ウムラジアン大陸七国の明日

 しばらく沈黙が続く王の一番大居室。

 緊迫した空気の中、ヴェッポン国王が漸く両の瞼を開き、正面に座っているピクルスの顔へ視線を向けた。


「ピクルスよ」

「はい」

「これら二通の偽手紙についてだ。さて、どのような戦略と見る?」


 問われたピクルスが口元に笑みを軽く浮かべた。

 涼しげな表情の彼女を、二つ隣の席から険しく睨みつけるショコレットは歯噛みしている。どうして国王は自分にではなくピクルスに尋ねるのか? ――このような疑問が、怒り・憎しみへと変化しつつあるのだ。


「一度は断られたお見合いですわ。ショコレットは、サラミーレ王子のお心の真偽を確かめたかったのに、相違ありません。女子は、男子からの愛の本質を見定められない限り、もしかすると偽りであるかもしれない、そのようにあやふやな求愛をお受けすること、決してできませんもの」

「う……」

「くぅ」


 今のピクルスの話が二本の矢となり、オムレッタルとサラミーレの心の的に突き刺さった。

 この二人も歯噛みする。どうして自分は、あのような偽の手紙に騙されてしまったのか? ――この疑問が恥辱・後悔へと変化しつつあるのだ。


「オムレッタル王子とサラミーレ王子による、今日の軽率な振る舞いについては、ジャコメシヤ王子に任せるしかあるまい。他国の人間を裁くことなど、できぬもの故なあ。国際法規違反者なら話は別だが。わっはっはははあー!」

「うっ……」

「ぐうぅ」


 ヴェッポン国王の皮肉混じりの話は、まるでオムレッタルとサラミーレの心の臓をえぐる鉛玉のようだった。


「さて、ショコレットについてだ。本当の愛を確かめたい気持ち。それも分からぬではない。とはいえ、他者になりすまして偽の手紙を出すことは、もちろん違法行為である。そればかりか、自身の信用を大きく損ねることにもなる。分かるか?」

「は、はい……」


 ショコレットは、ゆっくりと頷いた。


「ふうむ。反省があるようだな。ならば軽い罰にしよう。明日より五日間の自宅謹慎とする。良いな?」

「はい、謹んでお受け致します」


 座ったまま、頭を深く下げるショコレット。

 そんな娘の姿を横目に見つつ、フラッペは少なからず安堵した。


「今回の見合い話は、白紙とせねばなるまい。メロウリとショコレットには、別の相手を見つけよう。というよりも、既に候補がある」

「まあ!」

「えっ?」


 メロウリとショコレットは同時に驚きの声を発した。


「特にメロウリの婚約には、ウムラジアン大陸七国の明日が懸かっておる故、フランセ国の第一王子を相手としようと考えておる。ショコレットにはソシュアル国の公爵家だ。不足はあるまい?」

「はい!」

「もちろんです!」

「誠に慈悲深く、ありがたくて特別なお計らいに思います!!」

「まさに感謝・感激・雨降って地固まる心境にございます!!」


 ――ゴォーン!

 ――ゴッツン!


 公爵の二人は深々と頭を下げてテーブルに額を強く打ちつけた。


 Ω Ω Ω


 メロウリとショコレットのお見合い騒動を、少し荒っぽいながらも比較的穏便に解決させたピクルスは、サラッド公爵家の晩餐に招かれた。


「大変でしたわね、一日中。さぞお疲れのことでしょう?」

「平気ですわ。いつになく楽しい日でしたもの♪」

「そうか、それは良かった。わっはははぁ!」


 ピクルスの笑顔を見ながら、ラデイシュが豪快に笑う。デモングラ国の第二王子との縁談は破局したものの、次はフランセ国の第一王子。今度こそと思う意気込みを示すかのように、明るく振舞っているのだ。

 一方、公爵婦人レモーネは偽手紙の一件を聞いて呆れている。


「マルフィーユ公爵家のご息女も、大それた行いをなさったこと」

「あれで自宅謹慎だけとは、ショコレットも運が良かったよ」


 マロウリは同級生の行為を責めることもなく、逆に彼女の罰が比較的軽く済むことを喜んだ。


「でも、メロウリのお見合いがうまくいかなかったのは残念だったね」

「そうですわね」


 メロウリの婚約が纏まらなかったことを遺憾である。大陸を取り巻く複雑な世界情勢が絡んでいるのだ。

 今でこそ比較的平和なウムラジアン大陸ではあるものの、東西から挟み込むような形で、二つの島国、ヤポン神国とエングラン皇国があり、それら二国だけでは脅威にならないが、海を隔てたアインデイアン大陸にある幾つかの国と連合して攻めてこられると少々厄介なことになる。

 外敵を牽制すべきと考えたウムラジアンの七国は、大陸内の団結を顕示するために大陸代表女王として、「ウムラジアン・クイーン」を立てる計画を進めることにした。その最有力候補がメロウリであり、彼女の婚約はウムラジアン大陸七国の明日を左右する重要案件である! ――という深刻な話題が上がるのでもなく、彼女たちの会話は、懐かしい思い出話で軽く弾んだ。


「ピクルスったら、私が大切に飼っていたスパロウを、うっかり鳥カゴから逃がしておしまいなってよ。あれは十歳の頃だったわねえ」

「すっかり忘れましたわ。そんなこと、ありましたかしら?」

「ええ。そればかりか、私の『おしゃべり人形』のお家も壊しましたわ。そちらは覚えていて?」

「記憶にありませんわ。おほほほ」


 こうして時間が経ち、チョリソールがピックルを飛ばしてきたので、ピクルスは漸く腰を上げた。

 同時にラデイシュも立つ。


「ああ、さっきの『おしゃべり人形』で思い出したよ。新しい犬言語通訳装置ができているのだった」

「まあ、そうですの!」


 首輪に取りつける仕様の小型装置が手渡された。

 ピクルスはお礼と別れを述べた後、玄関で待っていたチョリソールとともに戦闘機発着場へ向かった。

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