見藤祐護のあーん

 ダイニングキッチンに香草の香りが充満する。本来なら俺が作るはずだったチキンの香草焼きは、ツカサの手によって実に美味しそうに仕上げられた。ハーブをまぶした皮はパリパリで、肉からはジュウと、食欲をそそる音が漏れている。

 

「めちゃめちゃいい匂いするし、美味そうだろ!」


 焼き上がった二枚のチキンを平たい皿に移して、ツカサがにこりと笑う。

 

「あ、ああ、うん」


 これもツカサの成長だ。喜ぶべきなのだろう。けれど自分がやらせてもらえたことが食器の用意、食材と調味料の整理やゴミの片付けぐらいしかなかったのが、少し寂しかった。

 

 

 

 役目を終えた食器はすべてシンクに片付けられた。今のダイニングテーブルはツカサの誕生日ケーキに支配されている。ケーキにはすでに十六本のろうそくが立てられているが、火はまだつけていない。

 

 俺とツカサはケーキに引っかからないように、テーブルから少し離れて互いにクラッカーを向け合った。そしてニッと笑い合って、互いの頭上へ紐を引いて放つ!


 パァン!!


 とりどりの紙吹雪とテープが宙を舞い、俺とツカサに降り注いだ。カラフルな雨の中で俺たちは笑い合う。

 

「改めて、お誕生日おめでとう!」


「ありがとう!あと二年もしたら十八だし、祐護さんも俺に人生を預けてもいいって思うようになるかもな!」


 カラフルなテープを頭に浴びたツカサが勝手な未来予想図を展開する。

 

「それは良いとして、ろうそくに火をつけるからね」


 ケーキに向かおうとする俺の頭に、ツカサが手を伸ばした。

 

「な、何!?」


 立ったまま頭に触れられるなんて初めてだ。動揺のあまり、その場で固まってしまう。


「火ぃ付けてる最中に紙テープとか落ちたら大変だからさ」


 ツカサは撫でるように優しく俺の頭についた紙吹雪やテープを払った。その手つきが、今朝ツカサの前で泣いてしまった時に与えられた慈しみを思い起こさせて、恥ずかしくなってしまう。

 

「あ、ありがとう……」


 仕返しのようにツカサの頭を撫でて、紙吹雪とテープを落とすと、目を細めてうっとりと微笑まれた。見とれそうになったので、急いでろうそくに火を付けていく。

 

(絶対にミスしない、絶対にミスしない……!)


 何度も何度も自分に言い聞かせながら、すべてのろうそくに火を付けた。その途中でツカサは部屋の電気を消してくれた。

 

「いよいよって感じだよな!」


 ろうそくに照らされてツカサが破顔する。

 

「ツカサ、一気に全部消しなよ」


 そんなツカサを煽る。ツカサは大きく息を吸い込んで、ろうそく一本一本を順番に狙って、長く吐き出した。隣り合う二本だけ、消さずに終わった。


「ふふっ」


 それなのにツカサは満足げに笑う。まだ余裕がある、と言わんばかりに。

 

「消さないなら俺が消すよ」


「やだよ、コレは俺のなんだから」


 そしてツカサは二本同時に吹き消して、部屋を真っ暗にした。


 部屋の電気を付けると、ツカサはすぐにろうそくを撤去した。俺は包丁を持って、ケーキを六等分に切り分けていく。


「あーん、してくれよ」


 ろうそくを処理したツカサが、ニコニコと機嫌良くダイニングテーブルの近くに戻ってきた。包丁をシンクに置き、苺と大きな砂糖菓子が乗ったピースを取り皿に移して、フォークを持ってツカサの前に立つ。

 

(あーん、かぁ……)

 

 昔は楽しんでやっていたのに、今はどうしても恥ずかしい。とはいえ、今日の主役はツカサだ。


「ツカサ、口、開けて」


 フォークを横にして、ケーキのとんがった部分を一口大に切る。


 ツカサが形の良い唇を大きく開く。俺がそっと差し入れたケーキに歯を立てて、咀嚼して飲み込んだ。


「……過去最高においしい」


 丸く見開いた瞳が、照明の光を取り込んでキラキラと輝いた。

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