《 第17話 動物園で思い出作り 》

 電車を降りたときはまだ少し眠そうにしていたが、動物園が見えてくると、柚花のテンションがぶち上がった。


 つり目がちの瞳を爛々と輝かせ、入場ゲートを指さして、

 


「航平! あれ撮って!」


「はいはい。――はいオッケー。次はゲートと一緒に撮るから前に立ってくれ」


「ありがと。お願いするわね!」



 ゲート前でピースする柚花を撮影すると、係員に入場券を渡す。


 パンフレットとスタンプラリー用紙を受け取り、入場ゲートをくぐるとライオンのオブジェがお出迎え。


 柚花はそちらへ駆けるなり、ピースサインでねだってくる。



「航平! 写真撮って!」


「はいはい。――はいオッケー」


「上手く撮れた?」


「ばっちりだ」


「じゃあ次、怖がってる顔撮って!」



 ライオンに襲われている感じの表情をする柚花。


 めっちゃテンション高いな……。


 俺は見慣れてるけど、学校の連中がいまの柚花を見たら別人だと思いそうだ。


 この柚花を知っているのは俺ひとり。そう思うと優越感がある。



「……ちょっと。早く撮ってよ。この表情疲れるんだから」


「ああ、すまん」



 撮影すると、柚花が駆け寄ってきた。


 身体を近づけ、写真を見せてとせがんでくる。


 甘い香りが纏わりつくなか、いま撮った写真を見せてやる。


 電車内で匂いを嗅いでなかったら、どぎまぎしてただろうな……。あそこで耐性をつけといてよかった。



「上手に撮れてるわね。今回はカメラマンになったら?」


「そこまで上手くないし、そもそもなり方がわかんねえよ」


「あたしもわかんないけど……ほら、旅行会社からカレンダーもらったことあるじゃない?」


「トイレに飾ってたやつ?」


「そうそれ。あの写真って公募で選ばれたひとのが採用されてるのよ。あれに選ばれたら実績にはなるんじゃない?」


「俺が撮る写真ってフィギュアばっかだろ。カレンダーに載るようなオシャレ写真は持ってねえよ」


「さっき撮ったのを送ればいいじゃない。あんたがカメラマンになりたいなら特別に許可してあげるわよ」


「いいよ。カメラマンで食っていける自信はないし。今回は仕事に悩まされる人生を送らないって決めたんだから」



 それにカレンダーに採用されたとして、柚花の写真が大勢の目に触れるのは嫌だ。


 ふたりで来たんだから、ふたりだけの思い出にしたい。



「まあいいわ。思いつきで言っただけだし。じゃあ次、あたしが撮ってあげるわね」


「俺しか写ってない写真を見てもつまらないだろ」


「つまらなくはないわよ。ほら、デジカメ貸しなさい」


「いいって。俺は写真写り悪いし」


「あんた写真写りとか気にしてるの?」


「気にするだろ。修学旅行で撮られた写真、ほぼ半目だったんだぞ。女子にひそひそ『黒瀬くん、チベットスナギツネみたい』って笑われてた俺の気持ちがわかるか」


「可愛いじゃない、チベットスナギツネ。修学旅行の写真と違って、ここでの写真はあたししか見ないんだから問題ないでしょ」


「柚花しか見なくても、チベットスナギツネは嫌だ。もっとかっこよく撮られたい」


「だったら加工すれば?」


「思い出に手を加えるのは嫌だ」


「わがままね……」


「いまわがままって言った?」


「言ってない」


「言ったよな?」


「言ったわよ。そんなに半目が嫌なら、帰りにプリクラ寄ってあげるから好きなだけ目を大きくしなさい」


「目を大きくしたら可愛くなるだろ。俺はカッコイイのがいいんだよ」


「贅沢な悩みね。可愛くなるだけマシでしょ。あたしなんて怖くなっちゃうのよ? 美顔補正で怖くなるあたしの気持ちがわかる?」


「気持ちはわかんねえけど鷹の目みたいでカッコイイだろ。チベットスナギツネよりマシだ」


「あんたのほうがマシよ」


「お前のほうがいいに決まってるだろ。てか昔から気にしすぎなんだよ。そんないい目してるのに贅沢な奴だな」


「あたしの目を褒めるのはあんたくらいよ。ほんと、見る目がないわね」


「見る目がなくてけっこうだ。俺はお前の目つきを好きになった自分のセンスに自信持ってるからな」


「あたしだってチベットスナギツネを可愛いと思える感性に自信を持ってるわ。……ていうかなんの話してんの?」


「写真に写りたくないって話だ」


「それは却下したでしょ。あんたの写真も残したいんだから」


「だったらふたりで撮ろうぜ。せっかくだしさ」


「そうね。せっかくだからふたりで撮りましょ。じゃ、デジカメ貸して」



 デジカメを渡すと、柚花に服の袖を掴まれた。


 オブジェへ連れていかれ、いきなり俺に顔を寄せてきて――って、顔が近い!


 パシャッ!



「上手く撮れたかしら?」


「ま、待て! まず俺が確かめるから!」


「どうして?」


「どうしてって、そりゃ……」



 お前をガン見しちゃったからだよ。


 あんな明らかに意識してますみたいな顔を見られたらぎくしゃくしちゃうだろ。


 びっくりして見てしまっただけで、べつに意識とかしてないけど。



「写真写りが悪いかもだから自分で確かめたいんだよ。で、悪かったら消す」


「だめよ。それはそれで思い出に残るじゃない」


「俺の恥ずかしい思い出を後世に残すんじゃない」


「いまさら恥ずかしがることないじゃない。あたしが航平の顔をどんだけ見てきたと思ってんのよ」



 柚花がデジカメの画面を確認する。


 見られた……。



「……だめね。ブレちゃってるわ」


「マジで? ……ほんとだ」



 デジカメの画面を見ると、めっちゃブレてた。


 よかった。柚花が写真撮るの下手で。



「次からふたりで撮るときは近くのひとに頼もうぜ」


「そうしたほうがよさそうね」



 さて。到着早々焦ったが、気を取りなおして動物園を楽しもう。


 パンフレットを広げると、柚花が横から覗きこんでくる。


 さっきから距離感近いな……。


 まあ、付き合ってた頃に比べると離れてるほうだけど。あのときは背中に胸を密着させて、うしろから覗きこんできてたし。



「自分のはどうした?」


「カバンに入れちゃったわ。パンフレットなんて1枚あれば充分でしょ」


「まあいいけど。で、どこから巡る?」


「どこでもいいけど、エサやりしたいわ。あとリンリンちゃんの写真を撮りたい」


「んじゃキリンを見に行くか」


「あら、よくキリンだってわかったわね」


「そりゃファンブックを読みこんだからな」


「ちなみに推しは?」


「スナ吉」



 柚花がくすっと笑う。



「あんたも好きなんじゃない、チベットスナギツネ」


「いいだろべつに。あのすべてを諦めたような悟り顔が癖になるんだよ」


「わかってるじゃないっ。あんたの顔も癖になるのよ。ずっと見てても飽きないわ。写真引き伸ばして壁に飾ってやろうかしら」


「やめろよ。お前の家に行ったとき恥ずかしくなるだろ……」


「だったらあんたもあたしの写真を部屋に飾れば?」


「佐奈に見られたら恥ずかしいだろ……てか早く見に行こうぜ、リンリンちゃん」


「そうねっ!」



 子連れで賑わう園内を歩いていき、キリンを発見。


 檻から長い首を出して、子どもたちが差し出すニンジンを食べている。


 んっと、エサ売り場は……。


 きょろきょろと周囲を見まわしていると、柚花が肩を揺さぶってきた。



「航平! 航平! パネル見つけたわ! リンリンちゃんよ!」


「おー。思ってたより立派だな」



 リンリンちゃんはセーラー服を着た二足歩行のキリンだ。


 ギャル風で、斑点はガングロメイクという描写になっている。


 俺にケモナーの素養があれば昂ぶりそうなデザインだけど、あいにく獣耳までしか萌えられない。



「見て航平! リンリンちゃんのまつげ! 長くて綺麗ね!」


「だな」


「脚もスラッとしてて綺麗ね!」


「年中マフラーって設定もいいよな」


「長い首がコンプレックスで隠してるのよね。あたしも目がコンプレックスだから、リンリンちゃんの気持ちはわかるわ……」


「だから気にするなって言ってるだろ。お前の目つき、俺は好きなんだから」


「うん、ありがと。リンリンちゃんにも航平みたいに言ってくれるひとがいればいいのにね」


「スナ吉に期待だな。設定的にはリンリンちゃんに気があるっぽいし。ま、作中じゃ一言も会話してないっぽいけど」


「スナ吉は恥ずかしがり屋で、隅っこに登場するだけで一言もしゃべらないものね。というわけでスナ吉の代理として、あんたがリンリンちゃんを慰めてあげなさい」


「俺が? 普通に恥ずかしいんだが……。リンリンちゃんの首、自分で思ってるほど長くないぞ」


「だめよ。それじゃ気持ちが伝わらないわ。あたしに言ってくれたみたいに、もっと心をこめて褒めなさい。こんなふうに――あたしはリンリンちゃんの首大好きよ!」



 大声でパネルを褒める柚花を、子どもたちがじろじろ見ている。


 正直、めっちゃ恥ずかしい。アニパラの知識を身につけたけど、ガチファンと同じ熱量で盛り上がるのは難しいな……。


 もちろん、楽しくないわけじゃないけど。


 はしゃぐ柚花を見ていると、それだけで楽しめるし。



「見て航平! リンリンちゃんが笑ったわ!」


「最初から笑顔だっただろ」


「あたしの目にはさっきより笑顔に見えるのよ! いまのうちに写真撮るわよ!」


「一緒に?」


「一緒によ! ほら、早くお願いして!」


「へいへい」



 近くにいたひとにお願いすると、快く撮影してくれた。


 ありがとうございますと礼を告げ、ふたりで写真をチェック。


 ……よし、ちゃんと真正面を向いてるな。



「さてと。エサやりするか」



 販売機を見つけ、スティックニンジンを購入する。


 柚花がおっかなびっくりニンジンを近づけると、キリンが舌を出した。


 長い舌を上手に使い、ニンジンを口に入れる。



「ほら見て! 美味しそうに食べてる! 航平もちょっとは見習ったら?」


「なにを見習えばいいんだよ」


「ニンジン苦手だったじゃない。いつも苦そうに食べてたわ」


「実際苦かったし。けど残してはないだろ」


「残してはないけど、美味しいとも言わなかったわよね。ニンジンだけじゃなくて、あたしの料理全般に」


「ちゃんと褒めただろ。はじめてお前の手料理を食べたときのリアクション、忘れたのか?」


「忘れようがないわよ。ものっすごく嬉しそうに『こんなに美味しい料理は生まれてはじめてだ』って、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい褒めてくれたわよね」


「だろ? ちゃんと褒めてるじゃねえか」


「でも最初だけじゃない。途中から褒めてくれなくなったわ。好みが変わったんじゃないかって、いろいろ味付け工夫したのに」


「それは……言わなくてもわかると思ったんだよ」


「言わないとわかんないわよ。……反省した?」


「したよ。反省」



 だからグチグチ言わないでほしい。


 もう柚花と喧嘩したくないから。



「そう。だったら……」



 柚花がもじもじと太ももを擦り合わせる。


 そして照れくさそうにバッグを持ち上げ、



「……あたしの手料理、食べる?」


「……もしかして、弁当作ってきてくれたのか?」


「休日だし、レストランが混むかもと思って……。航平が嫌ならレストランでもいいけど……」


「べ、べつに嫌じゃないぞ!」


「そ、そうっ。ならいいの」



 俺たちはパンフレットを見て、広場へ向かう。


 その道中、ポニーを発見。どうやら乗馬体験ができるらしい。



「あとでやらない?」


「乗馬するなら先にやっとこうぜ。かなり揺れるから吐くかもだし」


「そんな揺れないわよ」


「揺れるって。俺、落馬しただろ」


「ああ、そんなこともあったわね。リベンジしたら?」


「嫌だよ。あの日、誓ったんだから。戦国時代にタイムスリップしても足軽になろうって」



 当時を思い出したのか、柚花がくすっと笑う。



「そんなこと言ってたわね。まさか本当にタイムスリップするとは思わなかったわ」


「だな。とにかく興味あるなら乗ってこいよ。ここで撮っててやるから」


「じゃあお願いするわね」



 柵へ移動し、カメラを構え、ポニーに跨がる柚花を撮影。けっこう揺れるようで、振り落とされないように手綱をしっかり握りしめ、正面を見据えている。


 コースを半周する頃には慣れてきたのか、手綱からパッと手を離すと、手を振ってきた。


 すかさず撮影。その1枚で満足したのか、柚花は再び手綱を握りしめる。



「……」



 気づいたとき、俺はケータイを握りしめていた。


 ケータイで撮影するのと同時に、柚花がこっちを振り向く。


 あの位置からだとケータイは見えなかったかもだが……確信は持てない。どうしてケータイで撮っていたのと問い詰められてしまうかも。


 べつにあとで見返してニヤニヤしようとか、待ち受けにしようとか、そんなことは考えてない。


 ただ、楽しそうに乗馬する柚花を見ていると、自分のケータイに保存したくなっただけだ。


 やましい考えは一切ないけど……それを柚花に説明するのは抵抗がある。


 と、柚花が戻ってきた。



「デジカメの充電切れちゃったの?」


「な、なんで?」


「ケータイで撮ってたじゃない。……あら? 充電は切れてないわね」


「ま、まあな。ただほら、あれだ。……そうっ。俺さ、母さんに小遣い10000円もらったんだよ」


「そんなにもらったの?」


「動物園を楽しんできなさいって。だから、ちゃんと動物園に行ったっていう証拠を残しておきたかったんだ」


「証拠がなくても疑われないと思うけど……どうせ撮るならポーズ決めたかったわ。あたし、変な顔とかしてなかった?」


「遠くから撮ったから顔ははっきり見えないぞ」


「そう。ならいいの。それじゃ広場に行きましょうか」


「だな」



 なんとかやり過ごせた。


 ほっと胸を撫で下ろしつつ、広場のベンチに腰かける。


 そして、さっそく柚花の手作り弁当に――サンドイッチにかじりついた。



「……どうかしら?」


「美味しいぞ」


「どれくらい?」


「……こんなに美味しい料理は食べたことがないって思えるくらい」


「ほかには?」


「ほかに? ……また食べたいと思えるくらい」


「どれくらいの頻度で?」


「どれくらいって……毎日?」


「毎日は同棲でもしない限り無理ね」


「言われなくてもわかってるよ。ただ毎日食べたいくらい美味しいってことを伝えたかっただけだ」


「……毎日食べて飽きない?」


「飽きない」



 俺が褒め言葉を口にするたびに、柚花はご機嫌そうに頬を緩ませていく。


 ちょっとだけ照れくさそうにはにかみ、



「ま、美味しくて当然だけどね。あんたのために最高の調味料を使ったもの」


「調味料? ……特に変わった味はしないが、なにを使ったんだ?」


「秘密よ」



 秘密にするような調味料ってなんだろ?


 気になるけど……まあいいや。普通に美味いし。



「食べ終わったらどこ行く?」


「どこでもいいわ。最終的に全部まわるもの」


「めっちゃ時間かかりそうだな」


「嫌なの?」


「嫌なわけないだろ。楽しいんだから」



 柚花と動物園に出かけ、時間を気にすることなく、まったりと手作り弁当を食べる――。仕事が忙しくなってからはできなかったデートが実現し、俺は心から楽しいと感じるのだった。


 ……いや、デートじゃないけど。

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