第17話 反撃
香織の加勢により、機体操作の負荷が軽くなるのを感じた真希。彼女は軽口をたたく余裕まで見せたが、それはあくまで香織とステラ向けのポーズに近いものだ。未だ戦場に身を置いている自覚は継続しており、敵の挙動を見る目は鋭い。
それに、香織がやってきたことで、なおさら気が引き締まる部分もあった。
(せっかく香織さんがやってきてくれたんだから、目の前でやらかすわけには……)
――というわけである。心身の高揚感に包まれながらも、最初から変わらない使命感と、香織への感謝の念が、真希を冷静にした。
彼女はまず、それまでできていたことが、どれだけ楽にこなせるようになったか、その確認から始めることとした。クラゲから光線が放たれる前に、水の鞭を生成して東京湾に浸す。
すると、それまで使っていた長さで鞭を形成しても、息が上がるような負荷の増大はない。それまでの積み重ねから来る疲労感は無視できるものではないが、まだまだいけそうである。
その上、精神的な疲弊が原因と思われる各種感覚の不透明さが晴れ、意識は澄明になっている。これなら、強く集中せずとも、敵の挙動を捉えて狙い澄ませられるだろう。
そこで真希は、試しに敵を狙ってみることにした。鞭を振って先端を切り離していく飛び道具が、今の感触ではどうなるか。
すると、鞭を振る腕は軽やかに動き、切り離した先端の水塊は、まるで吸われるように敵へと飛び込んでいくではないか。間髪入れず、もう一振り。振って切って、飛んだ弾はまた的中。さらに振ってもう一発――
それまでとは比べ物にならないくらい、軽々と水塊を当てられるようになり、この変化には当の本人がまず驚いた。そして、機体の動きを感じている香織も、この手並みには感嘆の声を漏らした。
「すごい……」
「でしょ~?」
思いがけない自身の技の冴えに驚いていた真希だが、そんなことはおくびにも出さず、称賛を素直に受け入れた。
だが、これで調子に乗るほど甘い子でもない。連続して水塊を当てるだけの操作は可能だが、あまりぶつけすぎて敵の陣形が大きく乱れれば、相手の狙いが逸れかねない。あくまで、彼女がここに居るのは、後ろに広がる発電所を守るためだ。
そこで彼女は、二人乗りの感触の確認を続け、まずは次の攻撃をしのぐことに決めた。先程まで追い詰められつつあった自覚から、決着を急ごうと
そして、4度目の攻勢が間近に迫ってきた。一層強まった赤い光から、じきに熱光線が放たれる。
敵2体の触手の向きから察するに、狙いはアストライアーに定められたものだ。光線2本の射角はやや広いが、つづら折りの防壁ならば……
「多少の痛みは覚悟してね!」と声をかける真希に、香織はすかさず「ええ、大丈夫!」と返した。そして、真希は水の鞭を振って即席の防壁を展開していく。
やがて、夜空に漂う赤い輝きから、2本の熱戦が放たれた。それらが幾重にも重なる水の壁に突き刺さり、連続的に激しい蒸発音が響き渡る。
これで大部分の威力は削ぐことができる。いくらか貫通するが、それは覚悟して然るべき経費だ――そういった認識と覚悟を以って事に臨んだ真希だが、彼女の予想に反し、水の防壁は貫通を許さず光線を阻んだ。
予想に反しての好調を少し疑問に思う真希だったが、晴れ渡る感覚と意識が解に至るのに、そう長くはかからなかった。絶えず光線を受け続け蒸発していく水の鞭だが、水量が損なわれている感じがない。
(たぶん……振りっぱなしでも水を補充できてるのかな?)と、真希は結論付けた。おかげで、一度防ぎきれる程度の攻勢であれば、持久戦で削られる心配はないのだと。防御面に確たるものを得た実感に、真希は汗ばむ拳をギュッと握った。
そして、機体の操作を継続しつつ、思考は次なる段階に入っていく。
彼女は最初、アストライアーでどうにか持ちこたえ、攻撃面は湾内の戦艦にどうにかしてもらおうという考えで構えていた。
しかし、こちらから打って出られるのであれば、それに越したことはない。対空砲火は狙いを定めるのも大変なようであるし、今は着水したであろう空自のパイロットも心配だ。
問題は、どうやって攻撃するか。鞭を振る機体の感覚に深く集中し、次なる動きを組み上げていく。
そして、ある程度の算段が定まり、真希は静かに口を開いた。
「この攻撃が止んだら、こっちから仕掛けるよ。少し気合い入れて動くから……急に気疲れする感覚があるかもしれないけど、気を強く持ってね」
「……ええ、大丈夫」
表情を硬くした香織だが、返答ははっきりとしたものだった。その声に真希の顔が少し柔らかくなる。
やがて、敵の攻撃の切れ目がやってきた。水流と熱光線が激突し、勢いよく立ち上る湯気の向こうで、赤い光線の原点の輝きが弱まりつつある。
「そろそろいくよ!」
「ええ!」
『ご存分に』
そして、鞭から伝う攻撃の勢いがなくなったのを認め、真希は即座に動き出した。
これまでの敵の挙動は、攻撃後に一度距離を取るというものだった。ヒット&アウェイというほどはっきりしたものではないが、鞭の射程を伸ばすのは容易ではなく、少しでも距離を開けられると反攻の機を失う。
だからこそ、動き出すのは今だ。攻撃をしのぎきった直後、今一度気を強く持って疲労感を押しのけ、意識的に更なる苦役に身を晒す。
その覚悟を持って真希は、東京湾から再び長大な鞭を手に取った。蓄積された全身の疲労感に、さらなる重圧が覆い被さってくるが、意識や得物を手放すほどのものではない。声も出さずに負荷をこらえる香織に感謝を覚えつつ、真希は鞭を振るった。
狙いはまず、2体残った内の遠方の1体。動き出しの早さに、今までにない水量も手伝い、鞭は離れ行く敵を捕らえた。上段から振られた鞭は、真希の思い描くイメージに従い、その形状を変えていく。手にした根元から先端へ、サメの背ビレを思わせる三角形の波が伝わり、先へ進むほどに波高が高まる。
そして、先端に集中した質量が、クラゲにたたきつけられた。この一撃で撃破には至らないが、大質量に押し付けられ、クラゲが東京湾に鞭もろとも沈んでいく。
こうして1体を一時的に無力化した真希は、同乗者に鋭く尋ねた。
「まだいける?」
「だ、大丈夫!」
わずかにつまりはしたものの、気勢を持って答えたその声に、真希は「ありがと!」と明るく返して次の行動に移った。
まずは、一度東京湾に還った鞭に再び水を吸わせて、海から振り抜いてもう一方の敵へ。まだ近めの位置にあったそれに、長大な鞭が絡みつく。
そうしてがんじ搦めになった敵を、今度は思い切り引き寄せた。それに抵抗するクラゲだが、アストライアーの
そうしている間にも、クラゲは再攻撃のための赤い光を蓄えているところであったが……これまでの攻撃スパンを踏まえ、真希は十分に間に合うと踏んだ。
実際、光の充填が終わるよりもずっと前に、クラグは間合いに入った。アストライアーの手が届く位置だ。引き寄せた敵を、一層の力で大きく寄せて巨大な傘の端をついに掴み、勢いそのままに下へ引く。
こうして十分に身へ引きつけたところで、今度は右ひざを入れて地面へ抑え込み、間を空けず左ひざでも踏みつけて馬乗りに。激しくもがく動きが下肢に伝わってくるも、敵にそれ以上のことはできないようだ。
マウントポジションを取ったアストライアーの下で、クラゲは最後の抵抗か、赤い核をあてどもなくさまよわせた。弱点を打たれまいと逃げ回る様だが、それは真希の同情心を引くようなものではない。彼女は道端のゴミを見つめる冷たい目でそれに相対し、指先を揃えて鋭い突きを打ち下ろした。
すると、指先が柔らかいものに触れ、それを突き破り、何かが爆ぜる。機体の指先から伝わる感覚に、真希は手ごたえを覚え――間髪入れず、敵に突き入れた右手から水流を放った。対空砲火で撃たれたクラゲが、爆発する様を覚えていたためだ。
直後、真希はごくわずかな熱感を指先に覚えた。同時に、少し弱々しい赤い閃光が生じ、ゲル状の何かが四散する。水流を放ったおかげというのもあるだろうが、彼女が思っていた以上に、敵が消滅するときの爆発の威力は弱かった。見掛け倒しと言ってもいい。
そこでステラが指摘を入れた。
『貯めたエネルギーを集束させることで、あの威力を出していたのでしょう。四方八方に散逸すれば、さほどのものでもないと』
「なるほど」
透明なゲルが飛び散り、それが赤い核の光で染まる華々しさに、必要以上の警戒をしていたということだろう。
安堵した真希は、肩で息をしつつも確かな達成感を覚えた。まずは1体。そして彼女は、海中に没した敵がまだ浮上しないことを素早く確認した後、今しがた倒した敵を改めて見遣った。
発電所の明かりは、どこか息を潜めるように、灯火数が減らされている。その控えめな明かりに照らされ、沿岸のアスファルトにぼんやりと、クラゲだったものの残骸が力なく横たわっている。また、ちょうどすぐ側が岸壁になっており、形をとどめきれない残骸が、重力に引かれるまま東京湾へと流れ出ているところだ。
もはや何するでもない残骸だが、このまま残しておくのも気味が悪い。思い立った真希は、ちょうど海があって都合が良いとばかりに、足で払って片付けようとした。しかし……
「残しておいた方が、いいかもしれません」
『そうですね』
「えっ?」
「敵の正体を探るため、こんな残骸にも用がある方がいるかも……」
「なるほど~」
片付けることに意識が向くあまり、これからについて考えが回っていなかったことを認めた真希は、指摘を入れた香織に感服した。
それでも、勝手に動いたりしないかと、少し不安を覚えてはいたが。
そんなやり取りの後、大きな水音を立てて、最後のクラゲが浮上した。ちょうどチャージ済みだったのか、海から出るなり赤い光線が飛び出す。
しかし、海に上がってくるその直前に、赤い光が強まるのを、真希は見逃していなかった。待ち構えていた水流と熱光線が激しくぶつかり合う。
そして、ここまで一機でしのいできたアストライアーが、一騎討ちに持ち込んだ今、遅れをとる道理はなかった。疲労重なる真希だが、彼女の器を超えることもない。危なげなく光線を処理し、引き下がろうとする敵を鞭で捕らえ、馬乗りになって一突き。最後の敵も、ゲルを四散させて果てた。
こうして戦いが終わり――それを実感した瞬間、真希の中で緊張の糸が切れた。体の中身がフッと空に浮くような感覚の後、今までつなぎとめていた意識が黒に染まっていく。
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