金曜日 その三

僕の両親と名乗った二匹を黒魂を見つめた。頭から足の先まで真っ黒な姿。口を開けば白い歯と真っ赤な舌が見える。これだけで、僕の両親と言われても納得できない。体の輪郭を見ても、男と女としか区別がつかない。


「僕、僕は信じない。そもそも、僕の両親は葉月がくれた髪の毛で『月引症』を免れたはず、お前たちのような姿にはなれない!」


僕は自分の言った言葉の確信をもらいたく葉月をみた。葉月は僕の視線に気にもせず、黒魂だけを見つめている。葉月が何も言わないから、不安が僕の心の中で広がった。まさか本当に僕の両親んではないだろう。僕の不安を増やしてもしたいように、葉月は残酷な言葉を口にした。


「あんたの両親では間違いない」


僕は自分の耳を疑った。葉月の言葉を信じたくなかった。


「うそでしょ!あんなのが僕の両親のはずがない」


僕の言葉に聞きかねた女の黒魂が文句を言った。


「両親に向かって、『あんなの』はないでしょう。一応正真正銘の両親なんだから」


「そうなんだ、フモト。親に向かってそんな口の聞き方はないじゃないか」


男の黒魂は僕を窘めた。


「でも父さん、うちのフモトがこんな夜中まで外でぶらつくのはきっとあの月のせいよ。じゃないと、あんなひどい言葉は絶対しないはずよ」


女の黒魂は納得したようにうなずいた。


「それより、早くフモトを家に連れて帰らないと」


「そうね」


男の黒魂の話に女の黒魂はうなずいた。


「じゃ、行きますよ!」


二人は手を繋いで走りだした。


「愛のアタック!」


女の黒魂の掛け声とともに、二人は僕らに向かって飛び込んできた。


葉月はすぐ髪のむしり投げた。髪の毛は僕たちの前で壁となって黒魂の体当たりを防いだ。


「いやねぇ、私たちの愛を拒絶するなんて」


「僕たちの愛が足りなかったのだろう、もっとたくさんの愛を注ぎましょう」


こう言ってから、髪の壁を叩く音がした。


「どこかに隠れて」


葉月は僕に言った。


「でも……」


両親と言った二匹の黒魂が葉月と戦うのを見たくなかった。しかし、それ以外に問題を解決する方法はわからない。黒魂と葉月、両者のどちらが消えないと、この戦いは終わらないから。


迷っている僕にかまわず、葉月は僕を後ろに押した。


よろけながらもなんとか立ち止まった。その瞬間だった。髪の壁をぶち破って黒魂が現れたのは。


「やはり、愛があればどんな壁も壊せるのね、父さん」


「そうだ、僕たちの努力で、フモトの心にある壁も壊そう」


「わかったわ」


二人は葉月には一瞥もせず僕にかけてきた。手を伸ばせば僕を捕まえそうになった距離までせめてきた。


このままつかまってしまうだろうか、と呆然としていると、髪の壁がまた僕の前を塞ぎだ。


「連れ帰らさない」


葉月の声が聞こえた。


「月をまず解決しないとダメみたいね」


「なら、そっちからしよう。このままじゃ、壁を壊すだけの茶番になりかねない」


「父さんの言うとおりよ」


向こうで何が起きているのか気になった。僕は僕の二倍の高さはある髪の壁を登ろうとしたけど、捕まえるどこもなく、踏めるどこもない。僕がここで何をしたいかわかったのだろう、葉月の叫ぶ声が聞こえた。


「そこでじっとして、こっちにはこないで」


葉月の言うとおり。僕は安全な場所でじっとしている方がいいかもしれない。しかし、この目で見届けたい。葉月が危ない時、僕が抱いて逃げることもできるから。現に、そうやってきた。彼女の言ったことには気にせず僕は心の中で『高く飛びたい』とつぶやいた。脚に力が湧き上がるのを感じて跳んでみた。力加減をなるべく低めて跳びあがった。


髪の壁を飛び越えて向こう側に着地した。葉月は二匹の黒魂と苦戦しているのが見えた。


「まぁ、フモトが戻ってきたわ、やっぱり一緒に帰る気になったのかしら」


「よそ見しなで月をまず片づけるぞ」


「わかったわよ」


さすがに夫婦と自称していることはあって、二匹の息はピッタリ合っていた。一匹が攻撃をするともう一匹は葉月のかわす場所を狙って攻撃を仕掛ける。しかし、葉月はそれもかわした。


「逃げるのが得意みたいね」


「僕たちの愛が足りないかもしらん」


「というと?」


「月のねじれた心を感化するほどの愛がないと」


「父さんと言ったとおり、もっと愛を注げましょう!」


二匹の黒魂はさっと後ろに下がり抱き合ってキスをした。葉月はこの機会を逃さず髪の投げつけた。槍に変わった髪の毛が二匹の黒魂に突き刺さったと思ったけど、髪の毛は薄れて、やがては溶けて消えた。


「熱い愛があればどんな困難でも乗り越えるのね、髪の毛なんか私たちの愛の前では全然効かないじゃないの」


「そう、これが愛の力。子供を思う親の愛は天下無敵ってこと」


「父さん、愛してる」


「僕もだ、母さん」


二人のやり取りに僕はもう我慢できなくなった。


「ふざけないで!何が子供を思う親よ!今まで僕のこと気にかけたことなんか一度もないくせに!」


僕の叫びに二匹の黒魂はゆっくりと振り返った。


「フモト、何言ってる?あなたは私たちの最愛のムスコよ。心配するに決まってるでしょう」


女の黒魂の言葉に僕はすぐ反論した。


「お金をいっぱい稼ぎでいい暮らしをさせてるのは感謝する。でも、僕と一緒に思い出を作ったことはないだろう?僕はいつも一人で暮らしてきたんだから!」


僕の言葉に女の黒魂は両手で顔を隠した。


「彼はきっとあの月に変なことを吹き込まれたに違いない。そんな悲しまなくていいんだ、母さん」


「本当なの?」


「本当だよ。よく思い出してみて。フモトがまだ幼稚園児の頃、母さんと離れるのが一番いやと言ったんじゃない」


「そうね、そんなこともあったね。私と離れないって。あんな可愛かった子供が今はこんなひどいことをいうなんて信じられない」


「だから、僕たちの愛で彼を救うのだ。あの月を倒して」


「うん、それじゃ、これからは手加減なしに行きましょう」


二匹の黒魂は葉月に向き直った。


「月、あなたにはもう二度とうちのフモトには近づかせない!」

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