金曜日 その二

身体が急に揺れていたので地震かと思い、ぱっと目を開けてみると、桃色が傍で揺すぶっているところだ。


「何でここへ来たの?」


僕が尋ねた。ぐっすり寝てたなの、無理やり起こされてちょっと不機嫌だ。


「仮病だと思ったけど、二時限めが終っても戻らないから、心配してきたの」


桃色は僕の気分なんと気にせず、自分の言いたいことをまた何か話したいのを、お爺さんは割って入ってきた。


「心配する必要などなにもない。ただ寝過ごしただけだ。これだから、今頃の若者は……」


こう言って、お爺さんは頭を横に振った。残念そうな溜息も漏らして。


僕はさっそくベットから降りた。


「お爺さん、ありがとう。僕はもう帰ります」


「うん、分った」


お爺さんに別れの挨拶を告げて、保健室を出た。


「フモト、本当に大丈夫。寝過ごしただけじゃないみたいけど。顔はとても疲れてるような、血の気がないような、感じもするけど」


「本当に大丈夫だって。心配かけてごめんね」


女性は男性より繊細だ。小さな変化も見逃さない。体の傷は葉月が治してくれたけど、体調はまだ完全に戻っていないカモしれない。教室に入り、席に着いたらまた眠気が襲ってきた。よく寝る子は育つと言ってるけど、僕はもうこれ以上成長しなくてもいいと思う。


「そうだ、ねぇねぇ知ってる?」


桃色は午後の授業が始まる直前に、思わせぶりなセリフを投げてきた。無視したかったけど、無視しても一人勝手にしゃべり続ける。


「何が?」


「この間、大騒ぎになった女性猟奇殺人事件があったじゃない」


まさか、あの事件の話になるとは。あの辺りは監視カメラもないから僕と葉月の姿はばれていないはず。それでも、なんか緊張してきた。


「あの事件が何?」


僕は知らないふりをした。


「知らないの?へぇ?フモト、世間のことに興味を持たないと時代遅れになっちゃうよ」


「だから、どうしたの?あの事件」


「解決したのよ」


「あ、そう」


僕の反応に面白くなかったらしく、桃色は文句を言ってきた。


「ねぇねぇ、驚かない?解決したのよ。なんの手がかりもなかったのにいきなり解決したのだから、町中で噂になってるよ」


「へぇ~そうなんだ」


事件の真相が知ってる僕にとっては新しいニュースではない。桃色がまた何かしゃべろうとしたけど、先生が入ってきた。顔には明らかな不満を表しながら席に戻った。


午後の授業はやっと終った。ぼうっとして先生の講義を聞くのって、すごく大変な事だといつもおもっている。


学校を出て、桃色と別れた。僕は一人、バス停に向かった。そういえば、今日の桃色はあっさりと帰った。いつものように粘り強く絡んできてない。何があったのかな?と思ったけど、早く家に帰って葉月に会いたかった。


家路に帰る途中、ずっと誰かの視線が感じた気がした。振り返ってみると、目の前に広がったのは人込みだけ。僕の気のせいっていることもあるので、気にせず早く家に帰ることにした。


家の近くまでくると葉月の姿が遠くから見えた。


「葉月!」


僕は手を振りながら呼びかけた。葉月は僕を見かけて駆けてきた。それから有無を言わせず僕の腕を掴んで走りだした。


「どうしたの?」


「黒魂だ。ただ、まだ人が多い時間帯だから人気の少ない場所まで行こうと思って」


「そうなんだ」


葉月が僕の言った事を気にしているので少し、うれしかった。そこで僕は気になった。どんな黒魂なのかを。


「今回の黒魂はどんな奴?」


葉月は何も言わなかった。口数が少なくもないのに、どうしてだろう。


走ってるうちに僕らは全く知らないアパート団地に来た。まだ、7時くらいなのに、周りを見回してもだれ一人見当たらない。窓からも人影が見えず、まるで幽霊団地みたいだ。僕の住んでいる町にはまだまだ、僕の知らないことがいっぱいあるんだ。


「で、今回はどんな黒魂?」


僕はまた聞いてみた。


葉月はただ黙って僕を見つめた。僕の思いすぎカモしれないけど、彼女の目からは悲しみを見つけた気がした。


葉月は何か言おうと迷っているその瞬間、僕にも感じられるほどの黒魂の気配が近づいてきた。


僕と葉月は一斉にあの方向に目を向けた。今回現れたのは二匹の黒魂。仲良く手を繋ぎながら近づいてきた。


「フモト!やっと見つけたわ。ダメじゃない、真っすぐ家に戻らないと」


聞き覚えのある女の声だ。


「あなた、僕が言ったでしょう。フモトはいい子だから、悪い事をするはずがないって。そこに立っている『月』につられなきゃね」


こっちも聞き覚えのある男の声だ。


二人の姿がやっと確かめる所まで来た。ただ、全身が黒に染められたので誰だかよくわからない。困惑している僕の顔をみた二匹の黒魂はまた話しだした。


「何その顔、まさか私たちが誰だかわからないの?十数年も一緒に暮らしたんじゃない」


女の黒魂が喋った。


「本当に僕たちが誰だか知らない?」


男の黒魂が喋った。


僕は首を横に振った。


二人はわざとらしく大げさにがっかりした仕草をしながら声をそろえて言い出した。


「私たちはあなたの両親よ」「僕たちはあなたの両親よ」

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