後の祭り?1
次に私が気がついたときには、驚いたことに全てが終わっていた。
なんと、戦争さえも。
いやあさすがレクトール。「ファーグロウの盾」の異名は本物だった。
聞くところによるとどうやらあの後、怒ったレクトールが叫んだらしい。
「和平? 知るか! 潰してやる!!」
私が倒れた直後、普段は穏やかでニヤニヤしている美男子が、怒りで真っ赤になりながらそう叫んだのは実に見物だったと、後から楽しそうに副将軍が教えてくれた。
一応和平交渉という道も検討していたらしいけれど、それをあっさり放棄してあらん限りの今まで蒔いてきた作戦を一斉に発動させ、オリグロウ中枢をあっというまに制圧したそうな。
しかも。
一番びっくりしたのはロロが、あのロロが、あの大きなキャスパリーグの姿になって、轟く咆哮とともにオリグロウ軍の中を駆け回っては阿鼻叫喚の地獄絵図を作ったという…………。
おかげでそんなロロに恐れをなしたオリグロウ軍も早々に戦意を喪失して敗走、あっさり白旗をあげたとか。
ええ……? このロロが……?
やだ、こわ……なんて物騒……。
ちょっと、私の意識が無いときに何してくれたんだ……え、まさか主がいなくて自由だったとか言わないよね? まさかね?
ちょ、飼い主の責任……。
だけれども、どうやらそれを煽ったのは他ならぬ私の夫(仮)だったらしく。
満面の笑みでロロをけしかけたんだとか。
「ロロ、アニスの夫として言う。行け! 好きなだけ暴れてこい! 今こそ主の仕返しをする時だ!」
「に゛ゃーーー!」
『殺ればいいのねーーーー! 喜んでーーーー!!』
って、ちょっと……ロロもどうして従っ……いやこれ、単に乗ったんだな……ロロにも都合が良かったと……つまりは暴れたかったと……。
そしてそんな驚く私に、
「にゃーん?」
『だってまたたび欲しいじゃなーい?』
って、妙にすっきりとした顔でちょっと軽すぎる言い訳を語った今は子猫姿のロロさんですよ。
え、その暴れようで、それ……?
やだ魔獣、こわ……。
そしてすっかりレクトールにまたたびでいいように操られているじゃないか。
初めてやっと、周りの人たちが言う「ロロは怖い」という意味がわかった私だった。
たしかにこの子、野放しは危険だわ。昔のロロを封印したという大魔術師の人、偉かったわ……なんて物騒な子なんだロロ……。
なのにそんな物騒な子が、今は私の肩を定位置にして寛いでいる状況なのはなぜ。
「にゃーん?」
『だって私、主好きだしー? 私の本当の姿にも泣かない主、よいにゃー』
と、どうやらますます懐かれたようだった。
ま……まあ、いいか。普段はとってもかわいいし?
私はどうやら随分長いこと寝ていたらしく、季節は春になろうとしていた。
備蓄ポーションだけで長々と寝込んでいたせいで体力が無くなってしまった私は、さすがに起きた時にはベッドから出られなくなっていた。自分では疲れはとれても体力を作ることは出来なくて。
でもそこに、なにやら毎日見舞いと称して嬉しそうに来るわりに、ついでにちょくちょく仕事を持ってくる容赦のない将軍様は居るのだった。
「ちょっとこの書類を見てくれないかな」
はい、寝込んでいても、働けるなら働かせる。
わあい、なんて素敵な上司でしょう。
でもちょっと戦争の事後処理もやたらと忙しいらしく、彼も少しやつれてしまっているので私も素直に出来ることは協力するのです。
どれどれ。
「ん……? なにこれ?」
そこには見覚えのある名前が。
「これは旧オリグロウの元王子、ロワールとその婚約者で『先読みの聖女』であるヒメの、結婚誓約書だ。オリグロウは正式にファーグロウに併合された。そして敗戦国オリグロウの旧王族は王権剥奪、ファーグロウとは反対側の辺境へ追放、ついでにあの危険な偽聖女は農民となったロワールと結婚させて、一族まとめて一生監視することになった」
ええ、強制的に結婚させるの? 権力ってすごいな。
「でも、当人達は納得するのかしら?」
「それは関係ない。処刑か監視かを選択させれば答えは決まっているだろう。実は即刻処刑も考えたんだが、残念ながら今回の一連の件と彼女の関連性が、どんなに掘っても処刑まで持って行けるような明確なものが出せなかった。証言出来そうな人間がみんな死んでいるか行方不明で全く証言が得られないんだ。なのに旧オリグロウ王宮関係者と旧オリグロウ国民からの人気はやたらと高くてね。今はオリグロウが我が国に併合されることに反発が大きいから、これ以上刺激はしないと国王陛下が判断された。まあ状況が落ち着いたらまた変わるかもしれないが」
「ああ、自分たちの王様一家と聖女様だもんねえ。なるほど……で、この書類と」
「そう、一応監視の下で二人に書かせたんだが、不備が無いかを確認してほしい。特にあの偽聖女の項目だ」
「なるほど。そしてその判断は正しかったかもしれないわね。ヒメのこの名前、間違っているわよ。正しい本名はこっち」
そう言って私は近くにあった紙とペンを持って、私の知っているヒメの本名を正しく書いたのだった。
似ているけれど、一文字違い。
ちょっとの差ではあるけれど、この一文字の嘘で誓約書が無効になる可能性はあるだろう。
「うん、やはり君に見せて良かったな。ありがとう。早速書き直させよう。しかし往生際が悪いな相変わらず」
苦笑いをしているレクトール。
「あなたが直接彼らと会っているの? ヒメは相変わらずなのかしら? ロワール王子と結婚するのは拒否しなかったの?」
と、つい出来心で聞いてみたらば。
「よくわかったな。そしてそれを見て蒼白になったロワールが見たかったのなら誘えば良かったか? 僕はもうあんな面倒はごめんだから、これからは他の者に行かせるよ」
うんざりしたように言うレクトールだった。
って、うわあ……。
でもヒメは、自分の最推しの人から他の人との結婚を命令されるのか。ちょっと可哀想な気もしなくはないけれど。
でも正直、ヒメが一生監視されると聞いて、ちょっとほっとした私だった。
ところで少々弱っているとはいえ、目覚めたのにまだ贅沢なふかふかベッドでひたすら安静にさせられている私。
そろそろ歩こうと思えば歩けそうなのだけれど、もう少し元気になるまではとなぜか周りの人たちがとても優しいのは、何故だ。
「あなた様を衰弱させた上に万が一な事態にでもなったら私たちが将軍から直々に殺されそうだったので、アニス様の作ってくださった昏睡時用のポーションはほぼ全てアニス様に使ってしまいました。もう残りがわずかでございます。またお元気になられたら、ぜひ補充をお願いしたいのですが」
あの医務室長までもがうやうやしく私にそう話しかけるのだけれど、いや、いつものように「奥様、ちょっとまた作ってくれませんかねえ?」でいいのよ? それでいいのよ? 喜んで作るよ? なんなら今ここで作ってもいいのよ?
と目をぱちくりさせる私。
なにごと?
しかしベッドにいる私をかいがいしくお世話してくれる侍女や使用人の人達も、なぜかみんなニコニコしながらも一定の距離を感じるのは、何故かしら?
そこではたと気がついたのは、私にまとわりつく、レクトールのあのキラキラだった。
でもレクトールが居ない時も、常に彼のキラキラが舞っているのはなぜかしらね?
彼がキラキラだけ置いていった? なにあの人、そんな技も持っていたの? 器用だな?
なんて思っていたら。
私に一体どうやっているのと聞かれたレクトールが、にっこりしながら言ったのだった。
「いや、それ君が自分で出しているからね、アニス」
はい? わたし?
「ええ!? なに、どうして? あ、でもそういや最後にスキル使ったときにも出てたかも? へえでも嬉しい~私出来る子だった~」
思わず小さく万歳をしてみたら、確かにその動作に合わせて、ほのかなキラキラが舞うのだった。
いや、そこまでは求めてはいなかったんだけど……。
ちょっと出過ぎではありませんかね?
気になり始めると、どんどん気になるこのキラキラ。あんまり出ているとあっさり飽きて、そろそろ鬱陶しいからもう引っ込んでくれてもいいのよ、とも思うゲンキンな私。
「よかったね」
はてと首をひねる私を見てレクトールが、意味深な黒い笑顔でそう言った。
ん? 黒? なぜ?
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