7話 チンピラとの稽古

 ギルドの修練場にやって来た。

 チンピラ2人組といっしょだ。

 確か、アーノルドとレオンという名前だったか。


 ちなみに、受付嬢のセリアは付いてきていない。

 アーノルドが口を開く。


「ところで、お前のジョブは何だ?」


 ジョブ。

 『マジック&ソード・クロニクル』において、最も重要な要素の1つである。


 もちろんステータスやスキルも大切だが、それらはジョブに付随して成長する。

 ジョブ選びに失敗すると、思うようにステータスやスキルを整えていくことができない。

 この世界の住人は、ジョブという概念を理解しているようだ。


「風魔法使いと剣士だ」


「ほう……? 複数のジョブを持つ新人か。確かに、自信に根拠はあるようだな」


 この口ぶりだと、複数のジョブを持つ者はややめずらしいようだ。

 とはいえ、ベテランなどには複数のジョブ持ちもいるのだろう。

 MSCにおいても、無課金でセカンドジョブやサードジョブを得ることは可能だった。


「よし。風魔法使いなら、ウインドカッターは使えるな? あの的を狙って放ってみろ」


「ギャハハハハ! もちろん、この程度の距離なら外さねえよなあ?」


 レオンがそう煽る。

 的までの距離は20メートルといったところか。

 この程度の距離であれば、今の俺でもだいじょうぶだ。


 風魔法の制御に影響を与える要素は3つある。

 1つは、『風魔法使い』系統のジョブのレベルの高さ。

 1つは、MPの高さ。

 そしてもう1つは、ステータスに表記されない本人の技量である。


 俺の風魔法使いのジョブはレベル6。

 MPの値もまだまだ低い。

 しかし、俺にはMSCで培った経験がある。


「もちろん外さないとも。……揺蕩う風の精霊よ。契約によりて我が指示に従え。風の刃を生み出し、我が眼前の敵を切り裂け。ウインドカッター!!!」


 ザシュッ。

 ザシュザシュッ!


 的に風魔法を打ち込んでいく。

 全てがど真ん中とはいかないが、駆け出しとしては十分すぎるほどだと思われる。


「おいおい。お前、本当に新人かよ。やるじゃねえか」


「ギャハハハハ! 風魔法の制御はなかなかのようだな」


 アーノルドとレオンがそう言う。

 彼らの冒険者ランクが何かは知らないが、そこそこのベテランだろう。

 そんな彼らからしても、俺の風魔法はいい感じのようだ。


 それにしても、稽古にかこつけてボコられたりするのかと思ったが、意外にちゃんとした指導をしてくれる感じだな。

 彼らの見かけはチンピラだが、実は後輩思いの優しい先輩だったのか。

 このまま指導してもらうのも悪くないが、あまり長時間拘束されるのは避けたい。


「これでわかったか? エルカ草原での狩りは、俺1人でもだいじょうぶだ。ホーンラビットやゴブリンぐらいしか出ないからな」


 俺はそう言う。


「それは確かにな。……しかし、せっかくだ。中堅冒険者である俺たちの力を見せておいてやろう。ウインドカッターを、俺に向けて放ってみな」


 アーノルドがそう言う。

 攻撃魔法を人に向けて放つ、か。


 MSCでも、対人戦はたまにあった。

 プレイヤー同士の戦いや、盗賊の討伐などだ。


 しかし、この世界はMSCのシステムに酷似しているだけの、現実世界と考えたほうがいい。

 人に向けて攻撃魔法を放つことには勇気が必要だ。


 生物に対して魔法で攻撃する場合、対象の魔力の多寡により威力は増減する。

 例えば、ただの木に向かってウインドカッターを使用したときの威力を100としよう。

 ホーンラビットやゴブリンに向かって使用した場合は、威力が90ぐらいになる。

 こいつらは低級の魔物ではあるが、ただの木と比べると魔力をやや多く持っているのだ。


 対象が中級の魔物だったり、あるいは人だったりすれば、さらに威力は下がる。

 せいぜい、ナイフで斬りつけるぐらいの攻撃力だろうか。

 急所にヒットしない限り、一撃で死に至らしめることはないだろう。

 とはいえ、そこそこのケガを負わせる可能性はある。


「いいのか? ケガをするかもしれないぞ」


「さっきぐらいの威力なら問題ねえ。遠慮なく来な」


 アーノルド本人がそう言うのであれば、構わないか。

 この2人は意外にいいやつらのようだが、今後ガチのチンピラに絡まれないとも限らない。

 それに、盗賊などと遭遇する可能性もある。

 いざというときにためらわずに攻撃できるよう、今のうちに慣れておこう。


「揺蕩う風の精霊よ。契約によりて我が指示に従え。風の刃を生み出し、我が眼前の敵を切り裂け。ウインドカッター!!!」


 ヒュンッ!

 俺から風の刃が放たれ、アーノルドを襲う。

 しかしーー。


「鉄心」


 アーノルドが何やらつぶやいたかと思うと、彼が何かで覆われた。

 これは……闘気だ。


 ガンッ!

 俺の風の刃は彼の闘気に阻まれ、防がれた。

 彼の肉体には傷一つついていない。


「なるほど……。格闘家のスキルの1つ、『鉄心』か」


「知ってやがったか。風魔法だけじゃなくて、戦闘の知識も十分にあるようだな」


「ああ。しかし、実際に見るのは初めてだ。いいものを見せてもらった」


 俺の今のジョブは、風魔法使いと剣士だ。

 MSCには、それ以外にも数え切れないほどのジョブがある。

 そのうちの1つが、格闘家だ。


 格闘家を設定しているときの身体能力へのステータス補正は、下級ジョブの中ではトップクラス。

 しかし反面、使用できる武器が限られる。

 また、魔法使いと比べると遠距離攻撃ができない点もデメリットだ。


 そんな格闘家というジョブのレベルを上げていくと、鉄心という防御スキルを取得できる。

 確か、取得レベルは20か25あたりだったはずだ。

 このアーノルドは、先輩風を吹かせるだけあって確かな実力を持つようだな。


「ギャハハハハ! んじゃ、お次は剣術の稽古といくぜ! そこにある木剣を持ちな」


 レオンがそう言う。

 格闘家であるアーノルドに対して、レオンは剣士か。

 それにしても、真剣じゃなくて木剣を使うのだな。

 やはり、この2人はチンピラではなくて、実はいいやつらのようだ。


「ああ、よろしく頼む」


 俺はMSCを結構やり込んできた。

 しかしこの世界は、あくまでもMSCのシステムに準拠しているだけの別世界だと思ったほうがいい。

 対人戦を経験して、細かな差異がないか探っておくことにしよう。

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