第90話 決勝戦 シュンVSクロノス 後編

 身体中が……苦しい。

魔闘器も右手のが1つだけだ。

今握りしめてる小石を離せば、俺はもう何も掴み上げることはできない。

それでも、ここで諦めるわけには……。


 立ち上がると同時、俺はリザードマン化して接近してくるクロノスから魔闘器の力によって距離を取る。

あぁ、いいタイミングで使おうと思った小石がもう無くなってしまった。


「ハハハ! どこへ逃げても俺の足には関係ないぜ!」


 その言葉通り、数メートルの間合いを瞬時に詰められ殴り飛ばされた。

もはや勝利確定のはずであるクロノス。

シュエリーさんの時と同様に、半殺しにする気だ。

ちくしょう、なんで動かないんだよ!


「おらおらおら!」


 俺はその後も、殴打と蹴りの猛攻を喰らい続けた。

痛みは増えていき、苦しさが増すと思ったその時だ。

ある一定のラインを超えると、痛みを感じ無くなった。

脳内に何かが分泌されるのを感じた。

手足もそれに伴い、動かしても辛くない。


 俺は次のストレートを間一髪で回避した。


「ほぅ、まだそんな余力が残っていたか」


「もうギブアップしろー! 危ないぞーシュン!」


 観客たちはしきりにそう声をかけてくれた。

ありがとう、心配してけれて。

だけど、こんな惨めな終わり方じゃダメなんだ。

少しでもランク制度が変わるきっかけにならないと。

そして、カリナさんを助けるためにも。

このまま引き下がるわけにはいかない。


……!?


 痛みが消えて冷静になったからか、ある勝ち筋が見えた。

この方法なら、勝てるかもしれない。

よし……来いクロノス!


「さぁ、そろそろ遊びは終いだ。この後お前は何もできず始末されるからよ。喜べや!」


 俺は突進する動作の1秒前に腕を彼に向けた。


「はっ、その魔法が横は撃たないこと知ってんだよ!」


 それでも構わず前進してから。

俺は腕に徐々に光の粒を集め、発射態勢を取った。

同時に魔闘器へ全魔力量を注ぎ込む。


「おい、嘘だろ? 本当に撃つのかてめぇ!」


 魔闘器が魔力供給の許容量を超えたせいか、破損する。

と、同時にバスターはクロノス目掛けて放った。

魔闘器に全魔力量のほとんどを注ぎ、限りなく威力を落としたバスターを作ることに成功した。

しかし、間一髪でそれは避けられる。


「ビビらせやがって、喰らえ!」


 少し拳の軌道がズレた奴の攻撃が頰を掠る。

俺は次の攻撃の防御をせず、クロノスのフードをとった。

勝たせてくれるか五分五分だが、頼む!

腹を打たれてうずくまった俺を、クロノスは間髪入れずに首を絞めて持ち上げる。


「さ、負けだぜクソガキ!」


 ニヤリと口角を上げて勝利を確信するクロノス。

俺はただ、審判の判決を待った。

マナフェスの方を見るが、何もいう気はないようだ。

はぁ、何を期待していたんだろう。


「待てぇ!」


 その渋い声が会場に響き渡ると、真横に砂塵が舞った。


「この試合、既に決着が着いた!」


 煙が消えると、隣にはカエサル王がいた。

首を絞めるクロノスの腕を掴み、睨みつけている。


「決着が着いたとはどういうことだ?」


 クロノスは眉間にシワを寄せて王を見た。


「貴様がバロニカと偽って出場したのだ、失格は当然だろう」


「なんだと老いぼれが舐めやがって。てめぇもこうされてぇのか? あぁん?」


 そう言い、残った腕でカエサルの襟元を掴もうとする。


「クロノスよ、さらに罪を重くしたいか?」


 襟元に触れかけるその瞬間、地面はバカンとわずかに抉れる。

その様子を見て、あの横柄なクロノスが手を止めた。


「ふん、わかれば良い。後に沙汰を下す。おい、こやつを魔封の手錠を付けて幽閉しろ」


 王がそういうと、審判員たちは慌ててそれを用意した。


「クソが! 覚えてろよカエサル!」


「皆の者! 本大会の優勝者を発表する!」


 俺はうずくまりながらも、聞き耳を立てた。


「優勝者は……シュンだ!!!」


 王がそう言い放ち終えると、数秒を待って歓声が鳴り響いた。

勝ったんだ、本当に。

嬉しさなんて今はない。

壊れていた痛覚が再び正常に稼働したからだ。

節々の痛みに意識を持ってかれる。


「シュンよ、数日後に王宮へおいで」


 王はかなり和んだ顔でそうこちらへ言い残して去って行こうとした。


「王様! な、仲間も同行してよろしいですか!」


 そう俺がいうと、背を向けたままオーケーのサインを送ってくれた。

よかった、これで全て事がうまく進みそうだ。


「シュ、シュン殿! 妨害等もろもろ、大変すまなかった」


 仰向けに倒れる俺に、マナフェスは同じぐらい頭を低くして土下座する。


「え、何があったんですか?」


 脅されているはずの彼が、こんなに接近して大丈夫なのだろうか?


「これを見てくれ! 君の仲間が、助けてくれたんだよ息子を!」


 ロケットペンダントの中を見ると、シュエリーさんたちがいた。

恐らくだけど、マナフェスさんの子どもと共に。


「シュン! 勝ったのね、すごいじゃない!」


「シュ、シュエリーさん! お、俺!」


 無理矢理身体を起こしたせいか、悶絶する痛みが全身を走った。


「落ち着きなさい。もう全部大丈夫よ、エレファントさんがもう1人治癒魔法が使える者をそちらへ派遣したわ」


「違うんだシュエリーさん! お、俺嬉しいんだよ。Fランクでずっと馬鹿にされてきたこの俺が、こんな大会で優勝できた事が……たまらなく」


「そうね、あなたは凄いわよ。やっぱり村人の私とは……」


「違う! シュエリーさんに出会ってなかったら、俺はこんなに変わらなかった! シュエリーさんがいなきゃ俺は、俺は!」


 自分でも恥ずかしいセリフに言葉が詰まった。


「上手く言えないけど、そうなんだよ! わかった?」


 俺は濁してそう答える。

恥ずかしくなって数秒沈黙すると、一向に何も反応がないことが気になり、再びペンダントを覗いてみた。

すると、彼女は顔を真っ赤にして見下ろすようにこちらを見てきた。


「ふ、ふーん。そうよね! 全部私のおかげなんだから感謝しなさいよ!」


 ハハハ、いつものシュエリーさんだ。

俺はエレファントの治癒魔法使いが到着すると同時に疲れ果てて意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る