第46話 シュン達一行、話し合う。後編

 にしても、亡命という解決策を持ち出すほどの人物が彼女の雇い主なのか?

俺は頭の中でいくつか人物を思い浮かべるが、見当がつかなかった。


「説明していませんでしたが、私はギルドのスタッフではありません。本当は奴隷です」


 カリナは恥ずかしがることもせず、上着を脱いで背中を見せた。

その小麦色の肌には、想像を絶するほどの苦痛に耐えてきたことを示す、無数の傷跡があった。

完全に跡になっているものより、まだ真新しさが伝わる瘡蓋となった傷の方が多い。

これが奴隷の受ける調教という奴なのか?

いや違う。


 本来奴隷とは報酬の発生しない使用人として使われる。

報酬は発生しないといっても、使用人に対する規定と同じものを雇い主も遵守しなければならない。

というルールが俺たちの国にはあるはずだ。

一部の貴族はそのルールを破っていると聞くが、大体はいずれ罰を受ける。

だが傷跡から察するに、長年に渡り彼女は苦しめられているようだ。

このような扱いを黙認されるほどの権力者が雇い主となると、亡命を提案するのも大袈裟ではない。


「カリナ、あなたの雇い主って一体誰なの?」


 シュエリーは静かであるが、強く拳を作り、血を滲ませるほどの怒りを溜め込んでいた。


「それは、言えません。お二人にこれ以上迷惑をかけるわけには」


 そういうとカリナは俺たちから離れようと、たどたどしくも歩こうとする。

しかし、シュエリーは彼女を後ろから抱きつき動きを止めさせた。


「カリナ! あなたはもう仲間なんだから!  勝手なことしないで!」


「ありがとうございますシュエリーさん。ですが私は行かなければなりません。

お婆ちゃんに仲間は大切にしろと言われたんです。

私はあなた達に命をかけて守られました。

今度は私が、そうする番なんです」


 カリナさん、罪悪感からなのか死のうとしているのか?


「カリナさん、お婆ちゃんのその言葉誤解しているよ」


「え?」


「仲間っていうのは損得じゃないんだ。困っていたらお互いに手を取り合う。大切にしろっていうのは命を投げ捨てろってことじゃないよ!」


「そうよ!」


 シュエリーは俺の言葉に続いて強めに乗っかった。


「でも私がいたらこれから先、命を狙われるかも知れませんよ? そんな人間のことを仲間と呼んでくれるのですか?」


 カリナは下げた顔を手で覆った。

手の間からぽたりぽたりと雫が垂れ、時折鼻を啜る音が聞こえた。


「当たり前でしょ? ほら、ハンカチ使いなさい」


誰にも持たれかけることのできなかった彼女にとって、俺たちはようやく心を打ち明けられる存在となったのかも知れない。

そうだとしたら、俺たちは脅かす存在から彼女を守らなければならない。


「で、雇い主って結局だれなのカリナさん?」


 俺のその言葉についに、彼女は重い口を開いた。


「わかりました。私も今だけは素直になろうと思います。私の雇い主は…ギルドマスターのイヴァンです」


 ん? 今のは聞き間違いじゃないよね?

俺は紡がれた言葉を何度も頭で復唱するが、やはりイヴァンという発音以外はあり得なかった。

まさかそんな、ギルドマスターが俺たちを殺そうと仕掛けたなんて。

信じれない…いや、例えこの事実が信じられなくてもカリナさんがそういうなら間違いではないのだろう。


「そう。あのクソジジイがねぇ、へぇ」


 シュエリーは受け入れるのに時間のかかった俺とは反対に、青筋を立てて大変切れていらっしゃった。


__数分後__


 それから、イヴァンが何故俺たちを殺そうとしたのか詳細にカリナさんは説明した。

なんでも、貴族権威の象徴であるギルド制度の秩序を保つために村人出身者やFランク認定された俺が活躍する姿は目に余るから。

というのが動機らしい。


「やっぱり貴族ってクソね! 自分たちの良い暮らしのためには他人の命なんて物同然なのかしら全く」


「いやぁ、シュエリーさんもう少し優しくお願いしますせめて」


 頬を膨らませたシュエリーはミリアの胸を鷲掴みし、激しく揉みしだいた。

俺もミリアさんも一様貴族だから、八つ当たりのつもりなんだろう。

ミリアさん、南無です。


「で、どうするんですか私たちこれから」


 涙目になったミリアは揉まれて喘ぐような声を漏らすも、なんとかそう言葉を発した。


「わからないねそれは。街に戻っても危険だろうし」


 俺がそういうと、シュエリーは満足した顔で立ち上がりこちらを向いた。


「いや、そうでもないかも知れないわよ。ここは迂回しなきゃ行けないけど、街に入ったら迂闊に攻撃してこないわよきっと」


「そうなの? だってこんな手下がいっぱいいるんだよ? 心配だなぁ」


 俺がそういうといつもの調子に戻ったのか、「馬鹿ね」と返してきた。


「そんなことができるなら、わざわざこんな外でバレないように計画立てないでしょ?」


 たしかに、殺そうと思えばクエストに行く前でもいくらでもチャンスはあった。


「つまり、あのクソジジイは顔はいかついけど心はシュンよりもチキンってこと。

失敗する可能性が少なく、暗殺できなくてもバレないようにしたい。

というのが、あいつの魂胆ってわけ」


 あれ? さりげなく俺もディスられた今?

まぁ、シュエリーさんが本調子になったならいいか。


「じゃあ、街に戻っても大丈夫ってこと?」


 俺がそういうと、シュエリーは少し口をつぐんだ。


「あれ? 違う?」


 追撃すると、「う〜ん」と声を漏らす。


「そうなんだけど。不安が1つあって〜、あっ! ミリアさんがいたわ!」


 困った表情から急変し、目を輝かせシュエリーはミリアに駆け寄った。


「ミリアさん! あなた、カリナさんを預かってもら得ないかしら?」


「えぇ!? 私がですか? いいですけど〜」


 ミリアは承諾しつつも困惑した声色で返した。

無理もない。

ミリアさんはカリナさんのことをあまり知らないし、戦いかけた関係だから気まずいだろうに。

それでも、シュエリーは「うんうん」と納得した様子だ。


「さ、腹ペコ軍団! 遠回りだけど頑張って歩くわよ!」


 説明もないが、シュエリーさんはどこか不安が晴れた様子だ。

今までもなんとなく乗り切れてきた彼女の判断に、俺は乗らざるを得なかった。

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