第69話画竜点睛を欠く前編



 染子が普段、就寝し始める24時まで彼は実力を隠している主人公が出る戦闘アニメと女子の登場数が多い青春物アニメを見ていた。



 周りから不当評価されている主人公に自己投影して楽しんでいる訳でなく、流行中という理由で選んでいる。



 展開が進む事に色々な相手と善戦していくため刺激の物足りなさは感じない。思春期男子を喜ばせる登場する様々な女子が下着を見せてしまう描写もあった。



 後者の要素は視聴対象を男性に絞り込んでいるアニメ全般へ取り入れられている。女性の柔肌や下着を見ない日がないくらいだ。



 26時まで彼が観る予定のアニメは放送される。しかし、インターネットの掲示板で実況しながら鑑賞する視聴者と違い、録画していた。



 ベッドを降りて、入り口付近の壁に取り付けられている照明のスイッチで常夜灯へ変える。



 いきなり消灯する事に対し、幼馴染の顔がよく見えないと文句を言う女子へ配慮していた。



 アニメ鑑賞会が終わり、忠清がぬいぐるみの猿蔵へ就寝の挨拶する。彼も挨拶するためベッドの隅にいるアパアパを一瞥し、溜息が零れた。



 10秒程度しか目を離していないにも拘らず、アパアパの胴体が靑の男性物下着へ入れられている。両足だけ露出していた状態は間抜けだ。



 「ところで慧沙は俺に何をさせるつもりなんだ? 目当ての女子が何とかだけ聞こえたけど」



 ベッドに彼は横たわり、からかう気力が湧かない染子から肩を寄せられる。ふざけさえしなければ凡そ大人びた少女だった。



 無表情のまま少年を意識しているような声と口調で染子は答える。性別に縛られない振る舞いが彼女の憧れなのかもしれない。



 従来から続く女子が男に選ばれるまで待たなければならないという価値観は、窮屈であると彼も理解している。



 「慧沙が狙っている女子と付き合うために必要な駒の役目さ。ただ、君はアホ面、晒していればいいだけだ」



 小中学校と全く女子と交際しなかった慧沙にようやく恋愛意欲を沸かせる相手が現れたようだ。



 あくまで知人同士として遊ぶ体裁を整えるため知努は必要である。恐らく意中の相手が連れてくる友人の相手をさせられる。



 知り合って間もない異性と2人きりで遊ぶ事はかなり敷居が高く、大抵の場合、同性の友人を誘うだろう。



 その友人が染子の語り口から人ならざる者のように紹介されており、かなり恰幅がいい女子なのかもしれない。



 もし、知努が慧沙と同じ立場なら妨害してくる人間に時間を割かれないような対策へ出るだろう。



 「ソメたそが良いなら別に俺も構わないけど。しょうみの話、緊張すんだよな」



 「明日はジュディーと毛むくじゃらで遊ぶわ。ところでいつになったら放射熱線が吐ける?」



 放射熱線を吐けないと彼は親切心で教える。ユーディットを灰燼に帰すつもりだった染子は落胆していた。



 しばらくし、平日と同じく早起きしなければならない知努は寝息を立てている。2時間後に1度、染子から起こされる予定が待っていた。



 外出に適した晴天の朝、染子が教えている待ち合わせ場所へ彼は自転車で向かっている。予定されていた時間の20分前に到着出来る予定だ。



 モスグリーンのTシャツ、ジーンズパンツという目立たない格好に加え、チェーンが付いている黒縁のメガネをかけており、若々しさは微塵もなかった。



 母親から冴えない見た目のあまり、高校生時代に彼女が見た理数系教師のようだと言われる。



 ファミリーレストランやドラッグストアなどが見える歩道で彼は男性警察官に呼び止められた。



 恐らく絵に描いたような目立たない格好が不審人物だと判断される。1970年代の極左暴力集団の構成員と似ていたのかもしれない。



 後ろめたさがない彼は停車する。自転車のかごへ入っている紺色の手提げカバンを精査されるもスマートフォン、財布、文庫本しか見つけられない。



 名前、住所、職業、行き先の質問へ答えるといきなり警察官がズボンの裾をめくるように指示する。



 指示通り、めくるも凶器らしきものが隠されていない。予想を外してしまった彼は拍子抜けする。



 「ズボンの中に匕首あいくちを隠し持っているとでも思いました? ダウンタウン・ブルースです?」



 冷ややかな笑みを浮かべている彼は犯罪行為と無縁な1日を送っていた。しかし、まだ警察官が何か腑に落ちないようだ。



 目立たないように演出しているような服装の意図を詳しく知るために交番へ同行を求める。



 「犯罪に関する物品が見つかっていないのでお断りします。フダを取って来て下さいね」



 ここぞとばかりに警察の行動を煽り、彼は自転車へ乗った。全く敬意を抱いていなかった事がよく分かる。



 待ち合わせ場所の商業施設の屋外駐輪場に着いた彼はスマートフォンで時刻確認した。設定されている時間より10分程、余裕がある。



 自転車が平日より多く駐輪されている様子は休日らしい。地元で有名な商業施設は色々の年齢層の客が訪れる。



 施設の外装はベージュで染まっており、よく目立っていた。専門店も多く、休日の良き先に選ばれやすい。



 すぐ後に幼馴染の慧沙も自転車でやって来た。意中の女子に好印象を抱かせるため、服装はしっかりしている。



 白いニットの上からネイビーブルーのジャケットを羽織り、カーキ色のジョガーパンツを穿いていた。



 年不相応な格好で先程、職務質問を受けていた彼と違い、好青年な印象がある。何故か知努の姿より先にすぐ近くでいた女子を注視した。



 「何だね慧沙くん? もしかしてお目当ての相手が予定より早く来すぎていてごめん、待ったは言われない?」



 幼馴染の目線を追うと黒で統一している格好の女子が立っていた。フリルブラウス、フレアスカート、ショートブーツは男性からの評価が悪くない。



 足は長く、穿いているスカートの高さも相まってチアリーディング、バレエがよく似合いそうだ。



 大きく開いた瞳と少しだらしない口元と左目尻下のホクロは妖艶な雰囲気を醸し出している。



 肩まで伸びている黒髪の彼女は以前、慧沙が抱く女性の好みと一致していた。ただ、首に巻いている包帯がどこか不気味さを醸し出している。



 情緒不安定な人間が自傷し、腕に包帯を巻く事が多い。そのため多少、包帯に陰鬱な印象を周りから持たれる。



 「ううん、まだその娘は来てないよ。その代わり、もう1人の娘が先に来ていたみたい」



 同じ幼馴染の染子からクトゥルフ神話へ登場する旧支配者のように語られていた存在があの女だった。



 あながち彼女が忌避したがる気持ちも分からない事もない。間違いなく精神的に病んでいる。

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