第一章-3話
その宣言に他の三人はいっせいに緋炎を見やり、そして反対側の碧焔の騎士へと鋭い視線を向ける。
「こいつが出るって?」
クォーレスは不満そうに、隣に座る碧衣の青年を見据えた。
初めから出陣する者が決まっているなど、今までに一度もないことだった。
誰が戦に出て、誰が国内の情勢を
「…………」
周囲の強い視線にさらされながら、ユーシスレイアはしばらく無言のままだった。
円卓の上で組んだ両手に軽く額を載せるよう目を閉じ、深く
「それは ―― リュバサ攻略に関して、すべておれの采配に任せるということか?」
「無論。五騎士はすべて己の判断で行動をする。他の誰の干渉も受けんよ」
緋炎ルーヴェスタはにやりと口元を笑ませた。
自分はいちおう五人の中で主座ではあるが、それは便宜上のことだ。実際には五騎士の立場に上下などは無い。他の者に意見をすることはあっても、決して干渉はしない。それは暗黙の了解といってもいい。
「碧焔が出るのはいいとしても、『国王が逃げ込んだリュバサ』とはどういうことなのかな、緋炎? 私たちにも分かるように説明して欲しいね」
翠色の瞳を穏やかに細めて、橙炎ミレザは軽く首を傾けた。
自分たちが行方知れずだと思っていたカスティナ国王の、現在の居場所を知っているふうなルーヴェスタの言葉がとても興味深かった。
リュバサといえば、確かカスティナの王都シェスタから程近いアリナス山麓にある
「リュバサの湖底には、街がある。小王都と言っても良いような立派な街らしいが、そこに国王を含むカスティナの首脳陣が逃げ込んだということだ」
「 ―― っ!?」
橙・白・紫の三人は信じがたいその言葉に顔を見あわせ、驚愕の視線を再び緋炎に向けた。
湖の底に街が在るなどと、誰が思うだろうか。いや。そんな街の存在が人の技術で可能なのかどうかも疑わしい。
「それは確かなのかよ、緋炎。比喩とかじゃなくて? 俺はアリナスの方にも遠征したし、そのとき湖の近くも通ったけどさ、そんな気配どこにもなかったぞ。まさか湖の中に飛び込んで見なきゃ分からないとでも言うのか?」
白炎はゆるく編まれた白い髪をうしろに払い除けながら、じっとルーヴェスタの黒豹のような目を見やる。
いつでも怜悧な表情を崩さないこの緋炎の騎士が、そんな嘘を吐くとは思わない。けれども、あまりに突拍子もない話だった。
「湖にもぐっても何も見つからぬよ。街への入り口は他にある。これは、カレンからの情報だ。間違いはなかろう」
ちらりと。誰にも気付かれないほどさりげなく、もとはカスティナの将だった碧焔の騎士を見やる。
カレンに ―― 否、皇帝エルレアにその情報を与えたのは、おそらくこのユーシスレイアなのだろうとルーヴェスタは思っていた。
「カレン、か」
深く呼吸をするように、白炎はその名を反芻してみせる。その瞳はどこか複雑そうな彩を浮かべ、わずかに眉間にしわが寄った。
―― カレン・ダルティニス。
聡明で、物腰柔らかな麗人。常に皇帝エルレアの傍に居て、補佐をしている忠実な側近の名前である。
その天女のごとく美しい姿に皇帝の『寵姫』だと言われることもあるが、何かと有能な腹心であることは確かだった。
ただ、カレンにはひとつ厄介な点があった。それが、白炎クォーレスの複雑な表情の原因でもある。
それは ―― カレンが
人間とは異なる強い力を持ち、けれども遥か昔にこの大地から消え失せたはずの、『魔族』と呼ばれる存在。
エルレアによって魔の封印がとかれるずっと以前より、カレンがこのラーカディアストの地に居たことから、おそらくその中で最も強力な種族といわれる生粋の冥貴人であろうというのが、緋炎や橙炎の一致した見解だった。
もちろん、そんな事実を知っているのは皇帝と炎彩五騎士だけだ。他の人間たちの目には、カレンは男装をした美しい姫君としか映っていない。
そもそも五騎士がその事実を知ったのも、つい最近のことだ。
皇帝エルレアは初めから知っていたようではあったけれど、五騎士にとって魔族などというものは、過去に滅びた歴史上の存在でしかなかった。
それが半年ほど前に、カレンが『魔界の封印を解き、魔をラーカディアストに従わせよう』と皇帝に献言したことで、初めてその事実が明らかとなったのだ。
その献策に、五騎士は即座に反対した。
魔などにしゃしゃり出られて自分たちの戦いの場が減るのは好ましくなかったし、何よりカレンの狙いが『魔界の封印を解く」ことにあると感じたからだ。
遥か昔に人間の手によって施された封印は、同じく人でなければ解くことは出来ない。
そんなことに皇帝が利用されるというのは、五騎士としては嬉しくなかった。
けれども。皇帝はその言葉を受け入れた。
そして ―― 封印を解いたあと急変するだろうと思われたカレンの態度は相変わらずで、皇帝への忠実さに少しの変化もなかった。
それで彼らはいささか、カレンという人物を掴みかねていたのである。
これまで長い年月を共に過ごし、皇帝に仕えてきたのだから信頼や友誼の気持ちはもちろんあった。
けれども、ずっとその正体を知らずにいた者にとってみれば、騙されていたのかもしれないという懐疑から抜け出すことも、すぐに出来ないのは仕方がない。
「カレンをこれまで同様に信じて良いと、あなたはそう思うんですね?」
紫炎ラディカは確かめるように問うた。
五騎士の主座である緋炎の判断を信頼している。彼が信じるというのであれば、自分もそれを支持しようとラディカはそう思っていた。
「ああ。あの者は陛下の不利になるようなことはせんよ。今までと、何も変わらぬ」
確信しているようにルーヴェスタは応え、笑むように口端を吊り上げる。
その琥珀の瞳が強い意志を示すのを見て、紫炎は納得したように頷いた。
皇帝エルレアとカレン。双方の信頼関係について、緋炎は自分たちの知らない何かを知っているのかもしれない。
皇帝の
「……緋炎がそう言うのであれば、僕もカレンを信じましょう。カスティナの王は、リュバサの湖底都市にいる。そういうことですね」
あざやかな戦意を紫の瞳に浮かべ、紫炎は窓の外を見やった。そこからは王宮の中庭にある小さな泉が滾々と水を湧き出している様子が良く見えた。
「カレンの情報だっていうのは分かった。俺も別にあいつが嫌いなわけじゃない。信じてやってもいい。でも、なんで出るのが碧焔って決まってるんだよ?」
リュバサの湖底都市などという前代未聞の街を攻略するなら自分も出たい。それは五騎士共通の思いだ。問われた方の緋炎でさえも、そう思わないではない。
けれどもこれは、皇帝じきじきの指名だった。
「仕方あるまい。エルレア陛下のご指示だ。『碧焔の騎士復活』と、ラーカディアストが再び本気で動きはじめたことを世界に
碧焔がもとはカスティナの将だからリュバサの内情を詳しく知っている、などとは正体を隠している手前言えず、ルーヴェスタは適当にそう言った。
「陛下のお考えなら、仕方がないね。今回は碧焔に花を持たせてあげるよ。……まあ、私は久しぶりに実家の領地にでも帰って、のんびりさせてもらおうかな」
穏やかそうな翠玉の瞳をゆるやかに細め、橙炎は軽く伸びをするように両手を広げてみせる。
強大な権力のもとに好き勝手やっているように見える炎彩五騎士だが、皇帝のことばに逆らうことはほとんどなかった。
皇帝に匹敵する地位と権力を持ちながら……いや、持っているからこそ、彼らはエルレアを敬愛し、また信頼もしていた。
「確かに派手
紫炎ラディカは慎重に言葉を選ぶように言いながら、じっと碧焔の騎士を見やる。それをやる自信がおまえにあるのかと、無言の問いかけをしているようだった。
なにせ、碧焔の実力を判断する材料が少なすぎるのだ。あるのは、緋炎の推挙で五騎士になったという事実のみ。
推挙した緋炎の騎士や、それを認めた皇帝エルレアの判断は信頼している。けれども。それだけでは諸手を挙げて賛成するとはさすがに言えなかった。
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