるまでログインしないとか、それはそれで無責任じゃない。

 主催者が何日もギルドを放っておくとかあり得ないし。

 でもログインしたら、誰もギルドにいないかもしれない。

 それはちょっと怖いかな。


 即時引退事案


 ……考えたって仕方ない。

 うん、腹括ってログインしますか! ……とかいいながらも小心者なのよ。

 腹なんか括れるわけないし、心臓をバクバクさせながら恐る恐るログインしてみたら……


「来たな」


 やっぱり知ってたんだ、わたしのログイン位置。

 中央広場にある噴水。

 その縁にいつも座ってるわたしの定位置に、今日はクロウが座って待っていた。

 その顔を見たら、なぜかまた泣きたくなってくる。


『グレイさん、来た?』

『クロウさん?』

「来た」


 インカムから聞こえてくるみんなの声に、珍しくクロウが応えてる。

 いや、もうほんと、ごめん。

 わたしったら迷惑掛けっぱなしで、ほんと、ごめん。

 よし、ここで腹を括ろう。


 女は度胸だ!


「みんな、昨日はごめん!」

『なにが?』


 なにがって……クロエはいつもの調子ね。

 なんかいつもと変わらなさすぎるクロエのマイペースにホッとしたら、やっぱりまた泣きそう。


「結局揉めちゃって、放置してログアウトしちゃう落ちちゃうとか……」

『ああ、そのこと。

 仕方ないんじゃない?』


 ほんと、クロエはいつもの調子で、あのあとのことを教えてくれるんだけれど、やっぱりみんな白けちゃったみたいで解散。

 個々で話してるメンバーもいたみたいなんだけど、クロエは気分直しにスザクに行って溶けてきたんだって。

 あ、スザクっていうのは 【関東エリア】 にあるダンジョン 【富士・火口】 のボスのこと。

 たぶん、いま実装されているダンジョンのボスで最凶……じゃなくて最強。

 うん、最凶でもあるけどね。

 ソロでクリアしたのはまだわたしだけっていう曰わく付きの重火力最凶ダンジョンで、おかげで 【灰色の魔女】 なんて厳つい二つ名をつけられちゃった。


 いい迷惑


 さっさと誰かクリアしなさいよ! と思ってクロウを見たんだけど、まるで聞いてない。

 完全に無視を決め込むようにウィンドウを開いたと思ったら、わたしにも見ろって手振りで示してくる。

 たぶん開いているウィンドウはギルドメンバーリストね。

 何人辞めちゃったのか……そう考えると気は重いんだけど、避けて通れる道でもない。

 諦めて自分のウィンドウを開いてリストを呼び出したんだけど……


 減ってない?


 あら? あららららら?

 ……あ!ううん、違うわ、一人足りない。

 やっぱり減ってるんだけど、わたしの予想に反して一人だけ。

 もちろん一人でもやっぱりショック。

 ちゃんと挨拶も出来なかったし、昨日のことも謝れなかったし。

 せめてその人が引退とかしてなきゃいいんだけど、でもゲーム内で次に会った時にどんな顔をしたらいいのか……それを考えると、ちょっと怖いし憂鬱。

 誰が脱退したのか、覚悟を決めてメンバーの名前を確認したんだけど……クロウ、クロエ、カニやん、パパしゃん、の~りん、柴さん、ムーさん、ゆりゆりにベリンダで、りりか様、ココちゃんに……ん? これ、誰がいなくなってるの?


 副主催者以外は加入順に並んでいるんだけど、いつものメンバーが並んでいる。

 でも総数は確かに減ってるの、一人だけ。

 これはひょっとして……


 わたし?!


 よりによって主催者がメンバーに放逐されるとか、これも即引退事案ね。

 自分がギルドから放り出されたのかと思って、焦ってクロウのウィンドウをのぞき込んでみる。

 わたしのリストにはわたし自身のアバター名は載らない。

 だから自分以外の人のウィンドウで確かめたんだけれど……よかった、ちゃんとトップに載ってる。

 わたしのリストは副主催者から並んでるけど、他のメンバーのは、主催者、副主催者ときて加入順に並んでるのね、初めて見たわ。


 あとでカニやんに聞いて知ったんだけど、主催者は脱退できないんだって。

 主催者を変更したら出来るらしいんだけど、その権限は主催者にしかない。

 だからメンバーの総意があってもわたしが放逐されることはないんだけど、結局リストは一番下のトール君まで来てしまった。


 ん? 結局誰?


 わからなくてもう一回見直して、やっとわかった。

 あの時のインフォメーションは、確かにトール君、アギト君の順番で加入を承認してた。

 つまり昨日までリストの一番下にあったのはアギト君。

 そのアギト君の名前がなくなったから、トール君が一番下になってるわけ。


「……そっか。

 アギト君、脱退しちゃったんだ」

『しちゃったみたいだね』


 やっぱりいつものクロエだわ。

 でも続くメンバーたちはちょっと辛辣だった。


『あんな奴、いらないって』

『ほんと、仲間をなんだと思ってるのよ。

 ふざけんなっての!』

『あれ、小学生でしょ?

 たち、悪かったし』

『別に小学生みんながたち悪いわけじゃないけど、でもあれはちょっと酷かったよね』

『年齢関係なく性格悪い奴っているけど、あれは格別だったわー』

『【鷹の目】 がましに思えたよ、俺も』

『僕のこと、荷物持ちにしてたしね』


 実はクロエもちょっとは怒っていたらしい。

 でも全然そんな素振り見せなかったなんて大人。

 余計に落ち込んじゃうわ。


『あいつ、店に来ても絶対仕事は受けてやらない!』


 他のメンバーはともかく、りりか様まで?

 だって昨日みんなで集まった時、一応声は掛けたんだけど……っていうかインカムから聞こえていたはずなんだけど、仕事が忙しいからってりりか様は来なかったの。

 ま、りりかだからね、マイペースっぷりはクロエといい勝負。

 店舗兼倉庫を構えている彼女は、ギルド 【素敵なお茶会】 のメンバーではあるけれど、別にメンバーの装備ばかりを専属で作っているわけじゃない。

 客としてソリストや、他のギルドのメンバーもよく来るみたい。

 セブン君もその客の一人らしい。

 でもスキルの都合上全部の依頼を受けるわけじゃないし、気に入らない客は追い返しちゃう。

 そこは、伊達に 「様」 を付けてるわけじゃないって……あ、これは本人談ね。

 そのりりか様が凄く怒ってる。


『グレイちゃん泣かすとか、あり得ない!

 そんな馬鹿、ぶった斬ってやりなさいよ、クロウ!

 なんで生かしておいたの!』


 うわー凄い物騒。

 普段から高ビーキャラだけど、今日は一段と上から目線。

 しかもクロウに喧嘩売ってるし……。

 でも完全な八つ当たりだし、申し訳なくてクロウの顔を伺ったら……なんとも思ってないみたい。

 いや、思ってるかもしれない。

 でもなにも言わないし、表情も変わらない。

 まぁいつものことだけど、だから何を考えているのかわかりにくいのよね。


『りりか様、ご立腹』

『クロエ、あんたが代わりに蜂の巣にしてやって!』

『またまた無理言って。

 気持ちはわかるよ。

 僕もグレイさん泣かすなんて許せないけど、一応PK出来ないじゃん』


 なんかみんな優しいんだけど、そんなにわたしが泣いたことを何回も言わないでくれる?

 もうね、恥ずかしくて恥ずかしくて、本当に穴に入りたい。


 そのまま埋めて……


『じゃ、PKエリアに誘いなさい!』

『どうあっても殺したいんだ』

『当たり前でしょ!

 うちのギルマス、なんだと思ってるのよ!』

『俺もりりか様に同意』

『わたしも』


 カニやんとココちゃんだ。

 りりか様の剣幕に圧されて今の今まで黙っていたらしい。

 いま発言のないメンバーも、きっとそうなんだろうな。

 いやいや、たぶん今ならわたし、自分でアギト君撃てるよ。

 でもこのゲーム、基本的にはPK……つまりプレイヤーキルは出来ない。

 もちろん絶対じゃなくて、特定の状況下、あるいは特定エリアなら可能なの。

 一つは魔法反射による被弾。

 これは常時、どこのエリアでも反射された魔法は必ずどこかに当たる。

 それがプレイヤーに当たることもある。

 被弾は確率だけど、被ダメはそのまんまだから高火力魔法使いの上級魔法反射を食らって、初心者が即死しちゃう事故もままある。

 もう一つは 【フェイト】 と呼ばれる対人戦ゲーム。

 ルールやゲームの種類は幾つかあったと思うけど、プレイヤー対プレイヤーの対戦専用エリアで、ナゴヤドームの地下に闘技場が設置されている。

 もちろん入場には条件がある。


 あとはイベントくらい?


 もちろんイベント内容にもよるんだろうけれど、そろそろ一回目を開催してくれないかな?

 このゲームも正式サービス開始からもう一ヶ月経つしね。

 ところで地下闘技場で開かれる対人戦ゲーム 【フェイト】 のことで、こっそりとクロエが教えてくれたことがあるの。


『あのあとさ、僕はスザクに行って溶けてたんだけど、クロウさんがどこ行っていたか知ってる?』


 わたしが知るわけないでしょ。

 ログアウトしたあと本当に寝ちゃったんだから。

 だってクロウにそう言われたし……


『じゃあ最近ノーキーさんがさ、地下闘技場に籠もってるのは知ってる?』


 ノーキーさんは 【特許庁】 っていうギルドの主催者で、クロウと同じ大剣を使う剣士アタッカーなんだけど、クロウの行動とどう関係あるの?

 吹っ飛んだ話に困惑しつつ、とりあえず先を聞いてみる。


『僕がスザクで溶けてる時にノーキーさんから直通会話ないしょばなしが来てさ、クロウさんがフェイトで暴れてるって』

「は? クロウがフェイト?

 行くの?」


 ちょっと意外だった。

 わたしがログインしていない時のクロウが何してるかなんて知らないけど、それはクロウの自由だし、束縛するみたいで聞いたこともなかったんだけど、クロエの話では、以前からクロウは地下闘技場にちょこちょこ顔を出していたらしい。


『ノーキーさんとか、ノギさんとか、ぶった斬られまくってたらしいよ』


 ノギさんはクロウに匹敵するトッププレイヤーの剣士アタッカーなんだけど、ソロ主義ソリストで特定のプレイヤーとつるむことはほとんどない。

 たまにダンジョン前ロビーで、野良パーティに参加してるのを見掛けるかな?

 もちろん被害者は他にも多数いて、その影響なのか、今日は地下闘技場にプレイヤーが集まらないって……


『完全に八つ当たりだよね、憂さ晴らし。

 どんだけクロウさん、怒ってたんだろうね』

「……とりあえずノーキーさん、探して謝ったほうがいい?

 ノギさんとか、普段どこにいるのか知らないけど……」


 いや、まぁあの人たちとはあまり会いたくないのよね。

 でも謝っておいたほうが良さそうなんだけれど、謝るとしたら、まずは事情の説明からする必要があるような……


 それは嫌!!

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