3-17. 若き領主
「お父様! 逃げましょう!」
長男のハンツは半泣きになりながらエナンドに訴えるが、安全な逃走ルートなどもう無かった。数万の住民と共に魔物たちのエサになる予感に、エナンドはうつろな目で打ちのめされていた。
絶望が一同を覆う中、誰かが叫んだ。
「ドラゴンだ!」
エナンドが空を見上げると、漆黒の龍が大きな翼をゆったりとはばたかせながら近づいてくる。
「暗黒龍!? も、もう……終わりだ……」
エナンドはひざから崩れ落ちた。
かつて王国を滅亡の淵まで追い込んだという、伝説に出てくる暗黒の森の王者、暗黒龍。その圧倒的な破壊力は、街を一瞬で
暗黒龍は一旦上空を通過し、照りつける太陽を背景に巨大な影をエナンドたちに落とした。そして、旋回して再度エナンドたちに接近すると、
ギョエェェェ!
と、血も凍るような恐ろしい
大地に響き渡る暗黒龍の咆哮は、エナンドたちを震え上がらせ、皆動けなくなった。
暗黒龍は厳ついウロコに覆われ、その鋭い大きな爪、ギョロリとした真っ青に輝く瞳、鋭く光る牙は圧倒的な存在感を放ち、エナンドたちを威圧した。
次の瞬間、暗黒龍はパカッと巨大な恐ろしい口を開き、鮮烈に輝く灼熱のエネルギーを噴き出した。かつて街を焼き払ったと伝えられるファイヤーブレスだ。
エナンドたちは万事休すと覚悟をしたが、焼かれたのはなんと城壁の前のオークたちだった。
「えっ!?」
驚くエナンド。
そして、暗黒龍をよく見ると背中に誰かが乗っている。それは青い服を着た少年のように見えた。
暗黒龍は上空をクルリと一周すると、バサバサと巨大な翼をはばたかせながら城壁の上に着陸する。
そしてみんなが
とてつもない破壊力を持つ伝説の暗黒龍を幼い少年が使役している、それは信じがたい光景だった。
すると、ルイーズが少年に駆け寄って抱き着いた。
「ヴィクトル――――!」
少年とルイーズはにこやかに何かを話し、二人は笑いあう。
エナンドは一体どういうことか分からず、ただ、
少年はカツカツカツとエナンドに近づくと、無表情のまま、
「父さん、久しぶり」
と、声をかけた。
「父さん……? ま、まさかお前は本当に……ヴィクトル?」
うろたえるエナンド。
「よくも俺を捨ててくれたな」
少年ヴィクトルは鋭い視線でエナンドを射抜いた。
「わ、悪かった! 許してくれぇ!」
エナンドは必死に頭を下げる。
「許すわけないだろ」
ヴィクトルはパチンと指をならした。
すると、エナンドは淡い光に包まれ、ゆっくりと浮かび上がる。
「な、何をするんだ!」
ぶざまに手足をワタワタと動かし、慌てるエナンド。
ヴィクトルはニヤッと笑うと暗黒龍の方に指を動かす。するとエナンドは暗黒龍の真ん前まで行って宙に浮いたまま止まった。
「や、止めてくれ――――!」
鋭い牙がのぞく恐ろしい巨大な口に、ギョロリとした巨大な瞳を間近にみて、エナンドは恐怖のあまりパニックに陥る。
暗黒龍は、グルルルルルと腹に響く重低音でのどを鳴らした。
「ひぃ――――!」
エナンドは顔を真っ赤にして喚く。
「父さんに何するんだ!」
兄のハンツが飛び出し、ヴィクトルに殴りかかってくる。
ヴィクトルは無表情で指をパチンと鳴らした。
直後、ハンツは吹き飛ばされ、石の壁に叩きつけられるとゴロゴロとぶざまに転がって動かなくなった。
ヴィクトルは、自分を陥れた愚かな兄の間抜けな姿を見下ろしながら、ため息をついた。1年前、自分を死のサバイバルに放り込んだクズを叩けばスカッとするかと思ったが、何の感慨もわいてこなかった。ただの哀れな愚か者など幾ら叩いても心は満たされないのだ。
ヴィクトルはエナンドのそばまで行って声をかけた。
「父さん、あなたには恩もある。選択肢を与えよう。このままドラゴンのエサになるか……、ヴュスト家を改革するかだ」
「か、改革って何するつもりだ?」
「ハンツは廃嫡して追放、父さんは全権限没収の上隠居、次期当主はルイーズにする」
「ル、ルイーズ!? あいつはまだ十二歳だぞ!」
「国王陛下にはもう話は通してある」
「へっ!? 陛下に?」
すると、ルイーズが騎士団長と宰相を連れてやってきた。
騎士団長は、
「エナンド様、私はルイーズ様を支持したいと思います」
しっかりとした目でそう言った。
「私もルイーズさまを支持します」
宰相も淡々と言った。
「お、お前ら! 今までどれだけよくしてやったと思ってんだ!」
真っ赤になって怒るエナンドだったが、暗黒龍がギュァオ! と重低音を響かせると青い顔になって静かになった。
「これより、ヴュスト家当主はルイーズとなった!」
ヴィクトルは、周りで不安そうに見ている兵士や騎士たちに向けてそう叫ぶ。
すると、一瞬兵士たちは戸惑ったような表情を見せたが、一人がオ――――! と叫んで腕を突き上げると、皆それに続いた。
ウォ――――! ワァ――――!
上がる歓声。そして騎士団長と宰相はそれぞれ胸に手を当て、ルイーズにお辞儀をした。
「ルイーズ様万歳!」「ルイーズ様ぁ――――!」
あちこちで歓声が上がり、ルイーズは手を上げて応えた。
ユーベ存亡の危機の土壇場で見出した希望。騎士も兵士も熱狂的に新領主を歓迎する。
ルイーズは彼らの期待の重さをずっしりと感じながら、それでも自分が街を良くしていくのだという理想に燃え、大きく深呼吸をすると再度高く腕を突き上げた。
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