第114話 カリナ、イヴァンを追いかける。視点、カリナ

 シュエリーさんが転移魔法を使ってクロノスのバスターを空へ逃した。

クロノスのバスター攻撃、黒いフードの集団による攻撃。

それらに対処するだけではなく、背後で逃げる民衆を守らなきゃいけない。

私たちは今、非常に厳しい立場に追いやられている。


「まったく、コピー能力なんてチートでしょ! どうしろっていうのよ!」


 シュエリーさんはまだ愚痴を吐く余裕がある。

けど、彼女の魔力量は多くない。

彼女の転移魔法が途切れた時、私たちはほぼ為す術もなく倒されるだろう。


「ミリアさん、私たちも避難誘導を手伝いましょう!」


 彼女の気苦労を軽減するためには、1番取り除ける問題を早期に解決することだ。

背後の民衆が安全地帯に逃げ切れば、こちらも気兼ねなく戦闘できる。

私たちが駆け付けた貴族たちと共に、避難誘導にとりかかろうとした直後。

前方に巨大な爆炎が落ちた。

目の前の人々は燃え盛る火の海の中、こちらに救いを求めて手を伸ばす。

しかし、その数秒後に絶命して倒れ込んだ。

光景が目に映った瞬間、私は里を滅ぼされた状況が脳内にフラッシュバックする。

見上げると、翼竜が召喚魔法の魔法陣から群れをなして現れていた。

イヴァン、やはりお前が......。


「そんな......人が」


 ミリアさんはあまりの惨劇に言葉を失っているようだ。


「くそ、クロノス1人ですらきついっていうのに。どうしろってんだ!」


 貴族の誰かがそう弱音を吐き、始めの頃の守りの勢いが少し衰える。


「カリナさん、どこへ」


 私は戦意を失いどころか、沸々と湧き上がる殺意によって気が高まっていた。


「ミリアさん、私はイヴァンを仕留めます。あいつを殺らないと、召喚魔法でいつまでもモンスターを呼ばれてしまう」


 殺意を隠すようなもっともらしい言い訳。

我ながらそう思う。

だが、それでも行かなくてはならない。

クロノスの屋敷で決別したとあの時思っていたが、やはり人はそう簡単に変わりはしない。

この殺意を終わらせないと私は、進めないのだ。


「カリナさん......わかりました。でも、ちゃんと戻ってきてくださいね」


 ミリアさん、きっと気づいているのだろう。

私が個人的な理由でこの場を去ろうとしていることに。

それでも、引き留めないでくれた。


「はい」


 ありがとうミリアさん、その言葉を守れるよう全力を尽くします。

私は彼女と別れ、何人かの貴族から様々な武器を借りた。

これだけあれば、どんな攻撃がきてもある程度対応できる。

その後周囲を見渡すと、イヴァンが路地裏へ隠れようとする姿を発見した。

臆病な性格ゆえに他人を使って自分は安全圏から見守る。

その汚いやり方、私は我慢の限界だ。

魔法石の力を使い、スピードを上げて彼を追いかける。

途中、目の前に黒いフードの数人が立ち塞がった。


「どけ、お前らにはようはない」


「奴隷ごときが偉そうにほざくな。貴様なんぞ、俺らで十分だ。いや、俺らですら贅沢なくらいだ」


 1人が火の玉を弾丸のように飛ばす。

私は人器一体を使い、盾でそれを凌いだ。


「馬鹿が、足元みな」


 足元......見下ろすと水たまりが出来ていた。


「死ねや!」


 もう1人は私が火の玉を避けた瞬間に水を地面に広げていたようだ。

そして、そいつの杖の先はビリビリと音を響かせた。

恐らく電気というものだろう。

私は杖が水たまりに触れる直前、足裏から槍を作り出した。


「な、何!? 足から槍を出して飛びやがったこいつ!?」


 敵が動揺している中、私は1人に楔を撃ち込んだ。


「くそ、よくも殺ってくれたな!」


 水たまりの男を絶命させると、残った方が連続で火の玉を空中に目がけて発射した。

私は楔につながっていたワイヤーを引き、直立した死体の両肩に足を着地させる。

そのまま死体をばねにして火の玉を繰り出した男に素早く飛び込み、ナイフを刺した。

ここまででかかった時間は恐らく15秒。

まだ薄っすらとだが、イヴァンの後ろ姿が見える。


「こいつ、奴隷のはずだろ。なんでこんな強えぇんだよおい」


 その後は怯んだのか、遠距離から魔弾をこちらへ撃つだけとなった。

この程度なら避けれる。

私は黒いフード集団の魔弾の嵐を潜り抜け、路地裏へたどり着いた。


「イヴァン、どこだ!」


 薄暗い路地裏を進むと、目の前には壁があった。

おかしい、通ってきた通路に脇道はない。

ここに壁があるなら、奴はどこへ逃げた?

とでも考えると思ったかイヴァン。

私は巨大な鉄槌を右腕に作り出し、壁へそれをぶつけた。

瓦礫の向こうには、両肩を上げて苦しそうに走る奴がいた。

私は知っている......奴が大した戦闘力を持っていないこと。

だから臆病で、他人を使う。


「追い詰めたぞイヴァン! 私の里をよくも!」


 私は思わず楔を投げると同時にそう叫んだ。

今までの積年の恨みが、吹き出すような感覚。

その憎しみを込めた攻撃は、彼の背中に後1メートルで届こうとした。

声に気づいたイヴァンは思わず顔だけ少しこちらへ向ける。

目を見開いて動揺している様を見て、私はこの攻撃が通ると確信を持った。

その直後、彼の背から鮮血が飛び散る。


「くそ、運のいい奴だ」


「ゔぁあ゙」


 イヴァンは背に走るあまりの激痛に立ち上がることができずにいた。

転んだ拍子に心臓から少しずれ、絶命は免れたようだ。

望んだ結果とは少し違うものの、ある意味ではこちらが正解だったのではないかと思える。


「少しは死にゆくものの辛さがわかったか?」


 こうして苦しんでから死ぬ方が、こいつにはいい。

私はゆっくりと歩き、奴に恐怖を与えた。

耐えることもできない激痛に加え、迫る殺意。

すべてに怯えて死ね。


「待てカリナ! 里を滅ぼしたとはいえ、貴様を数年間生かしてやったのはこの私だぞ!」


 イヴァンはヒールで背中の傷を修復しながら、そうこちらへ話かけた。

私は無視して脚を進めた。


「ガハハ! そうか、そんなに私が憎いかカリナ! いいだろう、殺れ」


 ついに悟ったのか、開き直ったイヴァンは何故か笑い上げた。

気でも触れたか?

私がそう思った瞬間、ニヤリと口角を上げて奴は口を開く。


「ただし! 私を殺せばもう二度と、仲間の場所は知れなくなるだろうなぁ」


「仲間の場所だと?」


「あぁ......お前がこうして反逆することを想定して、いざという時のためにダークエルフの生き残りがいる場所を捜索させていたんだよ。そしたらつい最近、見つかってね」


「ふ、ふざけた嘘をつく!」


 私は彼の目の前で斧を振り上げた。


「ガハハ! 嘘だと思うなら殺せ!」


 何故だ!

何故目を泳がせない。

嘘じゃないのか?

本当にこいつは、私の仲間の居場所を知っているのか。

いや、だとしてもこいつを生かしておくわけには......。


「ガハハ! 殺せないか、弱くなったなカリナ! 死ね!」


 死ね?

動けない奴がなぜその言葉を発する。

まさか周囲に敵が来た?

見渡すと、上から爆炎が迫っていることに気づく。

しまった、盾を出すのが間に合わない。

盾を作り出すのが少し遅れ、左腕全体に火傷がついた。

訓練しているとはいえ、流石にこのダメージはくる。

痛みに気をとられた私は、イヴァンが遠くへ逃げている事に遅れて気づいた。


「待てイヴァン!」


「グガガガギギィ!」


 追いかけようとするが、竜が空から降りてきて咆哮をこちらに浴びせる。


「翼竜か」


 あぁ、私はなんでこうチャンスを逃すんだ。

いや、今目の前に奴がいたとしても殺せるかわからない。

どうやら私は殺し屋を経験していながら、私情が挟むといつも躊躇ってしまうようだ。

これ以上、シュエリーさんたちに迷惑をかけられない。

だがイヴァン、私はお前を許すことはない。

この騒動が終わり次第、今度こそ貴様を捕まえる。


「だがら翼竜、まずはお前を倒す!」


 この国を焼き尽くさせるわけにはいかない。

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