第56話 ミリアとカリナの日々。part.final

「ミリア!」


「ミリアちゃん!」


 もう少しで、男の手が臀部に到達しかけたその時。

目の前にパパとママが血相変えた顔で現れた。

普段は服を汚したらすぐ着替えるのに、足元が泥だらけ。

あんな酷いこといったのに、私のために......。


「君、娘を離しなさい!」


 パパは焦りながらも、ゆっくりとこちらへ近づこうとした。

しかし、背後の男も驚いたのか首筋にナイフを当ててきました。

少し刃が入り、血が胸の間に垂れていくのを感じる。


「金ならいくらでもやる! だから娘を手放しくれて」


「金なんていらないね。こんな極上の女、この先二度も味わえまい。

ハハッ!

こりゃ面白くなってきたわ。

いい女を親の前で抱くなんて、たぎるぜ。

そこで黙って見ていな、ハハハ」


 再び男の手が臀部に触れ、今度こそ辱めを受けると直感する。

何が成長しただほんと。

ママとパパに酷いこといって、1人で何も結局できていない。


「うぉ!? なんだお前、離せ!」


 目を瞑ったその瞬間、背後の男が何か声を張り上げている。

誰かもう一人、近くにいる?


「警告する。その手を離せ、3秒いないだ」


 この声、もしかして......。

振り返ると、靡く銀髪が目に飛び込んできた。

カリナさん、どうしてこんなところに。

いや、私を助けに来てくれたんだ。


「お前こそ離せや! ん? お前よく見りゃ、酒場にいた耳長女じゃねぇか。あんときはよくもやってくれたなぁ。覚悟しろ」


 カリナさんは右腕が骨折してて、今彼の腕を掴んでいる手しか使えない。

どうしよう、このままじゃ彼女が危ない。

私は咄嗟に、首筋に当てられたナイフを握る手を噛んだ。

人の手を噛む感触というのは、生生しくて、少し食い込んだ所で一瞬止まってしまった。

しかし、覚悟を決めてさらに歯を立てた。


「いてぇ、こんのアマ!」


 頭突きをしてくる男に、私は目を瞑らずに立ち向かった。

しかし、彼の顔はこちらに衝突しない。

カリナさんが魔法石の力を使って、彼の身体を片手で宙に持ち上げてしまったからだ。


「降ろせ! てめぇ、絶対許さねえぞ!」


 持ち上げられても酔っているせいか、彼は頭に血が登ったままだ。


「お前、少し冷静になった方がいい」


 カリナさんは男の身体を勢いよく投げ飛ばした。

壁に全身をぶつけた男は、痛みを叫ぶこともなくうつ伏せに倒れ込んだ。


「では、私はこれで」


 そのまま何事もなかったように、彼女は立ち去ろうとした。

私が彼女に声を掛けるが、止まってくれない。


「待ってくれ! カリナさん!」


 しかし、彼女の足は止まった。

止まったというより、道を塞がれて仕方ない感じだけど。

それより、目を疑うようなパパとママの行動に目を奪われる。

まさか、土下座をするなんて思わなかった。


「すまなかったカリナさん! 私たちは君のことを誤解していた」


 私以外には見下すような態度だったあの2人が、カリナさんにこんな行動をとるなんて。


「やめてくださいお二人とも。私は実は、ただの奴隷なんです。

お二人にそんな行動をとられたら、立場がありません。

さぁ、立ってください」


 カリナさんがそういって声をかけても、2人は動かなかった。


「いや、君がどんな身分だろうと関係ない。娘の命の恩人だからな。これだけは言わせてくれ。

私とママは、娘が本当に大事なんだ。

だから、大切に思うあまり娘自身も、その周りのことも見えなくなってしまうことがある。

だからどうか、ミリアとまだ友人でいてくれないか? 私たちの視野が狭まっても、君みたいな優しい子がいてくれたら安心だ。どうか頼む!」


 ママ、パパ......そんなこと思っていてくれたなんて。

後で2人に謝らないといけないけど、その前に私も彼女に言わなきゃいけない。


「ごめんなさいカリナさん! 私も、常識がないのは自分でした。

家でカリナさんが変な行動をとるの、本当は私も少し煩わしい気持ちがあったんです。

ですけど、この路地裏に来てわかったんです。

貧しさのあまり、ごはんにありつけるかもわからないような子どもがいっぱいいました。

そんな大変な生活の中、まともな教育なんて受けられるはずがない。

それなのに私、自分の価値観を押し付けてしまいました」


 私とママたちがしばらく頭を下げると、カリナさんは重たい口を開き始めた。


「わかりました。みなさんにそこまで言われては、拒否するほうが無礼ですね。

不束者ですが、これからもお願いします」


「ありがとうございます! これからは、カリナさんが私に本当の常識を教えてください」


「いや、それはちょっとわかりません」


「えー、なんでですか」


◆◇◆◇◆


 帰り道、私はカリナさんの手から血が垂れているのに気づいた。

布がないかと探したが、パパとママの服は泥だらけで衛生的にダメです。

私も、これ以上脱げば本当に痴女になってしまう。

そうだ!


「ミリアさん、どうしたんですか?」


 左手を握られて意表を突かれた彼女は、珍しく顔が変わっていました。


「左手、怪我していますよね? だから応急措置です」


 少し距離感近くなりすぎたかと思いましたが、それはすぐに消えます。

彼女はしっかりとこちらの手を握り返してきました。


「ふふっ。ミリアさんも、ご両親も少し変わっています」


「えー、そうですか?」


 そう少し落ち込むと、彼女は少し間を置いて再び口を開いた。


「ですが3人とも、心根は純粋です。

私にも家族がもしいたら、あなた達のようになりたいです」


「ふむふむ、じゃあカリナさん養子になればいいんじゃないですか?」


「え? よ、養子!? 何言ってるんですかいきなり」


 動揺して手を離そうとするカリナさんを、私は逃さず掴んだ。

そして、後ろのパパとママに頼み込んでみた。

すると、言葉を発することなく親指を立てて返事をくれる。

拒否するはずがない、ママとパパは私に甘いんですから。


「じゃ、カリナさんは今日から私の義姉ちゃんかぁ。 頼りになるお義姉ちゃんいたらいいなーって思ってたんですよ」


 困惑する彼女を見つつ、私は腕を引いて歩いた。

少しは距離が縮まったかな?

シュエリーさんとシュンさんは、今頃何をしているんでしょう。

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