276話 エメラダとの主従契約

 エメラダの買い取り金額が決定した。

 俺の熱意に負け、店長が値下げに応じた格好だ。


「よし。では、お前の言うとおりに払ってやろう」


 俺は金貨の入った革袋を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


「……確認致しました。主従契約を進めましょう」


「うむ。それで、エメラダの奴隷紋はどこにあるんだ?」


「こちらになります」


 店長がエメラダの下腹部を指し示す。

 そこには、確かに奴隷紋が刻まれていた。


「この紋章に血を垂らしてください」


 俺はナイフを受け取ると、指先に刃を当てて軽く傷つける。

 そして、流れ出た血液をエメラダの奴隷紋へと落とした。


「あっ……!」


 エメラダがピクンと身体を震わせる。


「いにしえの精霊よ。我が王国の定めにより、此の者コウタと彼の者エメラダの間に主従契約を結ばせ給え。フェアトラーク」


 店長が詠唱すると同時に、奴隷紋が淡く光りだす。


「これで、エメラダはコウタ様の所有物となりました」


「うむ。彼女とのつながりを感じ取れるようになったぞ」


 奴隷契約の魔法は、『奴隷商人』のジョブを持つ者にしか扱えない魔法だ。

 『奴隷商人』は『商人』から派生した上級ジョブである。

 自分で奴隷契約を行えるということは、すなわち『商人』としてかなり高いレベルまで成長していることを示している。

 おそらくこの男は、そこそこのやり手なのだろう。

 ルモンドと比べれば、やり口は汚いようだが。


「さあ、エメラダ。これからは俺のものだ。せいぜい可愛がってやるから、楽しみにしておくといい」


 俺は優しく彼女の頭を撫でる。


「はい……。よろしくお願いします……」


「うむ。いい子だ」


 俺たちは奴隷商館を出る。

 少し歩いたところの路地裏で、彼女が口を開いた。


「……えっと。コウタさん。助けていただいた……ということでよろしいのでしょうか……?」


 エメラダが恐る恐るといった感じでそう言う。

 俺が女性に甘いことを彼女は知っている。

 状況だけを見れば、俺は彼女を助けに来た恩人だ。

 しかし、先ほどの店内でのやり取りの後では、それに疑念を抱くのも当然だろう。


「もちろんだとも。あれは奴隷商会に大金を渡すのが癪だったから、難癖をつけただけさ。エメラダの前で値切るようなマネをして悪かったな」


「……いえ。ありがとうございます……。おかげで助かりました」


「気にするな。困ったときはお互いさまというやつだ。それに、君には色々と世話になったからな。その礼も兼ねている」


「……えっと。そんなことは……」


「何はともあれ、まずは服が必要だな。いつまでもそんなボロ布一枚じゃ、町中を堂々と歩けない」


 以前のエメラダは、調合屋の店長として普通の服を着ていた。

 しかしそれは没収でもされたのか、今の彼女は貫頭衣しか着ていない。

 まずは服を買って、シルヴィやユヅキたちと合流することにしよう。

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