ガーランド治療院5

 でもそんな私の思いつきを聞いて、神父様は複雑なお顔で言った。

 

「アニス、それでその井戸は誰が管理するのかね? ほとんどの人は喜ぶだろうが、悪さをしようとする人間もいるじゃろ。たとえば独り占めしようとする人間がいたり、勝手に商売を始めたり、君が作った石を盗ろうとしたり、中には喧嘩を始める人間もいるかもしれない。愉快犯で毒を入れようとする人間もいるかもしれんよ? この治療院の敷地の中でそういうことがあると困るんじゃよ。そういうのを防ぐにはルールや監視が必要になる。そんな井戸が二つに増えるのはのう……」


「えぇ……ちょーっと頭痛や肩こりをとって元気になるくらいの効能しかないのに、まさかそんな事態に……?」


「なるんじゃよ。君からしたらほんのちょっとした魔術だと思っているかもしれんがの。でも汲み放題の肩こり薬とか頭痛薬なんて普通はないじゃろ? ただ元気になるというだけで、金を出してでも欲しいという人は山ほどいるんじゃよ? そして人というものは時にはそれを争ってでも手に入れようとする」


「はいたしかに……すみませんでした」


 その時、サルタナ院長が若干虚ろな目をして言い出した。

 

「いや、でも外にもその井戸を作るのはいいかもしれないぞ。もうとりあえずこの治療院に人が押し寄せなければそれでいいんじゃないかな? その新しい井戸をこの治療院の敷地の外にすればいい。そしてそこで窃盗があろうが商売する人間がいようがうちには関係なければもういいかなー」


 って、院長、もう疲れ果てていろいろ投げやりになっている感じですね。

 どうやら私が思いつきでうっかりやってしまったことでとても迷惑をかけてしまったらしい。申し訳ない。


「ふむ、まあそうじゃな……では、近くの村にでも行って交渉してみるかの。村人達が自由にその水を使う代わりに管理もしてくれればここから手が離れるじゃろ。ついでにここに来る病人も減るかもしれんよ? ふぉっふぉっふぉ。」


 そうして話が決まったのだった。交渉の上手い神父様が行ってくれれば、きっとどこかの村が引き受けてくれるのではないか。


 普段作っているポーションよりかは随分効能の弱いものだからどうせわからないだろうと思っていたのだけれども、どうやら自覚が足りなかったらしい。

 私は半ば放心状態で、また魔術と相性の良さそうな石を探しに庭に出たのだった。



 結局私はその後、同じ効能の石を三つ作ることになった。

 ぜひ欲しいという村が三つあったことと、複数箇所あった方が不当に高く売られたり、戦争で争奪戦になったりしにくいだろうという神父様の配慮もあったようだった。


「だからアニス、石は三つよろしくね~」

 ととっても軽ーく頼まれました。まあ作るけど。


 自分の蒔いた種は自分で刈り取らねばならない。もうこれ以上のトラブルなんて嫌なので、私は慎重に効果が全く同じくらいの石をぴったり三つ作ったのだった。なんだかお陰でスキルの調整のレベルも上がった気がするぞ。


 で、その結果。


 「ガーランド治療院にはとてつもない魔力の治療師がいる」という噂があっという間に広まったのだった。それこそその井戸水に乗っかって、水と一緒に各地に運ばれていったのだ。

 うん、考えてみればそうなるよねー……。



 でも、ますますポーションの依頼が増えてもう手一杯だったので、出来たらポーションではなく石で欲しいという依頼が来るようになっても、それはサルタナ院長を通して断ってもらっていた。

 

 私は学んだ。治癒魔術の石は、危険だ。使っても無くならないって怖い。

 肩こりや頭痛やちょっとしたドリンク剤程度の効能でもあの騒ぎなのだ。

 これで傷が治ったり病気が治ったりする石なんて作ったら、それこそこの前の騒ぎどころではなくなってしまうだろう。

 

 しかもその石を巡って所有権争いだの窃盗だの詐欺だのの犯罪が、どうやら考えられるそうなのだ。その結果、最悪製造元である私の責任問題に発展してしまったら、私は当初の目的どころではなくなってしまう。そんな事態は出来るだけ避けたい。

 だから、私の知らない場所まで行ってしまうような石は怖くて作れなかった。

 せめて、誰が持っているのかくらいは把握できないとね。

 

 それにいざとういうその時に、私ではなくその石が隣国へ運ばれてしまう可能性も考えてしまう。

 でもあんな微力な石ではなく、私自身が運ばれた方が確実なのだ。それは誰にもわからないことだけれど。


 そして石にも治癒魔術を込められる治療師としての名声が高まってしまい、私には一抹の不安が湧きはじめていた。

 

 この治癒魔術の石の話がこの周辺だけだったら嬉しいが、もし王宮にまで伝わってしまったら、調査なりなんなりされてしまうのではないか。

 世にも珍しい、普通の治療師では作れないであろう「治癒魔術の石」。


 石への魔術の込め辛さを考えるに、すでに「聖女」お手製のもの以外では前例の無いほど優秀だと言われている今の私のポーションを、全力を出さないと作れないレベルの人にはきっと石に込めるのは無理だと思う。たとえ作れるとしてもきっととてつもない時間がかかるだろう。

 

 だから石の依頼があるだけならまだいいけれど、その治癒の魔術が込められた石の存在に王宮が興味を持ったり、その作成者に興味を持ったらどうなるか。

 たとえ私だとバレてなくても王宮に来て石を作れとか、珍しいから会ってみたいとか言われたら、どうする。


 のこのこ行ってしまってこの顔を見られた瞬間に、ヒメやかつての私と会ったことのある王宮の人たちには私が生きているのが即バレだ。


 絶対に行ってはいけない。

 王宮に行くくらいなら、逃亡したほうが「生き延びる」というその一点でずっとましだった。


 王子とその婚約者であるヒメも、そろそろ外遊から帰ってくる頃ではないだろうか。

 一応新聞は常に確認しているけれど、あまり詳しいことは書いていなかった。


 一応この治療院は住み込みなのでお給料はあまり使っていないし、それにここまで旅をしている時に稼いだお金もある程度ある。きっといきなりここから逃亡してもしばらくは生きていけるだろう。

 

 でも、そうなると突然全てを放り出して私は姿を消すことになる。今や私の作るポーションありきで回っているここの業務が滞るかもしれない。でも私はここの人達にそんな迷惑をかけるようなことは出来るだけしたくなかった。

 せっかく知り合いもできて居心地良く暮らしているのに。

 

 親しい友達はつくれなかったけれど。なぜならもし親しい友人をつくってしまったら、私を追う王宮の人達が将来どういう扱いをするかわからなかったから。


 でも挨拶を交わしたり、一緒にご飯を食べるときなどには世間話をしたりして和やかな時間を一緒に過ごす程度には、親しくなった人達がここにはたくさんいるのだ。

 このまま平和に、平穏に、治療院の一員として働いていたい。その時が来るまでは。


 だけど……。


 まんまと捕まって殺されるのも嫌だ。

 自分は追われている。その意識は常に私の脳裏に居座っている。


 私は少し考えた後、私が作っていたポーションを私がいなくなってもしばらくの間は作れるように、それぞれの魔術を込めた板片を作ってサルタナ院長にこっそり託すことにした。板には効能も書いてわかりやすくなっている。今度は石ではなく木の板にしたので、水に浸けてポーションを作るうちに劣化して、いつかは壊れてしまうだろう。

 

 サルタナ院長がはじめ私にその板片を見せられた時はとても驚いて、親切にも「どうして」と聞いてくださったけれど、どこまで話せばいいのかはまだ私にはわからなかったからちょっとだけ、ぼかして伝えることしか出来なかった。つまり。


「実は私を追っている人間がいて、捕まりたくない。その時は逃げる」


 という事情だけ。

 決して犯罪者ではないのだけれど、私を捕らえたいと思っている人がいるから、と。


 するとサルタナ院長は同情の表情をして、

「なるほど、確かにその能力を独り占めしたい人はたくさんいるでしょうね」


 と言って板片を受け取り、厳重に管理することを約束してくれたのだった。

 

 これで私が突然逃げて行方をくらましても、しばらくはこの治療院の業務は回るだろう。

 きっと何人かの、ポーションを作れる治療師を雇うまでのつなぎにくらいはなるはずだ。

 


 常に気をつけなければいけない。

 突然捕縛とか、絶対にごめんなのだ。

 絶対に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る