謎の空間と都市伝説
セントラルグランディスの宇宙港で、ユーリイが手続きを済ませ到着ロビーへと出ると、先に出たはずのミッコの姿が見あたらなかった。
「ミッコーっ! おかしいな。出たところで待ってるって言ってたのに……また迷ってるのかな……」
ミッコは極度の方向おんちだった。その上、自覚がないどころか、むしろ自分の方向感覚に自信さえ持っていた。迷いなく一歩をふみだし、そして迷う。その後で迷っていないと言い張る、そんな強い心の持ち主だ。
ユーリイはいつもそれにつき合わされては、犬に追いかけられたり、がけから落ちそうになったり、どろぼうにまちがえられたり、そんな危険な目にあっていた。
それでもユーリイの目には、それがおおらかで素敵な、ミッコの魅力として映ってしまうのだが。
(こんな広い宇宙港の中で見失ったらさすがに厳しいなぁ)
そう思いつつも、いつもミッコの方向おんちにつきあわされているユーリイは、慣れたものだ。
ユーリイにはミッコをみつける、するどいかんのようなものがあった。幸いすぐに、はなれていく小さなミッコの背中を見つける事ができた。
ミッコは相変わらず、迷ってるとは思えないスピードでズンズン進んでいく。
やっとの事でユーリイが追いついた時には、なんだかひとけの無い古びた通路にある、表示の何もないあやしいエレベーターに入ろうとしているところだった。
「ミッコ待ってよー」
あわててユーリイもエレベーターにすべりこむ。
「あ、ユーリイ。どこいってたの?」
相変わらず迷いを一切感じさせない見事な方向おんちぶりには、潔さと気品すら感じられた。ユーリイが乗りこんだところでドアが閉まり、エレベーターがなめらかに動き出した。
「ミッコ、明日は試験なんだからさ、早く宿にいって寝たほうがいいよ」
「うん、そうしよう」
(そうしようって……全然そんな風には見えないよ……)
ユーリイは腕組みをしながらエレベーターの真ん中に堂々と立つミッコを見て、ため息をもらした。
「ミッコ……このエレベーター、どこに向かってるの?」
聞いてもむだだとわかっていても、聞かずにいられなかった。
「どこにって、ここではない、どこかだよ」
「だ、だよね……」
エレベーターは進みつづけた。
かれこれ5分程はたっただろうか、まだ止まる気配はない。
そもそも、このエレベーターには階層はおろか、上や下の表示すらついていないのだ。どう動いているのか中からは全くわからない。もはやエレベーターとはいえないかもしれない。
「ちょっと……このエレベーター、全然とまらないよっ」
「こんな長いエレベーターに乗ったの、あたし初めてだよ。どこにたどり着くのかなっ!」
(喜んでるし……)
ユーリイは、また何かひどい目にあわされそうな予感しかしなかった。
それからまもなくして、小さいしんどうがあったかと思うととびらが開いた。とびらの向こうは見通しのきかない、殺風景でうす暗い通路だった。
「ここは……。きっと今はもう使われていない場所なんだ。セントラルグランディスにはこういう100年以上放置されたまま、忘れられている古い空間がたくさんあるって聞いたことがある」
「そうなんだ。ここはどれくらい古い?」
「わからないけど……。ここまでだいぶ時間がかかったし、かなり深くて古い場所なんじゃないかな? もしセントラルグランディスの初期にできた場所だとしたら300年前……」
「300年? すごいじゃん。ちょっと先にいってみよう。何かあるかも」
「やめなよミッコ、危ないかもしれないよっ……」
ユーリイの言葉を気にもとめずに、ミッコは相変わらずの勢いで足をふみ出していった。
ユーリイも仕方なく追いかける。
足下の照明だけがたよりの、うす暗い通路を2人で歩いていく。
「なんだかさ、お化け屋しきみたいだね」
「ほんとに出るかもしれないよ……。セントラルグランディスのこういう古い空間には不幸な事故で亡くなった人のゆうれいとか、都市伝説のお化けとかが潜んでいるんだって……」
「え! 都市伝説のお化けって、クチサケとか、ヒキコとか、あとザンサツピエロとかっ?」
「ザンサツピエロ……あったね、そういうの」
「あれ本当なんだよ! あたしのまわりでもザンサツされた子がいたもん」
ザンサツピエロ。ザンサツというのは殺されることだ。恐ろしい名前のそれは、2人が初等学校に通っていたころに流行った都市伝説だ。
ザンサツされた子といっても、本当に殺されるわけじゃない。ザンサツされるのは電脳空間のアバター、つまり分身だ。
ミッコ達が生まれるちょっと前、電脳ダイブという新しい技術が生まれた。専用の道具を使って、電脳空間の中に入って電脳を操作したりコンテンツを直接体験する事ができる。これは体が不自由な人でも、複雑で難しい入力装置を使えない人でも、電脳を自由に使えるという画期的な技術だった。電脳ダイブはミッコ達が初等学校に通っていた頃には普通にみんなが使っていて、放課後になると電脳空間で遊ぶ子も多かった。
電脳空間で遊んでいると、なぞの怪人ザンサツピエロが現れる。ザンサツピエロにはどんな強いアバターでも歯が立たないのだ。出会ったら最後、必ずザンサツされてしまう。
しかしこの都市伝説がおそろしいのはここからだ。
「電脳で3回ザンサツされると、今度は現実世界にザンサツピエロが現れる……ってやつだよね」
「そうそう! アームストロングシティでは本当に出たらしいよ!」
「そ、そうなんだ……こわいね」
相づちをうちながら、しかし、ユーリイはザンサツピエロが現実の町に出ない事を知っていた。
ザンサツピエロの正体は、そう、ユーリイだった。
初等学校のころのユーリイは、色が白く、金色のストレートのかみは肩よりも長くかがやいていて、どの女の子よりもきれいだった。仕草が柔らかで、そして優しかった。
だけど、ユーリイは人と話すのが苦手だった。明るく元気なんて、どうやればいいのかわからなかった。
学校の子がどこか怖くって、何か話しかけられても、うまく答えられなくて、うつむいて黙ってしまったりしていた。
そのうちにユーリイは、人の話をムシするやつだとか、きれいだからってみんなを汚いって思ってるんだとか、そんなふうに悪くいわれるようになった。
ユーリイはもちろんそんなことは思っていなかったけれど、先生が言うみたいに、それを冗談にして受け流すような明るさもないし、怒って言い返すことだってできるわけがない。どんどんひどくなっていく自分の悪いうわさをどうすることもできなくて、もっともっと学校が怖くなった。
だから、ユーリイは一人で電脳空間で過ごすことが多くなった。電脳空間にはいろんなAIがいて、さみしい気持ちをやわらげてくれた。そのうち、遅刻や早退が増えていって、学校にいく事もなくなった。
ずっと電脳空間にいるうちに、ユーリイは電脳の仕組みにも興味を持っていった。それはたった一人の友達の事をもっと知りたいという願いに似ていたのかもしれない。電脳もAIも、ユーリイのその気持ちに答えてくれた。ユーリイは幼い子供でありながら、誰よりも優れた電脳技術を手に入れた。
ユーリイには電脳空間が全てだった。AI以外はいらなかった。大切な自分だけの場所、大切な親友を守りたくて、自分以外の人間が電脳空間にいることが許せなくなってきた。
そんなユーリイが作り出したユーリイの分身が都市伝説ザンサツピエロの正体だ。
まさか都市伝説にまでなるとはユーリイ自身も思わなかったけれど。ザンサツピエロは、ミッコがユーリイにタコヤキを無理やり焼かせたあの日まで、電脳空間を恐怖におとしいれていた。
本当のことは誰にも知られてはいない。
「あたし、ザンサツピエロにはちょっと勝てないかも……」
「ミッコ! 戦うつもりだったのっ?」
「うーん、出てきちゃったらしょうがないかなーって。クチサケくらいだったらなんとかなりそうじゃない?」
「いや、そこはにげようよ!」
そんな話をしながら歩く2人の視線の先に、なにやら白いぼやっとしたものがうかんできた。
「わわっ……なんかいるよ! ミッコっ」
「あれは……きっとヌリカベってやつだっ!」
ミッコはいきなりそこに向かって走りだした。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ユーリイもためらいつつ後ろを追いかける。
と、すぐにミッコの背中にぶつかった。
「ミッコ?」
ミッコの背中ごしに、おそるおそるのぞきこむ。
「なーんだ、ふつうのかべじゃないか」
「期待させといて、結局行き止まりっ?」
ミッコがおこってかべをけとばす。
(ん?……変わった音だな。おくにまだ何があるのかな……?)
ユーリイはミッコがはでにひびかせたその音に、少しひっかかりながらも、気にしないことにした。
「さ、もういい加減もどろ」
早くミッコを休ませないと明日にさわる。ミッコは人一倍朝に弱いのだ。
ユーリイはむくれるミッコの背中を押して来た道をもどり、宿へと向かった。
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