特別室8

 そう突然発言したのはさっきまで部屋の隅でゴロゴロ伸び伸びしていたロロだった。

 まあ今も態度は変わっていないけど。


「は? まさか王宮ではないでしょうね!?」

 私は焦った。

 それ、ヤバいやつでは? 


「んーにゃー」

『わからないけど態度が偉そうだからそれはあるかもー』


「一体何の用だ? 人か? 金か? それとも仕事か?」

 敵国の軍人たるレックが眉間にしわを寄せて言う。


「まあ、人じゃろうな。ここは貧乏だし、仕事なら他の所でもできるじゃろ。わざわざこんな辺境まで来るのなら、目的のものがここにしか無いんじゃろうて」

 神父様はそう言って、そしてこっちを見るということは、私が目的だろうと思っているな。


 うん、まあ可能性は高いと思う。レックは身元を隠しているし、オースティン神父はここでは何にもしていない。派手に名前が広まっているのは私だけだ。


 ちなみにサルタナ院長は黙って青くなっていた。


 まさかこれからという時に、私は捕まるわけにはいかないのに!


 しかし私が逃げ出すかどうかで悩んでいるというのに、レックがノンビリした声で言ったのだった。


「へえ? おもしろそうだな。王宮の使者なら会ってみたいな」


「いや、困るんですけど?」

 ちょっと、なにそんな興味あるーみたいな顔をしているんだよ。


「聖女を迎えに来たのかもしれないよ?」


「まさか! でももしそうだとしてもあっさり殺されるだけなんだよ! もう一回殺されかかっているの! 私が生きているとバレたら今度こそ確実に殺られるに決まってる。次はきっと誤魔化されてはくれない!」

 せっかくここまで来たのに! 頑張ってきたのに!


「ふうん……?」

 レックが私の様子を意外そうに見ているが。


 私はいざという時のためにロロを抱き上げた。

 もうダメだと思った時には、その偉そうな人とやらをロロに蹴散らしてもらおう。そして逃げるのだ。

 ああもうせっかく掴みかけたチャンスだったのに!

 

「にゃあ」

『あ、そうだ、ちょっと手を出してー』


 今度は私の焦りなど何処吹く風でロロが言った。なんだなんだ、ロロまでこんな時になんでそんなのんびり通常運転なんだ。

 もう、焦っているのは私だけなの!?


 そう思いながらも言われた通りに左手を差し出す。

 するとそこにロロがぽんと前足を置いたのだった。


「なあー」

『これ、私の主の印。これがあるといろいろ便利だから付けとくねー。めんどくさくてサボっていたけど、一応ねー』


 ふと見ると、ロロが前足を載せた私の左の掌に、一瞬ロロの肉球の形をしたものが光って、そして消えていった。

 なんだろう? 見えない肉球スタンプ?


「んーにゃーおう」

『これで多少は離れていても会話できるしー、私が見たものも見えるからー。サボらないで最初にやっておけばよかったねー』


 てへ、って、なにを呑気な。それ、最初にやっていたらこの状態をもう少し早く教えてもらえたということじゃないの?


 でもまあ便利そうだから助かるけど。


 どうやらロロの感覚は鋭いらしく、集中するとこの治療院の中にいる人達の動きがロロを通してざわざわと感じられた。そして自分の目で見る光景とは別に、ロロの視界も感じられる。


 私とオースティン神父が緊張した顔で、レックが目を輝かせ、そしてサルタナ院長が青い顔でおろおろしていた。

 サルタナ院長は、

「一体何が……」

 とブツブツ小声で言っている。


 まあ、その心配もわかるような気はする。彼は人生の全てをかけてこの治療院のために働いていたから。それなのに、王宮に目を付けられるというのはまず厄介なことであるに違いない。


 私は周りを蹴散らすようにこちらに向かってくる一団の動きをロロを通して感じながら、今までの穏やかな日常が終わりを迎えたのを感じていた。

 

 約束の、ポーションを作るカメに魔術を込めることも出来ないでここを去る予感がする。

 約束したのにな。


 仕方が無いのでちょっと考えて、この特別室の大きな高級そうな木製のベッドに近づいてから私はそのベッド全体に癒やしの魔術を込めたのだった。


 時間が無いから一気にね。木製だからカメよりは長持ちしないだろうけれど、それでもしばらくは使えるだろう。

 今まで作っていたポーションと同じくらいの量ができるように。同じくらいの効果が出るように。そんな種になるように。


 癒やせ。人々を治せ。すみやかに。

 なおーるなおーるー。


 一瞬ベッド全体が光って、消える。

 よし。


「サルタナ院長、このベッド全体に癒やしの魔術を込めました。今後はこのベッドに病人を寝かすなり、粉砕して水に浸けてポーションを作るなりしてください。私の置き土産にします。大変お世話になりました! あ、未払いのお給料はいつか受け取りに来たいので、取っておいてくださると嬉しいですう」


 私がそうサルタナ院長に言ったのと、その王宮の使者らしき人たちが、私たちのいる特別室のドアをやや乱暴にノックしたのはほぼ同時だった。

 応接室で大人しく待つ気は毛頭ないらしい。逃げる隙は与えないという意思を感じるよ。もう嫌な予感しかしない。


 

「失礼。サルタナ院長はいらっしゃいますか? こちらに治療師のアニス殿もいらっしゃると伺ったのですが。王宮から急ぎの用件があります。ぜひお話を」


 って、やっぱり私かー!

 しかも王宮がらみだ。ビンゴ。

「治療師のアニス」と言っているということは、やっぱりここでの噂が王宮にまで行ってしまったのか。

 逃げる? どうする?

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