ロスト村3
「おばちゃん、それほんと? ただの噂じゃなくて? 王族が素性のわからない、貴族でもない人と結婚ってできるものなの?」
思わず雑貨屋さんのおばちゃんに聞き直してしまう。
しかし噂好きのおばちゃんは何でも知っていた。
「いや本当みたいだよ? 今日の新聞にも『王子と聖女の結婚について』っていう告知が出ていたからね。結婚式は先みたいだけど、もう婚約したみたいだねえ。それで新聞で告知なんだよ。どうやら王子が聖女にぞっこんで、早く結婚したいみたいだねえ? もちろん王都にいる親戚にも通信石で聞いて確認したさ。どうやらあっちではこの話は前からあったみたいだね」
自ら情報通を自負するおばちゃん、さすが裏を取るのを忘れない。
「ぞっこん……」
「よっぽどその聖女様が美人さんなのかねえ? まあ貴重な聖女様だしね。私もこんな整理整頓の魔術じゃなくて派手に癒やしの魔術が使える聖女だったら、王宮でのんびり暮らせたのにねえ! ははは~」
「いやおばちゃんのその整理整頓の魔術が込められたハタキ、すっごい便利だから! とっても助かっているから! ちょっとパタパタするだけでなんでもかんでも綺麗に整うの凄いから!」
そう! 魔術万歳! おばちゃんの作ったハタキ、私は只今絶賛愛用中です。いやあいい世の中だ。
思わずおばちゃんに感謝する実は掃除苦手な私だった。
とはいえ。
美人さんねえ……。
いやどちらかというと美人と言うよりは、あざと可愛い感じの顔だと思うんだけど……。
ぞっこん。ああそうね、ぞっこんね。うん、そうとも言う?
……まあいいや。
盲目的に崇拝されて、なんでも言いなりの人たちを侍らせて、ヒメもさぞや満足でしょう。
貧乏だから買えないけれど、親切なおばちゃんが親切にも売り物の新聞の、そこの部分だけ読ませてくれた。
なるほど正式な婚約は明日。そして婚約したら、二人は国際親善という名の旅行に行く……んですって!? 戦争をしていない同盟国に、へえ、一ヶ月も?
へえ?
まあ、是非行ってらっしゃい。
一ヶ月国を空けるのね?
ぜひ! 行ってらっしゃい! 楽しんで!
好機は突然来たのだと私はその時に悟ったのだった。
このタイミングを逃してはいけない。時は来たれり。
私の天敵が国を空けるぞ!
そして私はすぐさま行動に移すことにしたのだった。
私は早速教会へ帰って、オースティン神父が一人でいるのを確認した。
そして私は単刀直入に、話があると切り出したのだった。
神父様が私の珍しく? 真剣な顔を見て、普段お仕事で使っているお部屋に招き入れてくれる。
そして私はそこで少し緊張しながら、神父様の様子を窺いつつ、でも思い切って真実を伝えたのだった。
「実は今まで隠していましたが、私は癒やしの魔術が使えるのです」
と。
オースティン神父は最初ぽかんとしていたけれど、私の話を聞いてくれた。さすが年の功、いろいろな経験をしているのだろう。彼は私を頭から嘘つき呼ばわりすることはなかった。
「話しなさい」
それだけ言って、あとは静かに聞いてくれたのだった。
私にはそれがありがたかった。
なにしろ過去に、とっても痛い目に遭っているからね。
私は少しほっとして、大体のここに来るまでの経緯を簡単に説明した。
突然連れて来られたこと、一緒についてきた人が聖女に立候補したこと、結果私は無能扱いで、癒やしの魔術が使えたと言ったら追放されたこと、そして最後には暗殺されかけたこと。
中途半端に隠すときっと不自然になるから、ざっと嘘偽り無く、でもちょっとはしょって説明する。
私が知ってほしいのは、私が「癒やしの魔術」を使えること、そしてそれを王宮には知られたくないということ。その二つだから。
そして私の能力を証明する。
「たとえば神父様、今あなたは右肩と、左腕、そして腰が痛いと思います。義足の方の足をかばって、体のバランスが崩れているのです。ちょっと失礼」
そう言って、私はオースティン神父の体に手をかざした。
もちろんそんなことをしなくても治すことは出来るのだけれど、こういうときは儀式的なものが有った方が説得力があるだろうと思ってわざとやってみた。
肩、腕、腰、それぞれ今や前のようにただの違和感ではなく、黒く燃えているように視えるところを心の手を使って順番に消していく。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
ええ、ちぎって投げるだけですけどね。はいポイポイ。
「おお……?」
オースティン神父が思わずという風に声を出した。
「あれ? 神父様……実は目も悪いですね? 治します。って、よく見たら、胃の方も少し荒れているじゃあないですか」
ついでによくよく視てみたら細かな不調が見て取れたので、もう売れる恩は全部売る勢いで見つけた端から治していった。
この能力を信じてもらうには、疑いようがないほどの効果を見せるのがいいだろう。そう思って。
最後に私はつい勢いに任せて、足の方にも目を向けてみた。すると初めてそこに、無いはずの足がぼんやり陰として視えたのだった。
これは、もしや……。
私は無言でオースティン神父の、かつて失った足に手をかざした。
集中する。この陰が実体化すればいいのだと、私はいつの間にかに知っていた。
するとやがて着けていた義足がポロリと外れて、そしてしばらくの後にオースティン神父の無かったはずの足は、まばゆい光とともに復活したのだった。
復活した! 出来た!
私は驚きと喜びで興奮しながら神父さまの顔を振り返った。
神父様は、それはそれはこぼれんばかりに目を剥いて、自分の足をじっと見つめて驚いていたのだった。
「おお……なんということだ。ありがとうアニス。久しぶりに若返った気分だし、それに……何十年ぶりかで自分の足に再会したよ。こんなことがあるものなのか……!」
震える声でそう言ったあと、オースティン神父は恐る恐るといった感じで立ち上がり、そしてゆっくりと部屋の中を歩き始めたのだった。
「なんと、本当に自分の足じゃ。こんなことが起こるなんて」
「これで信じていただけたでしょうか」
「これは信じないわけにはいかないな。これは奇跡じゃ……」
「多分この能力のせいで、私は追われています。しかし私はこのままこの能力を隠すことはしたくありません。この能力をうまく生かせるように、協力してはいただけませんか」
私は単刀直入にお願いをしたのだった。
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