第47話 速達の任務(8)




「こんな抜け道があったなんて、全然知らなかった……」




 四つん這いの状態で這うように通路を進みながら源太が呟く。その言葉を背中に聴きながら、紬は必死に手足を動かし前方で揺れる尻尾を追いかけていた。



 

 寸刻前——。

 鷲尾家の番犬にローブを引かれるままに歩みを進めると、庭園から少し離れた場所に建てられている石碑の前で足が止まった。


 この場所に連れて来られた意図が分からず、源太と共にキョロキョロと視線を彷徨わせていると、番犬が辺りを警戒するように見回し、フンフンと臭いを嗅ぐ。


 おそらく近くに衛兵がいないことを確認していたのだろう。念入りに周囲を確認し終わると、番犬は伏せの体勢になりコテンと石碑へ体を預けた。


 そのままグッと体重をかけると、石碑の土台がズルズルと動き、裏側から紬が四つ足をついてやっと通れそうな幅の通路が現れたのだ。




 ……す、凄い! 高貴なお屋敷には本当にこういうのがあるんだ……!!




 隠し通路の登場に密かに興奮していると、番犬が急かすように再びグイッとローブを引っ張る。慌てて身体を屈め、その後を追いかけると最後尾の源太が滑り込んだタイミングで扉が閉ざされた。どうやら時間が経つと自動で戻る仕組みになっているらしい。




「すげぇ〜〜! どういう仕掛けなんだろう?」




 発明家の血が騒ぐのか、興味深そうに扉の仕掛けをまじまじと観察する源太を急かし、暗い通路を進む。小柄な紬や源太でなければきっと通れなかったであろう狭い道はあまり使われていないのか少々埃っぽかった。




「コイツ、いつも神出鬼没だと思ってたけど、抜け道これを使ってたんだな……」




 隠し通路の道中には複数の分岐があり、あの石碑以外にも隠し扉があるのだろうと想像できた。源太の恨めしそうな声に番犬がワンッ! と反応する。目の前でブンブンと激しく尻尾が振られ、前を行く番犬がこの状況を楽しんでいる様子が伝わってきた。





*****





「ぷは〜〜……やっと出口だ……」




 狭く息苦しい空間から抜け出すと、そこは炊事場に繋がる貯蔵庫だった。四方を壁に囲まれた圧迫感から解放され、源太が大きく伸びをする。


 思いの外大きく響いた声に驚き、紬はシーッと唇に人差し指を当てた。声の主は片目を瞑り「ごめん、ごめん」と仕草だけで謝罪する。


 恐る恐る周囲の様子を窺うが、かなり夜が更けていることもあり、非常灯の明かりがほんのりと灯されているだけで人気は無い。紬はホッと安堵の溜息を吐くと「ありがとう」と呟いて番犬の背中を撫でた。




 無事に鷲尾邸に忍び込むことに成功した二人は物音を立てないよう、注意深く廊下を進む。


 屋敷内はかなり広く複雑な造りをしていたが、優秀な番犬先導のお陰で見張りに遭遇することもなく、一行はタエ婆の私室へと辿り着いた。




「……すごい今更ですけど、こんな夜中に来られても迷惑ですよね……」




 一際豪勢な装飾が施された扉を見上げ、紬が不安そうに声をあげる。本来なら屋敷の入口で執事を呼んで取り次いでもらうべきなのだが、想定外の状況が重なり寝込みを突撃するような状況になってしまった。




 公爵家の方にこの訪問の仕方は……流石に不敬過ぎるのでは……? いやでも、緊急事態だし……。




「緊急なんだし、しょうがないんじゃね? ここまで来て帰る訳にもいかないでしょ?」




 扉の前で逡巡する紬に源太が悪びれる様子もなく告げる。まぁ……そうだ、どのみちこのまま帰る訳にはいかない。御前会議が開かれる前に一刻も早くこの書簡を渡さなければいけない……。




 ……えぇい! お叱りは謹んで受けよう!




 不敬だと咎められたら誠心誠意謝罪しよう。そう腹を決めた紬が扉をノックをしようと拳を掲げた瞬間——。




「……何の用じゃ?」




 ギイィィィィと扉が開き、隙間から老婆の顔が現れた。揺らめく蝋燭の火に顔の中央部だけが妖しく照らされ、不自然に浮かび上がっている。


 今思い返すと寝巻き姿のタエ婆以外の何者でもないのだが……。不意をつかれた紬は源太と共に大きな悲鳴をあげてしまった。


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