第7話 緊張の対面
「おお、よくきてくれたね、工藤くん。まちかねていたよ」
俺が招かれたのは大広間だった。
あの後、治療だなんだとちょっとした騒ぎになって、予定していた時間より大幅に遅れて合流することになった。時間は夕方で、社長とその娘たち全員、そして俺の5人が。
「ん? その顔はどうしたのかね? 眉間にあざがあるようだが」
「あ、いえこれは」
俺はチラっと部屋の中を見回した。大きいテーブルが一つ、真ん中にある。そこには6つの椅子がおいてあり、既に着席している人が俺たち以外にも四人いた。
そこには社長以外に、三人娘がいた。麗衣は、俺の姿を見るなり真っ赤な顔を背けた。無理もない。無理もないんだが、不可抗力なんだ、勘弁してくれ。
「部屋は気に入ってくれたかね? 最高級の客室を用意させてもらったのだが」
「は、はい。とても豪華で素晴らしい部屋でした」
俺が横になっていた場所は、どうやら俺に宿泊先として割り当てられた部屋らしい。マジであんな部屋を借りていいのか……?
戸惑いつつ部屋を見回す。俺の宿泊所として割り当てられた部屋の隣にあるこの部屋は、客をもてなすためのスペースのようになっていて、軽く人と話したり待ち受けの間だけくつろいでもらうためにあるような場所になっていた。
そして更にその部屋を抜けた先が、俺と少女たち、そしてTALOS社長の神楽坂幹彦氏がいるこの部屋だった。
大きな会議室くらいの広さになっているこの部屋は、何台ものテーブルとひじ掛けのある大きいふかふかの椅子が用意されていた。
俺は緊張したまま、空いている席に腰掛けた。
「娘たちが何やら無礼をしたようで、すまなかった。体は大丈夫かね?」
「ええ、全く問題ありません」
「はっはっはっは、さすがに若いね。頑丈な体をしている。頼もしいものだ」
社長は俺の隣に腰掛け、肩をポンポンとたたく。
過大評価されたままなのは居心地が悪いが、この空気の中ではとても助かった。
なにせ、俺を見る娘さんたちの目が、とにかく鋭い。三人並んでいるそのテーブルに着いた少女は、俺を品定めするような目であった。
「……」
「みんな。彼に挨拶しなさい。まだ自己紹介が終わっていないだろう?」
三人は頭を横に振る。
「さっき会ったよー。ねー、おにーさん」
あ、門のところで会った子だ。
「おや、もう会っていたのか? では自己紹介の必要はないのかな?」
「まだ名前を言ってないよー。おにーさんの名前も知らないー」
その子が、両手を挙げて明るく言う。この子だけ雰囲気が違う。ぱぁっと明るくて、緊張した面持ちの隣二人とは雲泥の差だ。味方が増えた気分だ。ちょっと気が楽になった。
「ね、パパ。あたしから自己紹介していい?」
「ああ。麗衣もそれでいいか?」
「ええ。私は先ほど様子を窺った時に自己紹介済みです」
「ほほう、麗衣はさすがに周到だ。素晴らしい。では
「はーい」
「は、はい」
二人の少女が返事をして、その場に立ち上がる。元気っ子の少女と、少し怯え気味の少女の姿は対照的だ。
「じゃあ、うちからね!」
ピンク色の髪をなびかせて、元気な少女が宣言する。
「うち、
「も、モデル?」
「そだよー。ほら、
BeCuTieという雑誌は、確かティーンズの女性誌だったな。TwitterやSNSのトレンドでよく名前が出ている。かなり大手の雑誌だったはずだ。あれのモデル? 本当に?
が、それが嘘でないことは一目でわかった。ゆるふわな髪型にマニキュア、服装も上手に着こなしていて、少女のあどけなさとかわいらしさが凝縮されている。かわいらしさはもちろんのこと、そういわれても納得できるクオリティの美少女だ。
両手を挙げてテーブル越しにぶんぶんと手を振る。初めて会った時からやたらと明るくて人懐っこい子だと思っていたが、雑誌のモデルをやってるとは……。
「よろしくねー、おにーさん!」
ぱぁっと華やぐような雰囲気にあどけなさの残る笑顔、これは男女問わずに人気が出るだろう。
「あの、わたしも、自己紹介していいですか?」
末の妹とおぼしきハーフっぽい少女は、おびえたような目で俺を見ていた。その人形のような整った顔、透き通るような肌にかすかな赤みが差し込んでいて、美少女ぶりが際立っていた。その少女は軽く混乱しているようだった。
「わたしは
自然な発音に聞こえるが、どこかたどたどしい話し方だ。この子、見た目からしてハーフっぽく、どうも日本人ばなれしたルックスである。
そしてその態度は、明らかに俺を敬遠している。嫌がっている、というよりも、怖がっているように見えた。
無理もない。こんな年頃の少女は潔癖だ。姉ともつれあうように抱き合っていた姿は、いかがわしいことをしているようにしか見えなかっただろう。その後のパンツ覗きは、事情を知らなければ俺が加害者そのものだ。
第一印象は、長女と三女ともに最悪に近い。俺は肩を落としかけ、顔を俯かせた。
「では、工藤君。自己紹介を、改めてお願いするよ」
「は、はい。わかりました」
俺は声を掛けられ、立ち上がった。社長、そして三人娘の注目が俺に注がれる。
俺は会社のプレゼンの時のように緊張しながら立ち上がった。
「私の名前は
「彼の仕事場はとてもハードでな。その環境で、大量のタスク処理の為に長時間の勤務をこなしていたんだ。とても責任感のある誠実な青年だ」
社長が言葉を挟む。俺は焦りながら苦笑いしつつ、反応を窺いつつ話を続ける。
「えー……家庭教師の仕事を依頼され、恐縮ですが、今はやり遂げようという気持ちでいっぱいです。任された以上は、可能な限りの努力をしようと思っています」
ぱちぱちと拍手をする社長と、それに加わるようにしぶしぶといった様子でならう少女たちの拍手が響く。
「ねね、センセー。ゆっきーって呼んでいい? いいっしょ? これから親密になるんだから、いいよね?」
「へ? あ、ま、い、いいけど」
涼音の軽い口調が、場違いに明るい。俺は戸惑いながら、うんうんとうなずく。
「やったー。あはは、よろしくね、ゆっきー」
なんというか、苦笑するしかない。
俺は居心地が悪い思いのまま、立ったままの方がいいのか座っていいのかすら判断がつかず、佇む。
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