第70話

狂乱、悲鳴。巻き上がる灰や埃は煙幕と奴らの主力兵器である指向性熱エネルギー放出装置の威力を弱めるための防衛機構の一つだ。

ヴィンセントは、ある日を境にずっと背負ったままの十字架の重さをこの時も強く実感していた。


「お前たち。お前たち」


クルードの様々な場所に偶発的に発生した狭く小さな空洞は子供たち専用のシェルターであると同時に、貴重な情報網でもあった。手近な者たちから速やかに動員し、この場所は早くも5か所目であった。


「・・・」


彼の呼びかけに返事は無かった。


「おまえたち」


ヴィンセントは、地面に張り付くように伏せて再びそう言ったが、やはり返答は無かった。呼吸は少しも乱れなかった。彼は上体を少し起こして周りを見回した。

目を凝らすまでもなく、付近は巨体とエクスプロイターによってめちゃくちゃに荒れ果てて、さらには随分と湿っていたのだ。


「・・・手遅れだったか」


この地のどこで、いつ崩落が起きて、いったい誰が死んでいったい誰が生き残るのかを誰も知らないのと全く同じくして、人間の持つ根源的な運というものは感知する事などできないし、それによって巻き起こる偶然に、誰もが逆らうことは出来ない。相手が子供であろうが、病人であろうが、屈強な若者であろうが、それに掛かれば、全てが等しく無価値であるとでも言わんばかりに平等なのだ。

他の仲間たち同様、ヴィンセントもまた、その事を知っていた。

自分よりもずっと短い人生のいくつもいくつもが一瞬にして消え去った。

しかし、だからなんだというのか?生まれ落ちた生命は死という到達点と常にセットで存在しているのだ。若くして死んでいった仲間たちの死が運や偶然により自分よりも早く訪れたものだとしたら、偶然生き残った我々には、身体や声すらも失った仲間たちの存在を後世へと伝える責任がある。先の事、次の世代が、この先どういった思想を重んじるのかはわからない。しかしながら、子を残せなかった彼の執着は、とりわけ、そのような哲学にもとづいていた。一時的な感傷などで立ち止まるなどと、していいはずがない。


彼はその場からすぐに立ち去ろうとした。

湿気や血の臭いは足元から這い上がりどんどんと濃くなる気がして、目には見えない何かが自分の体を捕えて魂を汚し、狂わせてしまうようなそんな気がしたのだ。


(・・・ヴィンセント?・・・・ヴィンセント・・・!)


杞憂が聞かせる幻聴か?いや違う。


もやの向こうに目を凝らして脅威が近くに無い事を確かめる、一歩踏み出した時に足元から聞こえてきたのは確かに子供たちの声だった。生きていた。これでクルードの36番居住プレートの防衛のめどが立つ。


「何人いる?」


ヴィンセントは再び地面に化け、暗闇から不気味に覗く目玉の群れに対して肩越しに質問を投げた。


「えと・・・・イチ!」

「に!」

「さん!」「さん!」

「よん!」

『ご!』「ごっ!」「・・・ご!」

「おい!」

「だって!さんはわたしだよ!」

「こんな時にどうだっていいだろ!」

「ヴィンセント!おなかがへったよ!」

「みんなは?」


「しーしー。おちつきなさい。わかったから」


ヴィンセントがそう言うと子供たちはピタリと騒ぎを止めた。


いい子だ。


彼は、周囲の騒ぎが収まる一瞬を忍耐強く待ち、口を開いた。

それは同時に幼い仲間たちの有能さの証明にもなった。


「『ベースメンター』を動かすとみんなに伝えるんだ」


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