第11話コンパ前編
数時間後の暖かな日差しで照らされている昼下がり、ストッキングとジーンズ生地のタイトスカートを穿いた女性らしき人物は、どこかへ向かっている。
肩甲骨の辺りまで伸びた黒い髪をなびかせて後ろ姿は、大人の女性らしい色気が満ちていた。
髪の両端に装飾品の白いリボンを付け、まだ精神は若々しいと主張している。
革製の安物バックを持ち、中で入っている長財布とスマートフォンが歩く度、前後に転がっていた。
ベージュのノースリーブセーターを着ているせいか、周りから所謂団地妻と分類される人妻のように見えるだろう。
嫁にしたいと口説かれた事はあるがまだ未婚であり、結婚する時期を考えて焦るような年齢でもない。
集合場所の居酒屋は自宅から数キロ離れたところにあり、自転車を使うべきだが、気分転換がてら歩いていた。
男女で食事しながら楽しい時間を過ごしたいという名目の集まりに汚れた野望が集まる。
魅力的な異性と様々なゲームを通じて肉体的距離を接近する事こそ主な目的だ。風営法が適応されない分、女性の安全は保障されていない。
もし、ゲームに負けた罰が好きでもない相手と口付けしなければいけなくなれば女子の心を傷つける。
他人の都合を全く配慮しない女子の半ば強引な勧誘で、その集まりに参加させられていた。
大通りへ出て、横断歩道の赤信号を待っていると、横に黒い軽自動車は停車する。
白昼堂々女性を誘拐する輩もいる為、おいそれと近づく訳にいかない。助手席の窓ガラスが開かれる。
「こんな所で会うとは奇遇だな。どこか行くなら連れて行ってやるよ」
「もうサクラと絶交したぞ」
昼間に学校の食堂へやって来て、千景を連れ帰った強面の従兄だ。そして、後部座席の窓ガラスも開き、染子は険しい表情を向ける。
今日、穿いている下着を教室にいた大半の生徒に知られる出来事があり、機嫌はかなり悪い。
歩行者用信号機の色が変わる前に、知努は助手席へ乗った。彼の従兄が前後の窓ガラスを閉め、カーステレオの再生ボタンを押す。
1991年に放送していたドラマと同じ題名の『しゃぼん玉』を聴きながら染子は、プラスチック容器に入った飲料を飲む。
「サクラなんて素っ気無いだろ。昔みたいにお兄ちゃんって呼んでくれよ」
「やだよ。5年間、姿を見せない従兄がどこにいんだ」
警察に逮捕され、服役していたならまだしも、彼は自由に行動出来る身分だった。
運転しながら櫻香が、偏差値が高いと言われている大学の4年生である身分を明かす。
かつて千景が通っていた大学でもあり、そこの生徒は異性から注目されるとよく耳にする。
彼女も異性から注目されるような美貌を持っているが、大学時代、1度も恋人は出来ていない。
5年前、1人の男性から求愛されるが断り、性懲りも無く知努に粘着していた。しかし、そのような人間はまだいる。
「心の余裕が無かったからだ」
同じ時期、櫻香は最愛の母親を亡くした事で心が酷く荒み、事件を1つ起こし、知努の前から消えていた。
しばらくし、車が居酒屋の駐車場へ到着すると、櫻香が別れの挨拶代わりの口付けをセミロングのカツラにする。
「はぁ、モテる男は辛いな。今日だけで3人からされているしな。まあ、ありがとう」
溜め息を吐きながら皮肉交じりの挨拶して知努は車から降りた。既に集合場所で人が集まっている。
「そろそろキヌ姫が戻って来るから元気な顔見せてやれよ」
染子に飲み終わった容器を渡され、彼女の頬を軽く引っ張りながら櫻香が伝えた。染子は図々しく、小遣いをせびって車を降りる。
知努以外は制服を着ており、父親の所持品で組み合わせた年増な格好が目立っていた。
「お待たせしました、お待たせしすぎたかもしれません」
染子が事前に伝えておいたのか、男女から様々な言葉を掛けられる。予想通り、慧沙以外の男は煙たがっていた。
すっかり大人びた格好をしている知努へ女子たちの注目が向いてしまっている。
「昨日観たAVみたいな恰好するんじゃねぇよカマ野郎が」
中学時代に運動部へ所属していそうな茶髪の男子生徒は、招かれざる客である知努を睨み付けた。
集まっている男子の中に知努の昼食を食べ、座っている椅子ごと前蹴りされた男の姿もある。
まだ客が少ない居酒屋の店員が座敷に案内した。始まる前から知努のせいで男子生徒達は盛り上がらない。
女子の人数合わせとして呼ばれた知努は守られているかの様に、染子と金髪女子の間で座っている。
集まりの主催が男の為、やはり女子と比べて男子の構成はお粗末だった。明らかに関わりたくない分類の人間を混ぜている。
左端へ座っている眼鏡を掛けた陰気な男が染子や金髪女子の体を見ていた。下心を隠しきれていない。
「てかさ、まず何か頼まない?」
金髪女子の隣に座っている日焼けした女子が、品書きを開きながら切り出す。決定権は、茶髪の男と発言力がありそうな日焼けした女子に掌握されており、知努は口出ししない。
アジの開き、ポテトサラダ、鶏のから揚げと、各々が飲むジュースを頼む事に決まり、知努は店員へ伝える係となった。
呼び出しボタンを押して、やって来た店員が近所に住んでいる女子大学生だったので、驚いてしまう。
「チー坊はいつ見ても可愛いね。妹が今フリーだから付き合ってあげない?」
ヘビースモーカーで酒乱の面倒な女と付き合う訳にいかず、彼はやんわり断る。店員が去った後に茶髪の男の指示で知努以外が自己紹介していく。待ち時間は染子にからかわれる。
ストッキングの下に穿いている下着は女性物なのかと、スカートを少しめくりながら訊く。
片手で生地を押さえ付けながら染子の耳元に囁いて教える。普段トランクスパンツばかり穿いている為か、窮屈だった。
ドイツ系日本人の輝いている様な長く波打っている金髪のユーディット・ハッセや
白木文月は金髪に染めている髪と黒いルーズソックスを穿いている足が特徴的な女だ。
慈愛に満ちた垂れ目と気が強そうな吊り目で見られ、少し考えるも仕方無く知努は2人の耳元へ近付き教えた。
「えっ? 男性物より多分面積狭いからはみ出さないかしら? その、色々」
ユーディットは、穿いている下着の左右から睾丸がはみ出している様子を想像し、両手で顔を隠す。
しかし、想像している様子がスカートの中で起こっておらず局部は下着の中に納まっていた。
「はみ出しているのは常識だけだよ。最近は女装する人も増えてそういった下着が増えたんだよ」
両手の指を開き、知努の方へ向きながらタイトスカートの丈があまりに短すぎるとユーディットは説教する。
男性が理想とする団地妻は、異性を誘惑するような格好でいなければならない暗黙の了解があった。
注文したジュースが運ばれ4人の前にはジンジャーエールを置かれる。染子の視線を胸に感じ、また耳元でどんな肌着を着けているか、囁きながら教えると肌着ごとめくられた。
「いや、緑パンツさん、何してんの? このままだと俺の乳首くんが見えちゃうんですけど」
ノースリーブセーターと黒のキャミソールの裾を掴んで下ろし、露出している腹部を隠す。すると、彼女の拳が顎に直撃した。
居酒屋で乳首を晒してしまえば、恥ずかしさでこの場にいられなくなってしまう。女装の話題で盛り上がっている4人の話に入れず、慧沙以外の男子が歯軋りする。
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