ヒロインとは2
でもまさか私がヒメに会いたくないのは、実はヒメの方が私を殺そうとする程私のことを嫌っているからなのよ、などと今、私が言うわけにもいかないジレンマである。
それによくよく考えてみると、そう大きな声で主張するほどの確たる根拠も薄かった。
あの暗殺未遂だって、私を実際に手にかけた兵士が、「聖女様がおっしゃった」と言ったからに過ぎない。
私が王宮に行ったときも私だからではなく、レクトールにくっついている「聖女」が邪魔だから消そうとしていて私だとは思っていなかったみたいだし、そしてその消そうと思っていたことも、ロロとロロを通して私が見ただけで他に証人はいないのだ。
あの義憤に燃える侍女さんたちを説得するにはどれも弱い。
それこそ「誤解」であると言われたらそれをひっくり返すのは難しそうに見える。
うんうん悩んでいたら、ライザが口を開いた。
「もちろん私や医務室の者たちのように、日頃アニス様とよく接している人間はアニス様のお人柄を存じておりますから彼女たちに賛同する者はおりません。ただ普段アニス様よりヒメ様と接する時間の長い少数の者が、どうしてもヒメ様の言い分を信じてしまうようで。あの方は、たいへん愛想のよろしい方のようですね。でもあのヒメ様が私にアニス様の話をなさったときは、私には彼女の言うアニス様と実際のアニス様は少し違うように感じましたので、私はあのヒメ様のお話よりは自分の目の方を信じます。ヒメ様の方がアニス様を少々誤解なさっているのかもしれませんね」
ライザはそう言って、私を見てにっこりしたのだった。
「ライザ……わかってくれてありがとう~~~うぅぅ」
思わず嬉しくて涙がにじんだ。この年上で頼りがいのある女性は、ヒメに取り込まれなかった。それが私には心から嬉しくて。
「あらまあまあ、そんな泣かないでくださいまし。ちゃんと見ている人間もいるということです。医務室の者たちも、アニス様がいつも快く医務室のために労を惜しまず何でもしてくださって、とても良い方だとみんなが言っておりますよ。私たちはアニス様が何の理由も無く人に冷たくするような方ではないと知っております。まだ短い時間ですが、毎日一緒に働いて間近で見ていればだいたいわかるものですよ。ただ、そう思っていてもあの若い侍女たちのように大きな声で主張したりしないだけでございます」
「ライザ…………」
ああ、見てくれていた人が居た。わかってくれている人たちが居る。
それが本当に本当に……嬉しかった。
つい大きな声で主張する人達にばかりに気がいってしまうけれど、たしかに冷静に見てみれば、城全体の人数に比べれば私に直訴してきている人達はまだまだ少数派といえた。
ちょっとずつ増えてはいるけれどね。
でも私はこのライザの言葉で、私がこの城の中で自分が役割を持っていて、必要とされる場面があって、ちゃんと私の居場所としてたくさんの人に今は受け入れられているということを実感したのだった。
私の居場所。ここは私の居ていい場所。
この世界に来てからはずっと根無し草だった気がしていたけれど、ここには私の居場所と、そして期待されている役割がある。
実は仮の女主人だけれど、それでもその地位にいる間は全力で頑張ろう、ちゃんとまっとうしよう。みんなのために頑張ろう。
思わずそう決意を固めるくらいには嬉しかったのだった。
漫画や小説の不遇主人公だって、味方も出来るけれども最後まで敵方の人たちだっているではないか。
勝てば官軍というだけで、どちらもきっと自分の正義の為に行動しているのだ。
私は私の今の立場で、精一杯のことをしよう。
つまりは今はレクトールの無事を常に確認しつつ、ここの女主人としての仕事もこなし、そして聖女としての役目も果たす。
たしかにここに来た当初よりは、城の人たちとも今はお互いに理解が進んでいる感触はあった。最初はいかにも余所者だったけれど、今はここのファミリーとして、仲間として受け入れられてきた気がする。要は馴染んできたということなのだろう。
ヒメは私がここの女主人として、捕虜であるヒメの生活面つまり食事のメニューから侍女の手配までしているのを知っているのかしら。
侍女も私がやろうと思えば交代させることも出来るのだけれど、それでは交代させられた侍女からは不満が出るだろうし、新たな侍女がまた新たに彼女に取り込まれるだけではないかという結論になって変更はしていない。
全てライザと相談して決めていることで、決して意地悪や私怨でやっていることではない。
円滑な城の運営。そのための判断。
その合間に医務室で定期的なポーション作りと癒やしの魔術。まあ黒い煙をぺっぺと祓うだけなのだけれどね。だけれどそこに、ちょっとだけもったいぶったジェスチャーを入れるのは、まあ、営業努力です。魔術をかけてもらう方も、いかにも片手間な感じではきっと嫌だろうし。
もちろん「聖女」らしい微笑みと共に。
「まあ、それはお辛いでしょう。今治しますね」
はいにっこりー。
人の上に立つという事態が今までにはなかったことだから最初はどうすればいいのかがわからなかったけれど、幸いにもレクトールという、そういうことに慣れた人が身近にいたので私は彼からいろいろ学んだのだった。
つまりは彼のまねをして、プライベートと表向きのキャラを分けるのだ。そして表向きのキャラは周りの人のイメージどおりに、つまりは私の場合は噂にだけ聞く「聖女」らしく演じる。にこやかに、優雅で優しく、そして親切に! えーこほん、ちょっと無理があるところは、なけなしの愛嬌でカバーしています……。
そう、本当に、レクトールは良いお手本なのよ。
表向きはとてもキリリとして、テキパキ指示を出したり命令したりしてそれはそれはかっこいいのに、この私室に入った瞬間に思いっきりダレるのはどうしたことか。
顔つきまで変わるんですけれど!?
ねえ、ちょっとそれ、私に見せてもいいの?
呆れてそう聞いてみても。
「だって君は寝首を掻いたりしないだろう? それにこんな僕でも幻滅して怒っているようには見えないしね。ああいいねえ、こういうの……」
と、すっかり無防備な様子で笑顔が弛んでいるのだった。
ええまあ確かに寝首はね……むしろそういう事態から救うために私はここにいるのだから。
だけど別人のようにだらしなく首元をゆるめて、さらにだらしなく高価そうなソファで斜めになっているレクトール。
そんな姿をこの城にたくさんいる彼に憧れている若い女の子たちが見たら、確かに幻滅しそうではある。
私? 私は最初からそんなに彼に夢を見てはいなかったから……。
どうやら最初の一定期間、彼の身分を知らなかった上にロイヤルオーラというか、将軍様という畏怖のキラキラ洗脳もなかったからなのかしらね?
彼は最初から私にとって、普通に楽しく会話ができる同じ目線に居る若い男の人だった。見目がいいのに中身が若干残念な、でも一緒にいて楽しい仲間、くらいなものだったのだ。
最初から全てをわかった上でこの国で出会っていたら、もしかしたら「完璧で素敵な王子様」なイメージを持ったのかしら。
今となってはわからないわね。でも最初にそんなイメージが出来上がったら、たしかに今の姿は幻滅以外の何物でもなかったのかもしれない。
だけど、まあ彼も人間だったということですよ。人は誰でもゲップもするしおならもする。もちろんこんな風に疲れてソファでダレることもある。そういうことです。はい。
いいじゃないの、ゆるゆるの彼でも。人間味というのは大事よ。
むしろそんな状態でもかっこいいとか、もはや彼の持ちネタというか何か特殊な技術でもあるのかしら。
え? あばたもえくぼ? ロロ、ちょっとうるさいわよ?
まあそんなことを考えながらも、その首元を空けたシャツが絡まって首を絞めるようなことにはならないかを見張っている私は、ちゃんとお仕事も忘れてはいないけれど。
なにしろ私は彼と日々一緒に過ごすようになってから、ますます彼には死んで欲しくないと、長生きして幸せな人生を送って欲しいと思うようになったのだ。
だって彼は早死にしていい人では無い。
どうやら王子なのにずっと戦場に送られっぱなしで、しかも王妃様からは嫌がらせなのか本気なのかわからない暗殺を仕掛けられたりする人だけれど。でも彼は優しい人で周りから人望もあってちゃんと功績もあげて、ここで一生懸命に生きている。
私は彼に幸せになって欲しい。
その彼の死因。
ずっとそれが頭から離れない。
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