第46話VSレモンジュース



 放課後を迎えた知努は寄り道せず帰宅して制服から喪服風ドレスへ着替える。不必要な黒い手袋、ストッキングも身に纏う。



 黒いシースルーのベールが付いた帽子を被ると鏡台に映る彼の姿はさながら死そのものだった。幸い、色々詮索する知羽がまだ帰っていない。



 レモンジュースかコアントローから集合場所を教えられるまでの間、椅子に座って待機する。無意味な闘争が待っていた。



 彼女らが設けた試験を合格したところで彼は仲間にならない。初めから行う意味は失っている。



 労力に見合わない行動を行さなければいない事が余程、腹立たしいと思っているのか貧乏ゆすりをしていた。



 日頃から彼は家族を重んじている。しかし、必要とあれば躊躇いなく見捨てる人間だった。美徳や正義へ反する生き方が根底にある。



 守るべき物のために集団を結成した彼女らと目的が合わない。彼の人生は強奪や怒りで成立していた。



 しばらくしてユーディットに預けられた子犬を抱いたまま知羽が部屋へ入ってくる。日差しの心地よさのせいか彼は微睡んでいた。



 「お兄ちゃんに暴力を振るわれたレモンジュースがク染子の家で待っているんだって」



 その言葉を聞いた彼が急いで目覚めて子犬の額へ人差し指を弾く。抗議するように小さく吠えた。



 部屋を飛び出し、せわしなく1階へ降りる彼へ向けて知羽が半ば強制的に子犬の前足を振らせる。



 何か嫌な予感がしているのか知羽の表情は天候に反して曇っていた。兄のベッドへ座り、彼の帰宅を待っている。



 指定通り、彼が鶴飛の家へ到着すると庭で同じ服装のレモンジュースとコアントローは待っていた。



 素性を隠すためか黒い烏天狗の面と白いゴムマスクを着けている。2人組の強盗にしか見えない。



 不審者2人が庭へ侵入しているにも拘らずシャーマンは犬小屋で昼寝している。番犬の役割を果たしていない。



 「よく来たわ。今の所、染子は少し眠って貰っている。手荒な真似をされたくないなら指示に従いなさい」



 レモンジュースがポケットからスタンガンを出し、軽く電流を流して威嚇する。彼の予想通り、染子へ危害を加えていた。



 鉄パイプを持っているコアントローは踵を返し玄関の方へ行く。染子の様子が試験終了まで見せて貰えないようだ。



 「私はあなたの事を絶対許さない。愛して貰えていると舞い上がっていた私が馬鹿みたいだわ」



 「ガイジンってさ、本当は恋愛している自分に酔っていただけだろ。恋愛している私、かわいいとかキモイな」



 嘲笑し煽りながら知努がポケットに入れている分銅鎖を取り出した。冷静さを欠いている女は隙だらけだ。



 レモンジュースに課せられた試験内容は彼女と戦って勝利しなければならない。当然、大怪我を負わせてしまえば警察に逮捕される。



 やはり、戦う前から彼が不利な状況となっていた。これは武道のような試合でなければ誇りある決闘でもない。



 得られるものがない闘争はどうにも彼の気力を削がれてしまう。レモンジュースは喧嘩すらほとんどしていない女だ。



 体育の時間に行う準備運動のような戦いが始まる。武器の端を片手でしっかりと握り締めた。



 闇雲にスタンガンを振っている女の左足を斜めに振った分銅鎖で打つ。すぐさま、よろけている女の鼻を左拳で殴った。



 顔と面の隙間から女が鼻血を零しながら片手で押さえる。更に彼はスタンガンを持っている右手を打った。



 地面へ落としたスタンガンを拾えないように遠くへ蹴り飛ばす。悔しさのあまり、彼女は地団駄を踏む。



 「俺はお前の事がどうでもいいけど、別に弱い者いじめする趣味なんてないぞ。降参してコアントローに代わって貰えよ」



 背後へ回り、喉に巻き付けてから膝裏を踏んで座らせる。このまま絞め落とせるが彼は敢えてしない。



 レモンジュースは彼が着ているドレスの袖を掴む。しかしすぐ振り解かれ前のめりになり、喉へ鎖は食い込んだ。



 すぐ、咳き込みながら体勢を直し悲しそうな声で話し掛ける。離れた場所にいるコアントローは固唾を呑んでいた。



 「それが本当のあなたなの? 今までに言ってくれた優しい言葉、してくれた優しい行動は全部嘘だったの?」



 呆れたように彼は深い溜息を吐き首から武器を離す。とてもこれ以上、戦う事が続けられない。



 武器を一旦片付けてスカートの左ポケットに入れているポケットティッシュを彼女へ渡す。



 予想外の彼の行動にレモンジュースは驚くも面を外しティッシュで顔や面の中を拭いていく。



 ベールが垂れさがっている帽子も邪魔なのか脱いでしまう。額や頬に痣が出来ていた。



 「ユーディットを4年間も騙す理由なんてない。人間性っちゅうのは水と油のように相反する一面がいくつもある」



 「男と女、表と裏、どちらが本当かなんてないんだ。ユーディットもレモンジュースっちゅう顔がある。それは偽物?」



 ユーディットは鼻をかんでから威圧的な面と一緒に地面へ置き立ち上がり、向き直る。薄情な彼の顔を無言で見つめた。



 三中知努の事を信じ力強く抱き締めると今度は応える様に頭を撫でられる。嬉しさのあまり、彼女の目から涙が零れた。



 「酷い事を言ったり、暴力振るってごめんなさい。許して欲しいとは言わない。一生、恨み続けてもいいから」



 「チー坊の優しさが本物と分かっただけで十分よ。私の知らないあなたを少しずつでもいいから教えて欲しいわ」



 レモンジュースことユーディットが武器を取らなかった事で三中知努は勝利する。準備運動と考えれば十分だった。



 1戦目の後、さすがに気が緩んだ状況で次の戦いへ挑みたくない彼は休憩する。玄関の扉を恐る恐る開けた。



 半日以上ぶりに顔を見た制服姿の鶴飛染子は靴置き場に仰向けで倒れている。強盗事件の現場のようだった。



 余程、気に入っているのか未だ知努から借りている黒いシフォンリボン付きリボンで後ろ髪を結びサイドアップにしている。



 念のため後頭部を強打していないか確認すると彼女が目覚めた。勢いよく平手打ちされ、被っていた帽子が靴箱に直撃する。



 「ビックリしたわ。ところで今、着けている髪留めと服装は何なの? 私、どうしてこんなところで寝ていたのかしら」



 知努は染子を立てらせてから大まかな事情説明した。訊き終えた後、すぐさま彼女が外へ出る。



 「金色ワカメゲルまんじゅう顔にブルーベリーとストロベリーもトッピングされていて笑えるわ」



 数分前までスタンガンの電流によって気絶させられていたとは思えない程、彼女は元気だった。

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