ヒロインとは3
死因を知っているのは多分、ヒメだけ。
だけどレクトールと副将軍から会うのは反対されている。おそらくレクトールたちもいろいろな手で探ってはいるだろうけれど、今のところ成果があったとは聞いていない。
私が今ヒメに会ったら、やっぱりまた彼女のペースに引き込まれてしまうのだろうか。
レクトールの死因を探ることは、ひいては私の将来のためでもある。そして今は、その目的意識もしっかりと持っていると思う。人は自分の命がかかっているとなったら、少しは慎重になるというものではないだろうか。
だから今までのように簡単に丸め込まれたりは……しない? 本当に?
もし私が話に聞く超絶お人好しの本来のような「聖女」だったら、その上涙ながらに訴えられてしまったら、心から同情して全てを許してしまったりするのかもしれない。うっかり逃がしたりもしてしまったり?
でも残念ながら、私はそんなに純粋じゃあないんだよねえ。
それに今はヒメが怖いと心から思っているのだ。まさか手を貸すなんて……ないよ……ねえ?
今までは……うっ……あれ……いつも何故か知らないうちに丸め込まれていろいろ都合よく転がされていた気が……あれ……。
まあどのみち今、私がレクトールの意思に反して勝手に行動することは出来ないのだけれど。
私が勝手をすると、いろいろ計画や思惑があるであろう彼の邪魔をすることになってしまうから。そう考えるとどんなにもやもやとしていても、彼の指示には従うべきだ。
あの人、涼しい顔でいつも何かしら企んでいるからなー……。もはや趣味なのではと最近は思い始めた。いつもそれはそれは楽しそうに何かしら企んでいるよ。
うん、趣味なら邪魔をしてはいけないね。そして関わってもいけない。もしも関わってしまったら、きっと面倒なことになるのだから。眺めているくらいがちょうどいいのだ。くわばらくわばら。
そう思ってざわざわする気持ちを抑えて日々の業務に勤しんでいたある日のこと、レクトールに呼ばれて彼の執務室に行くと、なにやら首脳陣で話し合いでもしていたらしく部屋に書類が散乱していた。そして難しい顔をした副将軍が残っていて空気が不穏である。
部屋に入って来た私を見て、レクトールが言う。
「あの捕虜に一度だけなら会ってもいい。会いたいか?」
「え? 私が? ヒメと?」
レクトールが今朝届いたらしい書簡を引き出しにしまって鍵をかけた。
なんだろう、何か大事な知らせでも来たのかな。
「そう。ただし、私も一緒に行く。二人きりはダメだ。侍女も部屋から出さない。ジュバンス、君も来てもらおう。ギャラリーは居るほどいいだろう」
「へえ? いいのか? じゃあ見学するか」
「え? どうしたの? なぜ?」
私はびっくりして思わず聞き返してしまう。どうしたのその掌返し。
「彼女の処遇が決まった。彼女はオリグロウに送り返す。彼女は捕虜としてはとても優秀だった。とても良い条件をオリグロウから引き出せたんだ。だが今回どうも腑に落ちない点がある。あの偽『聖女』はなぜここに来たのか、そして何故そこまで私や君に固執しているのか。先ほど君と直接話をさせたら何かわかるかもしれないという意見が出た。先方もそれを望んでいるようだし、私もやってみる価値はあると思う」
ということは、その点について彼が欲しいだけの情報が今のところ彼女から得られていないということか。
「つまりは私は囮、というより撒き餌みたいなもの?」
「まあ、きっかけだな。君を見て彼女が少しでも動揺すれば、今まで見えなかったものが何か見えるかもしれない。このままただ送り返すだけではなくて、出来るなら少しでも揺さぶって情報を引き出してから返したい。ただ君が嫌なら無理をしてまでやることはないと思う。どうする、彼女に会う気はあるか?」
「そうねえ、私に出来ることならやりますよ」
どうせもやもやしていたしね。
彼女がこの城から出る。
それは喜ぶべきなのか、それとも不安になるべきなのか。ここからいなくなるのは嬉しいけれど、なにしろそれは敵が敵国に帰るということでもある。
でもこの城の主の決定に異を唱えることはしない。
私にできる役目があるなら、それが彼のためになるならば頑張りましょう。ただそれだけだ。
忘れがちだけれど、実はこの人は上司でもあるのだし。
私が彼女と直接話して、もし対立したとしても勝てるかどうかは少々自信がないけれど。
いやもちろん、ベストは尽くすよ? 今の私は昔の私とはちょっと違う。
今の私には立場があるし、そして守りたいと思う人もできたのだから、私は強くならなければならない。
私はその場で、ヒメと話をする内容を打ち合わせたのだった。何でも適当に世間話をすればいいというものではなかった。
何を探りたいか。何を知りたいか。それにはどう話をもっていくか。
私は彼らが決めた内容に従って、ただヒメと会話をすればいいはずだった。
でも、相手はあのヒメだった。
そう、あのヒメなのだ!
想定通りにいくと思った私が愚かだったのだろうか。しくしくしく。
心構えをされないように、私たちは予告無しに突然ヒメのいる「赤の間」を訪れた。
作戦その一、不意を突いて動揺を誘う。だけど。
「こんにちは、『先読みの聖女』さま。私とお話がしたいとおっしゃっていると聞きました。それで私に何のお話でしょうか?」
あくまで私はこの城の女主人として、話をする。そういう体裁ははずせない。
足下には愛猫のロロ、後ろにはこの城の主である将軍と腹心の部下の副将軍がいて、そして部屋の隅にはヒメ付きの侍女たちも立っていた。もちろん見えないが影たちも。
緊張を隠して冷静な顔をしている私たちとは違って、ヒメに心酔している侍女達三人は、どうやら私が話をしに来たことに感動して喜んでいるようだったが。
だけどもヒメは、私たちの突然の訪問に動揺したのも最初の一瞬だけで、見事に冷静さをあっという間に取り戻したのだった。ああ手強い。
ヒメはすっと居住まいを正した後、レクトールに熱い目線を送り、そして私にはいかにも落ち着いた様子で微笑みながら、なんとその瞬間から、私たちのかつていた、「前の世界の言葉」で話し始めたのだった。
は? え? なにごと?
思わず作っていた微笑みが引きつった。どうもまだまだ私は年季の入った愛想笑いには修行が足りないようだ。
『あらやだ偉そうに。自分がこの城の主人だと見せびらかしにきたの? それとも私の哀れな姿を見に来たのかしら?』
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