第65話

「見ろよこれ。ドジ―のやつ局員の部屋に転がり込んでる見てえだぜ」

「えぇ?本当に?」

「ああ本当さ、ほらこれ、ドジーんだ」

「ほんとぅ・・・爪や皮を剥がされて食べられなければ良いけれどねえ大丈夫かな?ドジ―・・・?」

「いやあそれで済むならまだましだよ」

「ぇぇ・・・・・・ドジー・・・やだよ・・・ドジー」

「泣くな」


「アメリオのやつ仲間が二人出来たのかい・・・ってことは」

「ああ、珍しい事でもないだろ。上は食い物が違うらしいからなあ」



「ううん・・・?これは、仕事を・・・・仕事を・・・・?ねえこれどういう意味かな?」

「どれ?それは・・・ああ、ブルー共のになる仕事のマークだな」

「うそ!?大出世じゃない!」

「そうだな、ペミペの奴、羨ましいぜ」



「なぁこれ飛ぶように売れたから隠しといたんだけど・・・何に使うもんかな?」

「こうかな?」

「ちがうな、たぶんこれはこう使うんだ」(奇妙な装飾品を頭に装着する)

『おぉ・・・・』

「なるほど、つのか」

「兎に角、次は値段を2倍にあげよう」

「そいつはいい」



食料分配局員に続いてやってきた上層階級の使いの者たちにあらかた品物を売り渡したブルーカラーたちは、各々が対価として渡された貨幣を覗き込んで口々にそう言った。それぞれの貨幣は、名を知る程度のゆかりあるものへと自然と流れ着き、早くもその返事となるシンボルを刻まれた物もあった。彼等の貨幣は、品物を取引するための『対価』であると同時に、地下と地上とを結ぶ簡単な『手紙』のような役割を果たしていた。しかしながら、言うべきか言わざるべきか。


「・・・レト」


「なあに?ヨナ」


随分前から、丁度良さそうな段差の上にに上質な布を引いて、その上にずっしりと腰を下ろしていたレトは僅かに含みを持たせてそう答えた。何か要求がある時、彼女が必ず対価を求める事をヨナは既に知っていた。

なのでヨナは、発言を行う前にすっかり冷えてしまった彼女の肩をさすって血流を促進させるというを行った。今回は、これが対価となる。ラヴィ氏や、他の妊婦たちが居たあの場所に比べて、ここは、人間達の熱によって誤魔化されているだけで肌寒い。


「彼等が頭に付けているあれば」

「ふん・・・」


あれは、頭部に装着する物では無い。


正しくは、上層階級の者らのステータスに準ずるサイズやデザインの物を股間に装着して、必要とあらばローブの隙間から相手にそれを見せる事で、一目でお互いを識別するための言わば階級章なのだ。決して、頭部に装着する物でもなければ、大勢の前で見せつけるような下品な代物では決してない。


「ヨナ?わたしを待たせるつもりなの?」


「ああ。すまない。あれは・・・あれは2倍のレートでは安すぎる」


「ふん・・・・じゃあ5倍にしましょう」


「ああ」


この時、彼は自分がなぜこんな嘘をついてしまったのか分からなかった。


「レトさん!レトさん!」


ブルーカラーの娘の一人が、手にした硬貨を掲げて駆けてくる。

それに気づいたレトは、肩に乗せられていたヨナの手にそっと触れて、似合いもしない高圧的な態度を示す。


「どうしたの?慌てて」


「レトさん!レトさん!」


彼女だけではない。他にも何人も、同じような者たちが現れる。


「お前も?」

「あ・・ああ!俺はこんなの初めてだ・・・」

「誰に聞いても分からないってッ!!!」


集まった物たちが一斉に手にした硬貨を見せ合う。

それは、片面が不気味に黒く塗りつぶされた物だった。

レトが張りのある眉間にしわを寄せてそれらを覗き込んだ。




「なあに?これ」



『ん・・・おい!マーケットはもうおしまいだぞ!』

『なんだ?聞いてねえぞ!』

『さっきのあれ!隠せ隠せ!!ほら早く!』


最後のゴンドラが昇り始めた時、クルードの空間に吊り下げられたいつもより多いゴンドラは今日、偶然そこにあったのだ。と、彼等は誰しもそう思っていた。


しかし、それは違った。


ゴンドラのワイヤーが完全に伸びきると、最も近くにいたブルーカラーの若い男が激しい口調で抗議した。今までの物と明らかに違う、密閉されて本来透明の部分には内側から何かが張り付けられ中が見えなくなっていた。他の場所に降り立った物らもきっとそうなのだろう。


ざわめきの隙間を縫うように重々しく扉が開く。

まず初めに姿を現したのはエクスプロイターの銀色の銃口だった。その場でただ一人、ヨナだけがその事を知っていた。


「・・・レト!!!」

「え?」


銃声。そして、悲鳴。平和贈呈局員たちだ。

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