終章
それぞれの道を歩むこととなった後、結と伸介はしばらく穏やかな暮らしを送っていた。
「こうしてまたこの村でのんびりと暮らせる日が来て本当に良かったです」
「まあな。だが元の暮らしのままってわけじゃないから少し変な感じはするがな」
春の陽気に包まれた草原でのんびりと座り込み空を舞う蝶々を見ながら結は言う。その言葉に返事をした伸介がそう話して小さく笑った。
「みんなびっくりしてましたからね。殿様の命令が下って私の家は村民から豪族になり、土地を与えられたかと思ったら、あっという間に大きな家が建っちゃったんですもの。今だに実感がわかないです」
「俺も週2回都へと剣の稽古を教え込むために指南役やってる現実が考えられねえよ。ずっと自由気ままな浪人暮らしだと思ってたんだがな」
おかしそうに笑いながら彼女が言うので彼も笑顔で答える。
「……旅をしていたころはいつも不安と恐怖で押しつぶされそうでした。荒魂達との戦いの毎日に気を張り詰めていたのに、今はとっても平和で少し前までは邪神に殺されるんじゃないかって思っていたのに。何だか不思議です」
「俺もこんなに気を緩めてお前の隣にいるのは久々だな。いつもお前を守らなきゃって思いで一杯だったからさ」
遠くへと飛び立って行った蝶々から目を離した結は彼方の空を見詰めて話す。その言葉に伸介も自分が思っていたことを伝えた。
「伸介さん……私、伸介さんが隣にいてくれたから、一緒にこの神子の旅に同行してくれたから、だから私は邪神との戦いだって乗り越えられたんです」
「結……」
隣にいる彼へと視線を向けた彼女が眩しいくらいの笑顔で言った言葉に、伸介が呟きを零しまじまじと結の顔を見つめ返す。
「ふふ。やっと私の名前呼んでくれましたね」
「別に呼んで欲しきゃいくらでも呼んでやるよ。それがお前の名前なんだからな」
嬉しそうに笑った彼女へと彼がそう言って頬をかく。
「……あの時さ。邪神を射貫く時のお前の顔。何だかお前じゃないみたいで少し怖かった。だけど今はああ、俺の知ってる結何だなって思ってほっとしてる」
「あの時、私の中に誰か別の人の力を感じたんです。もしかしたら瑠璃王国のアオイさんの魂が私に力を貸してくれたのかもしれませんね」
結を見ていた視線を空へと移した彼がそう語ると彼女はあの時の事を思い出しながら話す。
「そっか。それでか……なんかお前らしくなく凛とした気品のある気高い女の気配を感じたのは」
「それはつまり私は凛としてなくて気高くもなくて気品もない間抜けで地味で品がない女って事ですか?」
伸介の言葉にショックを受けて彼女は泣き出しそうな顔で尋ねる。
「ちげぇよ。お前は誰よりもかわいくておしとやかでちょっと抜けてるところがあるけど心の優しい女だ。だからお前は瑠璃王国の姫さんであるアオイにだって負けちゃいないんだよ」
「伸介さん……」
ふわりと笑い言われた言葉に結は頬を紅潮させて恥ずかしがった。
「……あのさ、それで、だな。前にお前に言った言葉覚えてるか?」
「私に言った言葉?」
照れた顔で声をかけてきた伸介の言葉の意味を理解しかねて彼女は首をかしげる。
「お前が嫁の貰い手がなければ俺が貰ってやるって言葉だよ」
「あの時の……でもそれって私をからかった時に言った言葉ですよね」
何で分からないんだといった感じで話す彼へと結はその時のことを思い出して話す。
「バーカ。好きでもない女にこんなこと平気で言う男がいるかよ。いるんだとしたら喜一みたいなひょうひょうとした遊び人くらいだろう」
「伸介さん。つまり、それって……」
意地悪そうに笑い言われた言葉に彼女の頬は一瞬で真っ赤にほてる。
「……お前が他に好きな奴がいないんなら、お、俺と夫婦の契りを交わしてくれないか?」
「……はい」
薄紅色に染まった頬を隠すことなく真っすぐな瞳で見やり伸介が尋ねた言葉に彼女は満面の笑みを浮かべて承諾した。
「いやはや。おめでたい話ですね」
「「!?」」
突然割り込んできた声に2人は盛大に驚きそちらへと体ごと向けやる。
「た、龍樹さんいつの間に?」
「お前、いるんならいるって声かけろよな」
そこに立っていた龍樹へと2人が慌てて声をかけた。
「おれは結様の守護竜ですからねずっと主のお側で見てましたよ。何も照れることはありません。お2人の門出を祝福しようと思いこうして姿を現したんですから」
「聞かれてたのかよ。あ~恥ずかしい」
「私も恥ずかしいです……」
彼が平然とした態度で答えると伸介が顔を覆い隠し叫ぶように言うと、結も膝に顔を埋めて真っ赤になった顔を隠し呟く。
「ふふっ。お2人ともお可愛らしいですね。聖なる白き竜神より2人に祝福を……永久に」
「わぁ……」
「……ま、竜神さんに祝ってもらえるんならきっとこいつは幸せになるよな」
龍樹が微笑まし気に笑うとそう言って祝福する。途端に空から光の滴がきらきらと2人の下へと降り注ぐ。その様子に結は感嘆の声をあげ空を仰ぎ見た。その光景を見ながら伸介が微笑み話す。
「幸せになりますよ。お2人は末永く幸せになります。おれが保証しますよ」
「有難う」
「ま、ここは感謝しといてやるよ」
にこりと笑い彼が言うと2人はそれぞれ祝福に対する感謝を述べて微笑んだ。
完
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