二章 見習い商人編

第1話2.1 12歳は旅立ちの歳です


 月日はめぐり、いつの間にか俺は12歳になっていた。いや、やっと12歳と言うべきだろうか。

 修行空間に長くいすぎたためか感覚がおかしい……。


 ともかく体も大きくなり行動の幅も増えた。弟妹に比べるとまだ小さいけど。それでも知らない人に普通に話をしても訝しい顔をされなくなっていた。

 おかげで精神的に楽になった。実際つらかったから。精神的には、いい大人のはずの俺が子供のふりして『ぼく』って言うのが。


 おまじないである『心願成就』についても詳しくなった。

 母さんの機嫌がよかったとか、ラスティ先生が優しかったとか、サーヤの尻尾が可愛く振られたとか、欲しかった物を買えたとか……見たら分かるよ! というか、いつお願いしたの! って思ってしまうメッセージを何度も聞いたおかげで。

 毎日思っているバーグ属領を発展させたい、とか、体を大きくしたい、という願いは全然叶えてくれないくせに。

 

 メッセージを聞くのが嫌になった俺は、目新しい願いが叶った時だけ流れるようにシステムにお願いした。


 まぁ、『心願成就まじない』の効果は置いといて。


 12歳になって、これまでの人生で最も嬉しい出来事が起きた。

 なんと! 真龍達の種々に渡る教えに一段落付いて修行空間通いが終わったのだ。後は自分で試行錯誤しろと。

 結局、本当に叶えたい願いは自分の力で叶えるしかなかった!


 ちなみに6歳から通った初等学校も終わるのだが、どうでもいいことだった。文字とか簡単な四則演算を習ったりするだけの学校だったから。はっきり言って、ほとんど記憶に残っていない。

 結構な数の同級生がいたのに友達一人、出来なかったし……。


「あれだな。男の子には避けられるというより嫌われてたな」


 用もないのに学校に顔を出しにきてたラスティ先生と年下のはずなのに俺と同じ教室に通っていたサーヤのせいで。

 周りからは女を侍らせているように見えただろう。元々美人なのにスタイルまでよくなったラスティ先生も、顔はあどけないのに獣人族の特性で成長著しくアンバランスな雰囲気を醸し出すサーヤも、もの凄く人目を引くし……。


 本当は、修行空間から解放されて放心に近い状態の俺を介護している感じだったのだが……分かってもらえるはず無かった。


 終わったことはどうでもいい――いや、農業改革と自由市はどうでもよくないけど、今、語ることではない。うまく行っているとだけ……って誰に言ってるんだ⁉


 ともかく、俺はもちろんのことビルやシェール、ユーヤ兄やサーヤまで、初等学校に通い終え卒業資格を得ることが出来ていた。

 となると次に考えるのは進路のことだった。


 つまりは進学か就職かである。


 だが就職とはいっても12歳、大した仕事は無い。ゆえにほとんどの人は家業――大体が農業だが――を手伝う程度だ。

 店や職人の下で丁稚奉公することもあるらしいのだが極稀である。


 そんな中、比較的多くの人に選ばれるのが魔獣駆除員≪ハンター≫になることである。

 組合に登録すればすぐになれる魔獣駆除員≪ハンター≫。農家の次男、三男など家業を継げない者の受け皿として喜ばれている。

 陰で評判の悪かった組合長がいなくなって女性の希望者が増えているそうだ。

 あの男、どれだけ悪事を働いていたのやら……。


 進路として最後に考えられるのが進学だ。だが進学は自分が希望したからと言って出来るものではない。試験という関門があり、その上、かなりの金銭――学費が掛かるのだ。

 貴族や大商人の子弟のみが選べる進路である。

 

 三つの選択肢がある。あ、いや、仕事は色々あるから、三つというのは語弊があるが。

 ともかく、この選択肢の中から進路を選ばなければならない俺達三つ子の中で――俺だけ悩んでいた。


 変わらず商人志望である俺だが、商人に至るまでのルートを決めかねていた。


「簡単なのは、このまま商人になることだよなぁ」


 修行空間では戦いだけでなく、鍛冶や付与術といった生産も手掛けている。今現在でも収納空間には、訓練で作った大量の理具や武器防具が眠っている。売る物には困らない。

 土を耕す理具や水をやる理具は、農業改革の一環ですでに自由市で販売してるしね。

 

「魔獣駆除員≪ハンター≫しながらも、在りだな」


 クアルレンとして登録した後、『武』と『闘』の戦闘狂真龍ズの指示により嫌と言うほど狩りをしている。おかげで10級から始まる魔獣駆除員≪ハンター≫ランク、早くも4段、ワーグさんやラスティ先生と変わらない上級ランクへと到達していた。


 さらに言うと、本当の実力は上級ランクどころではない。一体現れただけで都市が滅ぶような大型魔獣――ホワゴット大森林の奥地やヒーダ大山脈の標高高いところに住み、人里に現れることはない――を幾度となく屠ってきているのだから。その死骸――素材の塊を売るだけで一気に大商人になれそうな金が手に入りそうだった。

 アルとして登録したら、また10級からやり直しだけど。


「進学はなぁ……」


 都会にある学校に進学しても学ぶことがあるとは思えなかった。初等学校で習ったのが、文字の読み書きと数の足し引きだったことを考えると次の学校で習う内容についてもある程度予想できてしまうので。

 少なくとも累乗、まして虚数などは出てこないだろうと。それでも選択肢に残している理由は人脈が出来るというところだ。

 初等学校では友達一人できなかったけど……ぐすん。


 進学に関して付け加えるとすれば弟妹と幼馴染も進学希望なのも理由に入るだろう。


『え⁉ アルにぃ何で行かないの? 剣術修業はどうするの?』

『アル兄さん、来ないつもりなの? 私の方が理術上手くなっても知らないから』

『ん!』

『アル兄様と、ずっと一緒がいいです!』


 みんな一緒に進学したそうであったから……多分……。


――決め手が無い……


 ラスティ先生に相談しても。

『アル君の好きにしたらいいわ。どこまでも追いかけるから』

 とストーカーみたいなことことしか言わないし。


 母さんなんか。

『お金の心配なら大丈夫よ。自由市で稼いだお金も貯めてあるし、父さんの稼ぎからも、ちゃんと貯蓄しているから』

 とずれた返事しか返ってこない。


 父さんは本の事しか言わないし――


「――という訳で、進路に悩んでいる」

「そーなんか」


 困った俺は真龍の拠点ハイヘフンでサクラに相談していた。


「進路なぁ、そないなこと相談されても、好きにしたらええわとしか答えられへんよ?」

「いや、まぁ、そうだけど、何かアドバイスでもと思って」


 たまにはと顔を出したら思いっきり『武』と『闘』の真龍にしごかれた後、いつものように甘いお菓子を食べながら話をしているところで話題に上げてみた。

 だが、明らかにサクラは困り顔だ。


「何で、うちなん。もっと長生きしている他の真龍とかに聞いてみたら?」

「いや、それだと、帰ってくる答えが想像できてしまって……」


 あの人たちの答えはきっと単純だ。『武』とか『闘』の真龍ならきっと、戦え! だし、『鍛冶』とか『付与』の真龍なら、作れ! だし、『治癒』とか他の『火』でも『水』でも『風』でも理術の真龍なら、研究しろ! だ。


 一つの事柄を突き詰めた結果、成れる真龍らしいといえばらしいのだが人生相談には全く適性がない。普通に相談可能なのは、恐らく長老かサクラの二人。その中でも毎回のように一緒におやつを食べて仲良くなったサクラに相談に来たという訳だ。


 見た目も子供だしね。実年齢と、かけ離れているけど。

 俺は再度頭を下げる。すると。


「そこまで言うんやったら仕方ないなぁ。一緒に考えたげる」


 さっきまでの困り顔から一転、上機嫌になったサクラ。口元に人差し指を付け思案顔で話し出した。


「……アルは、最終的に商人になれればええんよね。……その前に、学校に行って人脈作るかどうかで悩んでいると――」

「そう」

「――なら、簡単やないか。学校行ったらええんよ。学校行きながら商人したらええ。アルが情報空間に登録したラノベの主人公みたいに。そんで合間に魔獣駆除員≪ハンター≫もやれば完璧。わ、凄い、やっぱりうち天才やわ!」


 自身の思い付きに盛り上がるサクラ。自分の言葉に手を叩いて喜んでいる。

 それを見ている俺はというと、まさに目から鱗だった。


――何で気付かなかったのだろう、こんな単純なこと


 今日日、地球では大学生ですら起業して商売しているのだ。商売と学業の両立、俺にも出来るはずだと自らの心の内で感動していた。


「ありがとうサクラ。俺、学校行く事にするよ」

「うんうん、それがええわ。そしたらうちも―――――――」


 進路が決まり浮かれていた俺は、サクラの最後の言葉を気にも留めていなかった。


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