第58話 動揺
被告人席に座らされているマキは、唖然とした表情で不敵な笑みを浮かべる青年を見つめていた。
第二皇子暗殺に失敗し、目の前の男——鷹司冬至に捕らえられてからは、暗く冷たい監獄で処刑の時を待つだけだった。
不思議と計画を遂行出来なかったことに対する後ろめたさは無く、寧ろ皇帝の後継を亡き者にするなどという取り返しのつかないことをせずに済んだという安堵の気持ちの方が大きかった。
収監された後、一度だけ烏丸が取調べと称してマキの元を訪れた。その際に自らの死を持って計画が完遂すると告げられ、マキは自身の運命を受け入れる。
皇子暗殺未遂の現行犯で捕まってしまったのが運の尽きだった。罪を逃れることは不可能なのだから、一人残される妹の面倒を見てくれると言う主人に報いる死に方をしよう。
思っていたよりも大分早く断罪の日がやって来たが、既に決まっている覚悟が揺らぐことは無い。感情を殺し、訪れる運命を受け入れるだけだと思っていたのだが……。
「!!! マキ兄!!!」
妹の悲痛な叫び声を聞いた時、幻聴が聞こえてしまう程自分は死を恐れていたのかと己の心の弱さを嘲笑った。
許されない罪を重ねてしまったが、最後ぐらいは堂々と前を向いていようと思い直して顔をあげると、泣きそうな表情でこちらを見つめる、幻覚にしては嫌にリアルな妹の姿が目に飛び込んできて大いに動揺してしまった。
何故、このやんごとなき場所に妹が立っているのか……? マイカが俺と亜須真様の関係を知っている……??
妹の口から語られた信じ難い事実に、瞼と口がどんどん開かれていくのが分かった。まさか、そんな……妹には何も知らずに幸せになって貰いたかったのに……。
マイカの証言を聞いて既に真っ白になっていた頭が、紫苑と共に中庭に現れた黒羽家の当主を見て、更に殴られたように衝撃を受けた。
な、何故吉嗣様が……? “彼奴も念のために消しておけ”という亜須真様の命を受けてあの時確かに……
いや、そうだ……。彼については唯一直接とどめを刺してはいなかった。盗賊を装って始末しようと、黒羽の馬車を襲っていたところ、逃げる馬車がバランスを崩し、崖下に落ちてしまったのだ。
どう考えても助からない高さだった為、無惨に散らばる残骸を見届けてその場を後にしたのだが……あの状況で奇跡的に助かったのだろうか??
烏丸が青筋を立てながら、憎しみの籠った眼差しでこちらを睨んでくる。
黒羽が証言台に立ち、恨みを晴らすかのように烏丸の悪事語り出した後はもう、お互いに非難の応酬で……冷静さを失った烏丸は親衛隊にカマをかけられ、まんまと口を滑らせてしまった。
あれが自分が作らせた爆薬で無いことなど、ちゃんと管理していれば分かるのに……。
自身の手を汚したくないからと、何でも人に命じてやらせていたことが仇となったようだ。豊穣祭で使用した爆薬は確かに従来品よりも少量で威力が出るように改良されていたが、それでも懐に収まるような大きさではなかった。自邸で爆薬を保管しているが、烏丸本人は実物を見たことがなかったのだろう。
「……あぁ、そうだ。全ての証言を確認し終えたので、烏丸殿の要望通り被告人尋問を行いましょうか。今ならきっと、彼も真実を話してくれるでしょうから」
そう言って烏丸から逸らされた榛色の瞳がこちらを見据える。
マイカを盾に取られていたこともお見通しという訳か……。
こうなった今、誰に忖度すべきかなど考えるまでもないだろう。マキにとってはこれまで受けた恩よりも、妹の
近衛兵に担がれながら証言台に立ったマキは、俯くことなく前を見据えながら、何もかもを洗いざらい正直に語ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます