第26話 優勝の先に

 頭空っぽにして走る。6組の男は抜いた。あとは、あの7組のふざけた野郎だ!

 うがあああと全力で走り、その背中は目の前ながら距離が足りない。

 明翔目がけて走る。

「明翔、走れ!」

 リレーなんだから言われなくても走るだろうに、バトンを差し出しながらなぜか口をついた。


「走る!」

 バトンを受け取り、一瞬笑うとダーッと駆けて行く。やっぱ、あいつ速っえー。

 明翔の走りに応援席からもワーッと歓声が沸く。今、学校中の人間が明翔に注目している。すげーな、あいつ。


「行けー! 明翔ー! 抜かせー!」

 更に速度を増す明翔が7組のアンカーを抜き去る。

「やったあ!」


 ゴール前のカーブを曲がる頃には後ろを確認する余裕を見せ、ゴールテープ前で両手を上げて大きくジャンプしてテープを切った。


「幅跳びじゃねーんだよ!」

 大声でツッコむと笑顔の明翔がこちらに手を振る。周りからも笑いが起きた。


 力尽きて足を投げ出して座り込んでいる7組野郎の肩を叩く。

「もうちょっとで俺が抜かせたんだけどなあ。それだけが悔しいけど、優勝は俺らのもんじゃい!」

「くっそ!」

 悔しがってグランドにパンチする野郎はほっといて、明翔の周りに集まる2年1組の輪に入る。


「すっげー速かったな! 明翔!」

 興奮冷めやらず声をかけると、明翔は惜しみなく満面の笑顔を見せる。

「深月が応援してくれてるのが聞こえたから、がんばれた!」

「えっ」

 ドキッとしたー。唐突にえらいかわいらしいことを言うなよ……。


 3年のリレーも終わり運営が閉会式の準備をしている間、応援席に戻って水筒をリュックに入れたり各自帰り支度をする。


「やる気ねえとか言ってたのに楽しそうだったね、深月。去年ももっとちゃんと体育大会やってれば、おもしろかったのかなっ」

 と佐藤颯太が笑いかけてくる。

「去年は出番終わったら抜け出してマージャン打ちに行ったもんな、俺ら」


 ぶわはは、と笑い合う。

 たしかに全然やる気なかったのに、いつの間にやらやる気MAXだったな、俺。


 去年はクラス全体も冷めてたし、真面目で勉強に偏重のあるこの高校はイマイチ行事で盛り上がらない印象だった。


 黒岩くんと何やら話している明翔が目に入る。

 明翔がいるから、楽しかったのかもな……。

 あいつ、身体能力えげつないのにめっちゃ本気なんだもん。


「閉会式を始めます。みなさん、グランドに整列してください」

 放送席からのアナウンスに全校生徒がダラダラと移動する中、

「優勝旗ってふたりでもらうんだっけ?」

 と明翔が駆け寄って来て旗を持つポーズを取る。


「体育大会実行委員だから、ふたりでいいんじゃね」

「だよな!」

「ぷっ」

「ん? 何だよ」

 明翔が見上げてくる。たかが春の体育大会で優勝したくらいでうれしそうすぎて、明翔のテンションがおもしろかった。


「優勝は、2年1組です。実行委員の人は、前に出て来てください」

「はい!」

 明翔とふたり声を揃えて手を上げ、列から出て前に出る。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます!」

 校長から優勝旗を受け取る。おお、結構重さある。


 列に戻ろうとしたら、タンクトップ姿の担任に

「優勝したクラスは列の前で旗持つんだよ!」

 と2年1組の最前列に立つよう促される。あ、そうなの? 去年マージャンから戻って来たらもう閉会式終わってたからさあ。


 明翔と並んで旗を支えながら立つ。校長の話、長……。

「最後のリレーは本当に盛り上がりました。みなさんが一生懸命に走り、応援する姿に感動しました。また、秋の体育祭を楽しみにしています。2年1組のみなさん、優勝おめでとう!」

 校長が締めるとこちらを見て笑顔で拍手をする。周りの教職員、生徒たちも拍手をし、2年は1年と3年にはさまれているから尚更、なかなかの迫力である。うわ、照れくっさい。


 閉会式が終わると、解散だ。だが、優勝した我らはこの旗を教室に飾るという最後の仕事が残っている。

「うわー、結構重いんだね!」

「これ教室のどこに置こう? こんなもん倒れてきたら危ねえよな」


 なんとなく、俺、明翔、颯太、柳龍二に黒岩くんまでなぜか残っている。

「僕、こんなに体育大会が楽しかったのは初めてだよ! 綱引きに出なくて良かった」

 黒岩くんが明翔にうれしそうに報告する。

「だろ? どうせやんなきゃなんない学校行事なんだから、目立つ目立たないより、とにかく全力でやって楽しんだ方が絶対いいに決まってんだよ」


「高崎くんのおかげだよ。ぼ、僕、高崎くん好きだな」

 テヘッと黒岩くんが笑った。

「お、好きって言われるのってうれしいもんだな。ありがとう!」

 明翔が笑顔を返す。何を言い合ってんだよ、まったく。笑っていたら、

「深月」

 と明翔が呼ぶ。ん? と明翔の方を見た。一切の雑念を感じさせないほどに無邪気にニコニコしている。


「俺、深月が好きだ」


 明翔のえびす顔と言ってる内容が結びつかなくて、一瞬で頭が真っ白になった。

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