土曜日 その九

男の子は葉月に向かって走り出した。


葉月はすぐ髪を抜き、投げ出した。髪の槍は浜辺に刺さり、一面の壁となって葉月の前に立ちふさがった。しかし、髪の槍の壁は容易く男の子によって破られた。それに、砂浜に刺さったせいか、髪の壁は脆かった。


でも、葉月は最初から髪の壁が男の子を防ぐとは思っていなかったらしい。髪の壁を作ってから、すぐ空に飛んでいった。


空中から、葉月はまだ髪を投げ出した。空で槍の形となった髪は、まっすぐに男の子に向かった。


男の子は髪の槍を簡単にちぎりながら空中に浮かんでいる葉月に向かって話した。


「お姉さんの髪は僕に効かないよ」


男の子は葉月に向かって跳んでいった。でも、葉月は避けようともせず、同じ場所に止まって、髪の槍を投げ出し続けた。髪の槍は男の子にダメージを与えることはできなかったが、地面に追い返すことはできた。


男の子は正面から無数の髪の槍を受けながら、もう一度葉月に飛びついた。


今回、男の子は髪を引きちぎるのではなく、踏み台にして、どんどん葉月に攻め寄っていった。葉月はすぐ自分の前に髪の槍の壁を作った。


男の子は一躍し、髪の壁を掴んだが、今まで長い槍の形をしていた髪は瞬時に元のサイズに戻ったので、男の子はそのまま地面に落ちてしまった。


顔を上げて、葉月を見上げる男の子は淡々と話し出した。


「次こそ、お姉さんをとっ捕まえるんだから!」


自分に飛びつく男の子に、葉月は髪を投げた。そしてすぐ、男の子の後方に回って髪を投げた。たが、男の子も鋭い勘を発揮し、身体を回して、髪を避けた。二人の戦闘は終わりなく続いた。葉月の髪は男の子にダメージを与えなかった。男の子も葉月には近寄れなかった。


「お姉さん。このまま戦いが続いても、勝負はつけないから、このまま僕の黒魂を諦めるのはどうかな?だめかな?」


葉月は髪を射た。これが葉月の答えだった。


男の子は今度もまた、髪の槍を踏み台にして葉月に近寄った。


この時、男の子に命中できなくて、砂浜に突き刺さった髪の槍は浮き上がり、男の子に向かって、電光石火のこどく飛んでいった。


今回の髪の槍の攻撃は、男の子の予想外だったらしく、何本が背中に突き刺さった。男の子はそのまま砂浜に落ちた。


すぐ男の子の悲鳴が聞こえた。男の子は立ち上がり、身体の砂を払ってから、背中の髪の槍を全部もぎ取った。そして、怒りに狂った声で葉月に吠えた。


「お姉さんなんか、大嫌い!」


こう吠えてから、男の子は周囲に転がっている岩を抱いて、一つ一つ、葉月に投げつけた。そして、投げられた岩を踏み台に、葉月との距離を段々縮めた。


だけど、葉月に届かないまま、踏み台となった岩は髪の槍に貫き、砕かれた。踏み台をなくした男の子は再び砂浜に落ちた。それでも男の子はやめず、岩を投げ続けた。


岩を手取り次第なげていると、男の子はいつの間に、僕が隠れている岩の近くまで来た。


葉月もそれに気付き、髪の攻撃を一層激しくした。僕が発見できなくなるためにやっている。


こうやって、男の子は岩を投げる時間がなくなって、避けるのに精一杯になった。僕が岩の後ろに隠れたこともばれずにすんだ。本当にばれなかったのかな。本当のことは分らない。


髪の槍の攻撃の隙間を狙って、男の子は懲りずにまた葉月に向かって跳んだ。葉月は無論、髪を投げ続けている。しかし、今度もまた葉月に届かず、避けたはずの髪の槍が男の子の背中を刺して、砂浜に落とした。


男の子は砂浜に倒れたまま、泣きじゃくっている。


この情況を見た葉月は、空から降りて、男の子に向かって近付いた。葉月が近づくにつれ、男の子の泣き声も弱まってきた。葉月が男の子の間近にたどり着くと、泣き声を止めた男の子はすばやく葉月の足首を掴んだ。


「お姉さん。やっと捕まえたね。……これでも僕の黒魂を吸うつもりなの?吸わないと約束するなら、お姉さんを放してもいいよ」


ウソ泣きだった。葉月を自分の攻撃範囲以内に近づかせるための戦略。


男の子の話が終るとたんに、葉月の掌からは髪が飛び出してきた。男の子の反応も早かった。自分に飛び付いてきた髪を、そんな近い距離でも全部手で掴んだ。そして、葉月の腹にパンチをいれて、そのまま砂浜に押し倒した。


「お姉さん。黒魂には死んでもらいたくないから、お姉さんが死んでもらうしかないよ。ぼくを恨まないでね。こうなったのも、お姉さんが悪いんだから」


男の子は葉月の胸元を踏みつけ、両手の手首を掴んだ。何をする気なのか全然見当がつかない。


傷みを堪えながら葉月はずっと握っていた拳を開けた。その中からは髪が飛び出した。男の子は避けられず、顔中が髪にさされた。



痛みに、男の子はあばれまぐった。その反動で、葉月の両腕を身体から引き抜いた。


二人の叫び声は、波音のリズムを狂わせた。


男の子は葉月の両腕を捨てて、自分の身体に突き刺さった髪を抜いて一つ一つ引きちぎり始めた。


僕はすぐ走り出し、まず葉月を抱いて岩の後ろに隠した。それから彼女の両腕も拾って、岩の後ろに戻った。


葉月の両腕を元の位置につけると、白い光が傷口を包んだ。僕は葉月を膝の上にねかせた。葉月は傷を癒しながら、時々発する呻き声が、僕の心を痛めた。


「お姉さん、見~つけた!」


顔を上げると、男の子は岩の上にすわって、僕らを見下していた。


「あっ、お姉さんと一緒に逃げたお兄さんだ」


男の子は岩から飛び降りて僕らの前に立った。


僕は葉月を抱いてゆっくり立ち上がった。葉月の傷跡に負担がいかないようにと。


「お兄さん、どこへ行くつもりなの?逃げたい?でも、本当に逃げられるかな?僕より足が速くもないし」


僕は男の子にかまわず走り出した。心の中では速く走りたいとずっと祈りながら。葉月がくれた髪の力のおかげて結構長い間走った。


「お兄さん、以外だね。そんなに早く走れるなんて。待ってあげるから遠くまで逃げてね!」


男の子の声がだんだん消えていった。

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