土曜日 その三

葉月とおばさんの戦いはまだ続いている。傍らで観戦している僕の体が熱くなってきた。エアコンもきいているはずなのに。額からも汗がしたたり落ちた。理由を探してみるとクーラーがきいていない。それにしても、だんだん上がっていく温度に苦しくなってきた。


二人の戦いが激しくなっていくので、飛び散りに巻き込まれないよう、もっと離れたところに行こうとした。しかし、足が動けなくなってきた。足には感覚がある。麻痺されたとか、しばりつけたとかそんなんじゃなかった。靴が床から離れなくなった。両手で太ももを掴み、力いっぱい引っ張った。靴の底が伸びた。ゴムでできた靴底は溶けて、伸びた。


これはいったい何?


うろたえる僕に葉月はおばさんのグリルを避けながら叫んだ。


「床がどんどん熱くなるからどこか高いところへ登って!」


わけもわからず、僕は葉月の叫び声に従い、近くにあるレジカウンターに登った。床には溶けた靴底の跡がしっかりと残ってある。


「あんた、気づいたみたいね」おばさんが話しだした。「この空間の床、天井はもうすぐグリルになるからね。もうすぐで足の置く場所もなくなるよ」


棚とか冷凍庫とかも溶けるだろうかと一人思っていると、確かに床に吸い込まれるように沈んていくのが見えた。すべてが溶け始めた。食材が焼かれた匂いも漂った。僕の乗ってあるカウンターも沈み始めた。


室内の温度は我慢しきれないほど上がった。


「もうすぐ、あんたたちの肉の焼けた音が聞こえるんだね。どんなにおいがするのかも楽しみだよ」


棚は一つ一つ崩れていき、まともな足場はもう少ない。


そんな中で葉月は懸命におばさんの攻撃を避けている。髪をいくら射ても、おばさんには当たらない。髪は全部グリルに焼かれて消えた。


僕は周りを見回した。何か葉月のためになることがないかと。すると、天井のスプリンクラーが目に入った。


おばさんにダメージは与えないかもしれないが、少しは邪魔になると思った。それに、床が冷えたら葉月ももっと自由に動いて攻撃できると思った。


僕はさっそく近く棚にあるライターを手に取り、火をつけた。跳びあがってスプリンクラーに近づかせようとしたらライターの火が消えた。跳びあがる時の空気の流れに火が消された。今度は跳びあがってからスプリンクラー目掛けに火をつけた。スプリンクラーは火をちゃんと感知してなくて、何度がやったのち、ついにサイレンの音とともに天井から水が噴き出してきた。


おばさんはこのアクシデントに一瞬気を取られた。この隙を葉月が見逃すはずがない。素早く駆け出し、髪を投げた。長く伸びた髪は性格におばさんの四肢を貫き、壁に釘付けられた。


おばさんは反抗をやめなかった。手首を動かし、黒い線でつながれたグリルを操った。体が動ける時のような鋭い攻撃はできないが、一時的に葉月を防ぐのは充分だった。


「諦めたら楽になる」


葉月は難なくグリルの攻撃をかわしながら話した。


「ここで諦めたら私の人生も終わるのがわかるよ、だから、戦えるどころまで戦う」


「人生は終わらない」


「そうかもね。でも、生きていても死んだのと同じよ。殺人犯人になったんだから!」


おばさんは最後の攻撃と言わんばかりに強く吠えてから、グリルを葉月目当てに投げた。腕が思うままに動けないから葉月に当てなかった。


時間が過ぎていくにつれ、おばさんの攻撃も力をだんだんなくした。


「まさかこんなふうに倒されるなんて、思ってもいなかったよ」


「ここまでしぶといと私も思ってなかった」


「でも、人生は後悔しないよ。最後の最後に抑えてた感情をちゃんと発散したから。あの嫌な親子の

お蔭かもしれないけどね。もう普通の人生は過ごせないから、ここで死ぬのもいいかもね」


「あなたは死なない、これから後悔をし続けるだけ」


言い終わるなり、葉月は息を吸った。おばさんの体からは黒魂は抜かれて、渦巻きながら葉月の口の中に吸い込まれた。


水に打たれながら僕は葉月の傍まで駆け寄った。


「早くここから出ましょう。もうすぐ消防車が来ると思うから」


葉月はうなずいてからまた髪の毛を抜けてはなった。髪の毛は事務室に向かって飛んでいき、どこかに刺さったようなドンという鈍い音を立てた。


遠くから消防車の音が聞こえてきた。


僕は葉月の手を掴みスーパーの後門から出た。


「なんで事務室を壊したの?」


家についてから僕は尋ねた。


「防犯カメラのデータを壊すため」


葉月は短く答えた。


ここまで考えてくれたことに感心した。


おばさんとの戦いのせいで、食料は何も買えなかった。冷蔵庫にあるもので適当に作るしかない。


「ごはんを食べたらすぐ出かける」と葉月が言った。


なので、早く食べれるものを料理することにした。早く食べれるものはただ一つ、カップラーメンだけだ。ラーメンを飲み込んでから、僕と葉月は家を出た。


葉月は何も言わず前を進んでいく。僕は後ろでついて行く。葉月の速度がだんだん早くなったので、僕は小走りになってしまった。心の中でははぐれないのを願うだけだ。

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