特別室3
もしも彼がこの国の王宮関係者で私を捕まえようとするならば、即座に私はロロを連れて逃げよう。
お金は自室にまとめて置いてある。取りに行ける時間があるといいのだけれど。
私は緊張しながら彼の返答を待った。
「ふうん、亡命ねえ……」
レックが何が楽しいのか突然にやにやしはじめた。
「しかも出来たらこっそりと」
そんな緊張して言う私の様子を見て、レックは珍しく真面目な顔になって言ったのだった。
「わかった。協力しよう。君をファーグロウに連れて行く。私の患者を救えたその時には」
よし!
どうやら私は賭けに勝ったらしい。
金持ちの味方は心強い。
もし彼が私を騙してどこかへ誘拐しようとするのなら、その時はどうも強いらしいロロに暴れてもらおう。ロロがいれば、もしも危険が迫った時でもきっとなんとか逃げることが出来るだろう。
まさか「二、三十人」より多い人達が私のような小娘を囲むことはないよね。まさかね?
そして私たちは堅い握手を交わしたのだった。
話のわかる人で良かった。金持ちは心が広くて素敵。
私はまた一歩、目的に近づくことが出来たと思いたい。
隣国に私の評判が伝わっているといいな。そうしたら、隣国で「腕のいい治療師」として、なんなら「聖女」としての評判を作るのも楽になるだろう。
私の頭は未来に向かって動き始めた。
掴むぞ、平穏かつ安全な人生を!
獲得するぞ、安心して暮らせる身分と国籍を!
もちろんそのための約束はちゃんと果たしますよ。
私はレックに連れられて、「特別室」にほぼ初めて足を踏み入れた。
特別室。
それはお金持ちが使うところ。厳しい審査とたくさんの前金が必要なお部屋。
実は私もほとんど中を見たことが無かったので、思わずキョロキョロ見回してしまった。
おおー調度が高そうーベッドが快適そうー。
だけどその快適そうなベッドには、そんな高級なお部屋に似つかわしくない大男が寝ていたのだった。まだ若そうで、元々は筋肉の塊だったのかもしれないけれど、今はちょっとやつれている……?
そしてその特別室にはサルタナ院長とオースティン神父もいたのだった。
あら偉そうな人が勢ぞろい。さすが特別室。
「いやなんか楽しそうなことが始まりそうだと思ってな? どうせだからサルタナ殿も誘ったんじゃよ~ふぉっふぉっふぉ」
って、相変わらずの勘の良さを発揮する神父様だった。
なんなんだろうね、この人。これが「加護」スキルということなのか、それとも元々勘が異様に鋭いのか。
でも神父様は知っているから良いけれど、サルタナ院長の前で癒してもいいのだろうか。
そう思って神父様に聞いてみたら、あっさりと「いいんでないかい? 彼は信用できるし口は堅いよ?」と言われたのだった。
まあ神父様はサルタナ院長のことはとても信頼しているようだし、神父様がそう言うなら……まあいいか。
私はこの人生経験豊かな「加護」つきの人がうっかりでもドジを踏むところをまだ見たことが無かった。
それにさっき自分の部屋に寄って全財産を回収してロロも連れてきているから、最悪何か困ったことになったら全力で逃げることができるよ。
常に逃げ道は確保しておきたいところ。
そして。
「じゃあ、視ます」
私は久しぶりにスキルを使って直接人を診たのだった。
しかしやたらと大きな人だな、この人……。
「うーん、体中が傷だらけですね。あと……腰に腫瘍らしきものがあります。なんだろうこれ……塊……の一部が、全身に回って……うーん、癌みたいなやつかな?」
なにしろ私はこの世界に来る前から医者でも看護師でもなかったから詳しいことはわからない。だけど、その黒々と見える塊は結構大きくて、そしてタチが悪そうに視えたのだった。
今は私の作った特注の痛み止めのポーションが効いているらしくて眠っているようだけれど、多分これは痛そうで、そしてその痛みのためか腫瘍のためかはわからないが、全身から強い疲労感が感じられた。
「治せるか?」
レックが聞いた。
「やってみます」
治せれば隣国へ行ける。もちろん頑張ります。
私は視えたその黒い塊を心の手で鷲掴みにして力一杯ぶちっと取り出してぽいっと捨てた。
なんだか重そうだったので、心の手は両手を使って頑張って引っこ抜いた。
そしてその塊のあった場所の周りと薄く全身に感じられる黒い煙も丁寧に払っていったのだった。
うーん、やっぱり癌だったのかな。けっこうあちこちに小さな転移らしきものが感じられたので、それらも見つけた端からぶちぶち取っては払って消していく。
最後にひととおりチェックして、もう黒く感じられるところがないのを確認して、ついでに全身の傷やら歪みやらも治して疲労も綺麗に取り払っておいた。うん、サービスです。さすがにちょっと疲れたな。
「これでもう悪いところは無いと思います」
そして終了を宣言する。
寝ていた大男の顔色も心なしか良くなった気がする。
「おお! 本当に……? あの不治の病を……本当だとしたらなんと凄い……」
サルタナ院長が驚いていた。
オースティン神父はニコニコして頷いていた。
そして私をここへ連れてきたレックが嬉しそうに、
「ありがとう。恩に着る。こんなに早いとは想像以上だ。すばらしい!」
そう言って私の手を握って振った。
治せた安堵からちょっと気が抜けていた私はうっかり彼の美しい顔をまともに見て、くらっとしたのは内緒です。
「ああ、いえ……」
かっこいい人に褒められて嫌な気分の人はいない。絶対にいない。なにしろ私はまんまとちょっと嬉しかった。思わずはにかんでしまった私はきっと悪くない。
「さて」
だけど彼はすぐにベッドに寝ている大男の方を向いて言ったのだった。
「起きてもらおうか、ガレオン」
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