1-12. 三分に一匹

 ヴィクトルは大きく息をつき、ゆっくりと立ち上がると、生贄とされてしまった冒険者たちに近寄った。そして、虚空をうすぼんやりと映す瞳をそっと閉じさせて、


「レストインピース!」

 と、鎮魂の魔法をかけた。

 冒険者たちの遺体は光に覆われ、やがて蛍のように無数の光の粒となり、飛び立って宙へと消えていく。

 ヴィクトルは志半ばで魔物に倒されてしまった冒険者たちを思い、黙とうをささげた。

 いつ、自分がこうなってもおかしくないのだ。他人事とはとても思えなかった。


 後には衣服と装備だけが残っている。

 認識票を見れば赤茶の銅色だ。これはCランクを表す。かなり優秀なパーティだったはずなのだが……、それを倒せる魔物がここにはいたのだろう。かなりレベルの高いゴブリンシャーマンかもしれない。もしくは卑劣な罠を使ったのか……。今となっては何もわからない。


 床に転がる武器を鑑定してみる。


青龍の剣 レア度:★★★

長剣 強さ:+2、攻撃力:+30、バイタリティ:+2、防御力:+2

特殊効果:経験値増量


疾風迅雷の杖 レア度:★★★

魔法杖 MP:+7、攻撃力:+10、知力:+3、魔力:+10

特殊効果: MP回復速度向上


 そこそこ良い武器だ。特に特殊効果が嬉しい。

 また、アイテムバッグにはポーション類も揃っていた。アイテムバッグは四次元ポケットのように、多くの物を小さなカバンに収納できる魔法のバッグであり、とても便利なものだ。冒険者のルールとしてかたきをとった者は所持品を譲り受けられる。申し訳ないがありがたく使わせてもらうことにする。


 それにしても、ここまで準備していてもやられてしまうのだ。ヴィクトルは改めて魔物との戦闘の無慈悲さにため息をついた。


              ◇


 ヴィクトルは『疾風迅雷の杖』を装備してみる。短めのステッキだが、柄のところに青色に光る宝石が埋め込まれており、握るとフワッと体中に力が満たされるような感覚があった。

 防具も装備したかったが、さすがに五歳児が装着できるものはなかった。


「さて……、どうするか……」

 ヴィクトルは考え込んだ。今までみたいなチマチマとした魔物狩りでは効率が悪すぎて到底妲己には勝てない。もっとアグレッシブに命がけの戦いに身を投じるしかない。

 魔物が一番いるのはダンジョンだ。この暗黒の森の奥にも悪評高いダンジョンがあった。ワナや仕掛けがえげつなく、出てくる魔物も凶悪揃いで冒険者たちからはあまり人気のないダンジョンだった。

 しかし、ヴィクトルにもう選択肢はない。そこへ行く以外なかった。よく考えたら人気が無いのは効率を考えればむしろ都合が良いかもしれない。


 ヴィクトルは過去の記憶を頼りにダンジョンへと急いだ。レベルはもう三十なので少し余裕がある。


 一体どのくらい鍛えたら妲己に勝てるだろうか?

 ヴィクトルは暗算をし、十万匹くらいと見当を付ける。十万匹を一年で狩るには三分に一匹のペースが必要だ。起きている間中ずっと三分に一匹ずつ狩り続ける……、ヴィクトルは思わず宙を仰いだ。それは地獄にしか思えなかった。

 また、単純に数をこなせばいいという物でもない。雑魚だけではレベルが上がらない。レベルが足りなければ使える魔法も制限されてしまい、到底妲己には勝てない。つまり、それなりに強い敵を三分に一匹ずつ狩り続けなければならないのだ。これは正攻法では不可能だ。アイテムを使った自爆攻撃を繰り返すしか道はない。

 一体何回殺されるのだろうか……、十万回?

 ヴィクトルは思わず足を止め、しゃがみこんでしまった。

 十万回殺され続ける修行、そんな話聞いた事が無い。しかし、レベル三十の子供が世界最強の妖魔にたった一年で勝つためにはそうなってしまうのも仕方なかった。

「調子に乗って余計な事しなきゃよかった……」

 後悔先に立たずである。

 そもそも、『愛する人とスローライフを楽しむ』というこの人生の目標はどこへ行ってしまったのか? 前世の稀代の大賢者時代ですら勝ち目のない妲己に、一年で勝たねばならないとは、前世よりもよほどハードモードではないのか……?

 ヴィクトルは頭を抱えた。


 しかしこうしている間にも時間は過ぎていく。

 ヴィクトルは大きく息をつくと、グッとこぶしを握り、この過酷な運命を受け入れる覚悟を決めた。


 ダンジョンの入り口にたどり着いた時には、すでに陽は傾いていた。

 崖の下の方にポッカリと開いたダンジョンの入り口は人気ひとけもなく、雑草が生い茂っており、知らなければここがダンジョンと気づかないレベルだった。

 来る途中、何匹か魔物を狩り、魔石を食べながら来たのでそれほど疲れてはいない。

 ヴィクトルは早速エントリーする。何しろ三分に一匹なのだ、休んでいる時間などなかった。

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