256話 宿屋へ

 俺たち『悠久の風』は、エルカの町に帰還した。

 そして、宿屋へとやって来た。

 この世界に来て間もない頃、お世話になった宿だな。

 懐かしい。

 しかし、受付にいるのは見覚えのない顔だった。


「ようこそおいで下さいました。当店『憩い亭』の受付をしております、セバスと申します。ご予約を頂いておりますでしょうか?」


「いや、予約はしていない。8人部屋を1つ頼みたい」


「畏まりました」


 セバスは恭しく頭を下げる。


「お客さんたち、もしかして以前ウチに泊まったことあるかい?」


 受付の奥にある扉から出てきた中年の女性が話しかけてきた。


「ああ、お久しぶりだな。冒険者のコウタだ」


 俺は答える。


「そんな名前だったね。思い出してきたよ。あのときはそっちの嬢ちゃんと3人組だったねぇ」


 女性はそう言ってシルヴィとユヅキを見る。

 2人は小さく会釈をした。


「あれから人数が増えたのさ。今日は仲間と一緒に泊まりに来たんだ」


 ミナとリンはこの町に家がある。

 しかし、しばらく手入れしていないので泊まるには適さないだろう。

 ティータ、ローズ、グレイスはもちろんこの町に家を持っていない。


「そうかい。8人部屋だったね? セバスさん。案内してやんな」


「はい、奥様」


 セバスが女性の指示に従い、俺と仲間たちを部屋の前まで連れて行く。

 客の俺たちにタメ口で、受付のセバスにさん付け?

 言葉遣いが適当だな。

 まあ、年齢だけを考えるのなら妥当ではあるが。


「こちらのお部屋にお願いします」


「わかった。ありがとうな」


「いえ。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 セバスは一礼して去っていった。

 ずいぶんと丁寧な物腰だ。

 こんな普通の宿で働いているのに違和感を覚える。

 以前はいなかったし。

 何か訳ありかな?

 まあいい。

 俺たちは部屋に入り、荷物を置く。


「ふう……。ようやく一息つけたな。お茶でも入れて休憩するか」


「はい。わたしにお任せください!」


 シルヴィがすぐさまそう言う。

 彼女は腰が軽い。

 奴隷という立場を考えると当然ではあるが、彼女の実質的な立場は俺の恋人だ。

 もっと図々しい態度でも構わないという話はしている。

 しかし、染み付いた性分はなかなか抜けないらしい。


「シルヴィ。僕の分もよろしく頼むよ」


「わたくしもお願い致します」


 ユヅキとローズがちゃっかりと乗っかる。


「はい。ご主人様のついでに、皆さんにも入れてあげますね」


 シルヴィは奴隷という立場上、他のメンバーに対して一歩引いた態度で接する。

 しかし最近は、慣れてきたのか若干の変化がある。


「……ありがとう。シルヴィちゃん……」


「乾いた喉に染み渡るぜ!」


 ティータとグレイス、そして他のみんながお茶を受け取り、口を付ける。

 こうして、俺たちはしばらくの間、宿屋の一室で休憩したのだった。

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