状況1

 もうね、我慢比べの様相ですよ。

 私は今日も自分に言い聞かせる。

 

 これはお芝居。白い結婚。ほーら何にも無いでしょう?

 そもそも完全に身の丈に合っていないから。

 今、私は仕事をしているの。

 

 もちろん彼にも念押しだ!


 ある日相変わらず無防備な姿で居間をうろうろしている彼に私は、改めて言ってみた。


「春になるまでは、なんとしてでも無事に生き延びてくださいね、レクトール。そして春になったら、できたら白い結婚で結婚無効を申し立ててください。私は生娘のままで未亡人にもバツイチにも出来たらなりたくはないのです」


 そう、白い結婚なら無効に出来るはず!

 そんな話を昔に本で読んだぞ!

 

 あ、でも原因についてあれこれ言われるのは嫌かもしれない? 男の人ってそういうところがデリケート? まあだったら普通に離婚でもいいけれど、できたら純潔は証明されたいところ。贅沢な望みだろうか。

 

 ……何ですかその超絶驚いた顔は。

 

 私が生娘なのがそんなに意外ですか? 悪かったわね。そんな機会はなかったの!

 地位もあって顔もいい人はこれだから。

 きっとモテない人の気持ちなんて考えたこともないんだろう。


 寄ってくるんじゃない。そして私に触ろうとするんじゃない。

 嬉しそうにするんじゃない!


 お願い、思わせぶりな態度はやめて。

 

 もう、どうして毎日水面下の戦いみたいになっているんだろう……。




 それでもさすがに最近城内での事故が多すぎだろうと思っていたら、どうやら件の事故の原因の人達が、漏れなく「催眠状態」だったとの報告が後日上がったのだった。


「催眠?」

 私は驚いた。


「そうです。そして催眠をかけた人間のことを本当に全く覚えていない。ということは、犯人もわからないということです」

 ジュバンス副将軍が苦々しい顔をして言う。


「僕が鑑定したから間違いない。高度で巧妙な催眠状態で全く自分が何をやったのかも覚えていないし、自覚も無い」

 最上級の「鑑定」スキルの人が言うのだから、私に疑う余地はない。


「でもかけた人は居るはずなんですが、私の眷属たちも何も見ていないと言っています」

 ガーウィンさんが、今日はカラスと鳩とインコを肩と頭に乗せて断言した。

 カラスがうんうんと首を縦に振っている。この会話がわかっているらしい? 賢いな。


「にゃー」

『一応言っておくけど、私も何にも見てないわよー』


「と、すると随分手の込んだやり方をとっているんだろうな。これ以上自覚も無いのに罪に問われる人間を増やしたくはないんだが」


 すでに馬車の管理とか植木鉢の管理とか刃傷沙汰なんかで何人もの人が責任をとっていた。多少は情状酌量ができても、無罪というわけにはいかないのだ。


 しかしこの「催眠」も誰かのスキルなのかな。影響力が半端ないな。

 

 ふと私はロスト教会のあったあの村の、雑貨屋さんのおばちゃんの嘆きを思い出したのだった。

「掃除スキル」しかない、と嘆いていたおばちゃん。

 掃除スキルは生活するのにはとっても便利で羨ましかったけれど、たしかにこういう大ごとにつながるようなスキルとは言いがたい。そしてこの世界では、そのスキルのレベルや内容でその人の評価がされやすい印象を最近は感じていた。

 でもあのおばちゃんの作った箒はすこぶる使い勝手が良くて魔術の効果も抜群で、すごく好きだったんだけどな。実は今でもこっそり欲しい。


「聖女アニス様?」

 突然副将軍に声をかけられた。


「はい?」

 思わず物思いにふけっていたから、ちょっとびっくりしてしまう。

 最近こういう時には傍観しているのに慣れてしまった感があって、よろしくないのかもしれない。


 私をいぶかしげに見た副将軍は、私の愛想笑いも無視して言った。

「何か良い方法はありませんか?」


「え? わたし?」

 

 この魔術のある世界に来てまだ半年経ったか経たないかの、魔術やスキルの知識なんて赤子同然の私に聞く?

 

 と思ったが、どうやらそこは「聖女」という肩書きがみんなにそれを忘れさせるらしい。

 一応表向きは突然スキルに目覚めたところをレクトールが見いだしたことにはなっているが、そんな他人の事情なんて普通は意識しないと思い出したりなんてしないもの。

 

 うーん。

 要は、催眠にかからなければいいのよね?


「催眠にかからないような魔術をかければいい?」

「そんな魔術を出来るんですか? あなたにはかけられると?」

 とっても疑わしげな目を副将軍から向けられたけれど。


 でも、他に何にも思い浮かばないんだもの。


「やったことはないけれど、やってみてもいいかなー、と? でも要は異常な状態の人を治す、または予防と考えれば、癒やしの一種とも言えるかもしれないし」

 

 あっ副将軍、今なんだこいつっていう顔をしたな!?

 あなたが聞いたから精一杯答えたんでしょーが。なんだか納得がいかないぞ。

 

 どうも最近、この副将軍には「まあ将軍の女の趣味にはつべこべ言うつもりはないが、『聖女』としての能力はそれほどでもねえな」とでも思われている気がするんだよね。

 まあ、私も考えてみればこの城ではちょっとした病人を治したり、傷を治したりくらいしかしていないからわからなくもないけれど。

 一体世の「聖女」は、どれだけのことを期待されているのだろうか。そしてナニが出来ることになっているんだろう?


「どうやるつもりだ?」

 副将軍と妻を交互に眺めて興味津々な顔の将軍が言う。


「そうねえ、前にやったみたいに石に込めて井戸にでも放り込めば、その水を飲む人には効くんじゃない? 催眠状態になって外から帰ってきても、水を飲めば解けるかも」

 

 なにしろ私には知識が無い上に、想像力もないときた。さっぱり最適解がわからないのだ。


「そんなまどろっこしい事をしなくても、聖女様なら城全体にかけられませんかね、その魔術。まあできないなら仕方ないですが」

 

 どうにも若干喧嘩腰な言い方だけど、でもアイデアはありがとうございます。なるほどね。


「まあ、やってみてもいいけれど、やったことはないし規模が大きくなるとどこまで効くか、期間や効果の予想がつかないのよね」

 やり方は……まあ想像がついた。

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