29 紅月の眷属 追跡部隊との戦い

 黒狼達を一旦退けた後、先の戦闘でチナのブレスにより樹々が伐採されて開かれた。右側のスペースから敵はやって来て姿を見せた。

 紅いフード付きの外套を目深に被った旅装の男。

 それに付き従う様に来た、全員同じ紅い槍に細身の全身鎧を着た十人の兵士。

 それと、先程まで見た物と比べるまでも無く大きな黒狼。

 あ、もちろん、黒狼の群れもおかわりの様である。


 見た目の印象だが、フードの男はテイマーか何かだろうか?

 兵士に見える奴らは何だか不自然さを感じ人形の様に思えるのだが?

 このデカい黒狼は、先ほどの黒狼達や新たに追加された黒狼達のリーダーだろうか? 頭の位置がエルナよりも高い。

 俺的には怖え~って感じなのだが、エルナ的には攻撃に気を付ければ十分戦えるとの判断だ。


「ワーカー共が、何を騒いでるのかと思えば……。星脈の娘が、漸く見つかったと言う事ですか。おい、そこのワーカーよ。エジェマ様に、娘が見つかったと連絡せよ」


 リョウ……カイシタ……


 フードの男が、近くに居た黒狼に指示を出し、指示を受けた黒狼が直ぐにいなくなる。うむ。これ、行かせてはダメだったのでは?

 それに、フードの男の言い方だと。この事態を起こしている奴は、この男では無いと云う事になる。これはアレかな? 三連戦確定ってやつかな?


「この娘は、ヴァリズ様の封呪と紅月様の大呪で、弱体化していると云う話でしたが……。仕方ありませんね……。我々は、エジェマ様が来るまで、持たせれば良いだけですからね……。ソルジャー達よ、ワーカー共と掛かれ!」


 フードの男が辺りを見回した後に部隊に号令をかけると敵が一斉に動き出す。

 ま~た、話を聞いちゃってたよ。アレだよ。イベントシーンを見てる気分になって、ついつい敵の話を聞いてしまうんだよな。


「チナ。敵が来るけど準備はOK?」


「うむ、もうばっちりじゃ!」


 チナも気を取り直して、やる気が戻った様だし、第二ラウンドと行きますか!


 俺は『クイックアロー』,『クイックショット』,『シャワーアロー』,『レインショット』,『ランダムショット』のアーツ同時五重発動。

 そして、双剣と雷槍を矢に変え星輝を込めて星弓で射る!

 放たれた双剣の矢は、幾つにも分裂し降り注ぎ、敵も地面も凍り付かせる。

 同時に放たれた雷槍の矢は、分裂するだけでなく雷が暴れる様に跳ね回る。

 この攻撃の効果は凄まじく、先行して来たワーカーと呼ばれていた、黒狼達の四分の一が地面ごと凍り付いた。

 暴れ回る雷となった、無数に分裂した雷槍の矢が、凍った黒狼達と凍った地面に足を取られ、動きの鈍い後続の黒狼達を容赦なく襲った。

 これで、さらに四分の一が減り敵の黒狼は半分になった。

 ちなみに、アーツの同時発動は今は五重が限界っぽいな。


 さらに、そこにダメ押しとばかりにチナが開幕一閃、アーツ『竜撃砲・水刃閃波』を発動。これは、先ほどの戦闘で使った水のブレスの広範囲版だ。

 光波打つ水の刃が、連続して広範囲に襲い掛かり、黒狼達のリーダーと思われる大きな黒狼以外は全滅した。


「はははっ、これは本格的に話が違いますね。全く、苦労して漸くナイトに成り、将来有望なエジュマ様の副官に成れたと云うのに……、こんな化け物と神の分霊が相手とか嫌になりますよ」


 フードの男は、何やら苦労している様子で、何事か愚痴っている様だ。

 フードの男もソルジャーと呼ばれた物共も、今の攻撃でこちらの様子を窺っているのか動きを止めた。動かないならと、俺は再び弓による射撃を行おうとするが。


「おっと、いけませんね。『紅月の夜に湧き立つ霧よ、その身に紅月の輝きを映し、加護無き者達を惑わせよ 紅月幻霧クリムゾンファントム』」


 フードの男が魔法を使った。紅い霧が立ち籠め上手く弓で狙えない。遠距離攻撃阻害の魔法か? 取り合えず、武器を雷槍に持ち替える。チナも腕のみならず脚も竜化させる。フードの男の魔法が合図だったのか、ソルジャーと呼ばれた兵士達と大黒狼が動き出した。


 兵士の動きが早く、まるで重力など感じさせない様に移動し、あっと言う間に接近して来る。大黒狼が遠吠え上げると大黒狼の周囲が紅く光。

 すると、先ほど全滅させた黒狼達が光の中から次々と現れる。

 うげっ、召喚能力持ちかよ。


「チナ! あの大きい黒狼を先に倒すよ!」


「うみゅ、あれを残しておくとやっかいなのじゃ!」


「はははっ、それは困りますね……、彼は優秀な配下なのでね。来なさい《ギリレ》,《グラトス》,《ジスト》」


 フード男も最初の予想とは違うが、テイマーに近い何かを呼び出し使役する召喚士タイプの様で、あながち外れても否かった。っていうか召喚持ちが二体かよ!


 フードの男が呼び出したのは、何れも紅月様とやらの眷属の証であろう赤く輝く瞳をした、メタリックボディな馬,鉄馬と岩で出来た体長4mはあるゴーレムに、明らかに中身がない全身鎧の多分リビングアーマーで、騎士と言う風体ではないので戦士であろう。その三体を呼び出した様だ。


 呼び出されたゴーレムとリビングアーマーは大黒狼を守る様に配置され、フードの男は馬に騎乗し何処からか槍を取り出し、兵士達と新たに召喚された黒狼に混じって突撃して来る。

 大黒狼の召喚で時間を稼ぐ気満々だな。

 フードの男による魔法に召喚、そして騎馬による駆け出しで、こちらは大黒狼を直接狙えなくなったな、この人かなり優秀なのでは?


 いち早く駆け抜けて来たフードの男が、速度活かした槍による薙ぎ払いを仕掛けようとしているのが分かる。こちらも間合いに入ったら、星輝を込めた槍の薙ぎ払いで、迎撃しようと男を注視すると。

 先ほど男が使った魔法の効果なのか、紅く揺らめく霧が、狙い定める事を出来ない様にしているのか、騎乗したフードの男の幻影が幾つも現れる。

 こういう感じの妨害魔法なら、チナのやった範囲攻撃なら問題ないはず。

 自身での迎撃をやめ、チナに頼むことにする。


「チナ、もう一回範囲ブレスお願い!」


「わかったのじゃ! 『竜撃砲・水刃閃波』じゃ!」


 チナのブレスが炸裂し、前方の敵をバラバラにするかと思われたが、何事もなかった様に敵が向かってくる。

 しまった! あの紅い霧自体が囮の幻影になっているのか!

 だが、これならば。おそらく敵は、スペースのある方から回り込んで来る!


 『切払い』,『薙ぎ払い』,『足払い』,『乱刃』,『気力切り』の、アーツ五重発動に星輝をありったけ込めて、俺から見て何もいない様に見える、左側のスペースに槍を叩き込む!


『スターダストラッシュ!!』


 星輝で輝く槍を連続で薙ぎ払う度、星輝の光の粒子が刃になって辺りを蹂躙する!

 姿の見えない何者かが、星輝の粒子で出来た刃に打ち据えられ、切り裂かれ悲鳴を上げる!


 ガッガッガガガガッ!!! と言う音と、シュバシュバシュバ!!! と言いう音が響き渡る。うわっ、思わず今考えた技名言っちゃったけど恥ず!

 これはアレだオリジナルアーツの練習の所為だな! にしても、派手な技になったな。ガガガと鳴ってるのは多分あの兵士達だろうか? そうでなければあの鉄馬か?


「グガアアアッ! ウッ! ……くっ!」


 そこには、騎乗していたはずの、痛みに耐えるフードの男と、ズタボロになった兵士達と、無残な姿になった黒狼の群れが姿を現していた。

 む。馬とゴーレム、リビングアーマーに大黒狼は何処にいる?


 ボオオッ!! 答えは、先ほどチナが水のブレスを放った方向に、無傷で隠れいていたであった。土と泥汚れの付いたゴーレムが俺とチナの頭上に、その全身を使い落下する様に飛び込んできた!


『水流激壁!』


 チナの作り出した激しい水の流れで出来た壁が、ゴーレムのボディダイブアタックを防ぐだけでなく、あの4mはあろうかと云うゴーレムを弾き飛ばした! あの壁ゴーレム弾き飛ばせるのかよ!?


 だが、そこに紅いオーラ立ち昇らせた鉄馬と、それに跨るリビングアーマーと大黒狼が、黒狼の群れ引き連れて突っ込んで来る。

 こいつらにも、土と泥で汚れが付いている事から、地面に穴を掘って潜んでいたとしか思えないな。


 フードの男に意識を向けつつも、あいつらの突撃を止める為に精霊魔法を使う。

 攻撃魔法としての通りが悪くとも、動きを止めるだけなら行けるだろ!


「精霊さん! あいつらの動きを止めて!」


 MPゲージがいつもより沢山減り、人の形をした光が姿を現し、敵を一瞬で地面中程まで沈め固め消え去る。

 うおおっ! すげぇー! 一網打尽じゃねえか!! あ、後。今出てきた光の精霊と思われる人は絶対美少女だ。もちろん、只の願望だがな!


 一体だけ自由に動けた、リビングアーマーもチナが素早く処理し、動けなくなった奴らを、あまり気分は良くないが仕留めていく。


「はははっ、これはもうダメですね。まさか、エジュマ様が来られるまで持たせられないとは……ゴフッ!」


 フードの男は警戒していたが、『スターダストラッシュ』が既に致命傷だったらしく、結局何もしてこなかった。


「ああ……死んでしまうのは嫌ですねぇ、紅月様は私……の様な……ものに……ふっか……、……かあ……さ……」


 うわぁぁっ! 何これ! いや、ワールドシミュレーターだからさ、IFOの中で生きる物全てに人生が在ると分かってはいたけど。

 今こいつ、めっちゃ後味悪い感じで死にやがったぞ!

 最後に、母親思い出したの匂わせて死ぬとか、物凄い罪悪感抱かせるじゃねぇか!

 明らかにIFOがメンタル削りに来てるじゃん!


 そんな気分になっていると。エルナが大丈夫? と、俺を慰めるように心を寄せてくれるのを感じる。おお、やはりエルナは気が利く優しい子のようだな。

 少し気が楽になったな。


「うにゅ? エルナげんきないのじゃ?」


 チナも俺の様子に心配してくれたのか声をかけて来る。


「あ、う~うん。違うんだよ。なんか、この人の良さそうな苦労人て感じがしてね。多分色々あったんだろうなぁ、って思ってね」


「ふむ、こやつらはどう見ても、あくせいの大神のけんぞくじゃからのぅ。良いやつがおるとは、ふつうは考えないものじゃ。じゃがな、こやつらは自身の世界のため、つかえる大神のために、わちらの世界に牙をむくのじゃ。てきに良いやつがおるのはある意味とうぜんの事なのじゃ」


 おおぅ、チナはこんな幼女の形をしているが、この世界で長く生き神となった者の分霊なだけあって、悟った大人の発言である。割り切ってるなぁ。


「まあ、エルナはわかいのじゃ。ちょっとくらい悩むのがふつうじゃ」


 まあ、そうだな。チナの言う通り仕方ないし切り替えていくか。

 それに、そろそろボスのお出ましの様だしな!

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