第20話 出勤初日(1)

 今回給仕派遣の依頼があったヤマト商会傘下の喫茶店には、帝都人材紹介所から紬と忍を含めて4名の人材が派遣されることになっている。


 10日間4人は同じシフトでの勤務になる為、出勤前に一度紹介所に集まって簡単な顔合わせが行われることになった。


 


「あら! 紬、久しぶりね。そうして見るとちゃんと女の子に見えるじゃない!」




 流華に連れられ、会議室に現れた少女が驚いたような声をあげる。胸まで伸びた柔らかそうなウェーブがかった焦茶色の髪に、少々釣り上がった目元が印象的な、猫のような雰囲気を纏う少女が嬉しそうに紬の元へ駆け寄ってくる。



 少女の名前はマイカといい、過去に家政部門の補助で仕事を請け負った際に、何度か一緒に働いたことがあった。紬と同じ平民で歳も一つ上と近いことから、仕事をこなす内に自然と仲良くなった。


 初めての仕事に少し不安を感じていたが、マイカも一緒に勤務すると分かり、安心感から紬の表情が綻んでいく。




「こちらは私の兄でマキと言います。兄は給仕兼用心棒として今回一緒に派遣されることになりました」



 マイカの後ろに控えていた青年が紹介を受けて軽く頭を下げる。妹と同じ焦茶色の髪を持ち、切長の眼から少し冷たい印象を受ける寡黙そうな青年は、キャバレーの黒服のような制服に身を包み、流華の隣で静かに佇んでいた。



 忍と共に簡単な自己紹介を終え、流華から告げられる契約内容を確認する。「詳しい仕事内容は依頼主から説明を受けてね」という流華の言葉に頷いて、4人は辻馬車に乗り込んだ。




 豊穣祭需要で混雑している大通りを抜け、馬車は高級商店が立ち並ぶエリアに到着した。流石は勢いのあるヤマト商会だ。今回勤務する「喫茶 明星みょうじょう」も一等地に店舗が構えられている。紬は喫茶店と呼ぶには大分豪華な外観を見て少々気後れしてしまったが、意を決して建物へと足を踏み入れた。




「「「いらっしゃいませ」」」




 紬達と同じ給仕服を纏った少女や黒服姿の青年達が入口に向かってずらりと整列し、一行を迎える。店内には高級そうな家具や調度品が揃えられており、とても軽食を楽しむ場所には見えなかった。




「帝都人材紹介所から派遣されて参りました。……が、お店の場所を間違えてしまったかもしれません」




 忍が困惑したように口を開く。御者には確かに住所を伝えた筈なのだが……ここは喫茶店というよりもラウンジやクラブと言われた方がしっくりくる。本当に場所を間違えたのかもしれない。


 一行が内装や従業員の対応に圧倒されていると、店の奥から高級そうなモーニングコートを身に付けた男性と黒服姿の若い男が颯爽と現れ、戸惑う紬達の前で立ち止まると、並んで腰を折り深々と頭を下げた。




「帝国人材紹介所の皆様、ようこそお越し下さいました。この繁忙期にお力添えを頂けるとのこと、誠に感謝申し上げます。


 私はヤマト商会本店の責任者を勤めている斑目まだらめと申します。こちらはこの店の責任者のわたりです。今後店で困り事がございましたら彼にお申し付けください」



 斑目の線のように細い目がにっこりと弧を描く。笑みは称えられているが、何を考えているか分からない表情にどこか薄ら寒いものを感じて、紬は思わずごくりと喉を鳴らした。


 渡と呼ばれた若い男は再び丁寧な礼をした後に「よろしく〜」と気怠げに挨拶する。




「あの……私達は短い間ですが、従業員として雇われています。このような対応をして頂く必要はありません」




 困惑したまま告げる忍に、斑目がにっこりと微笑みかけた。




「勿論、皆様には10日間こちらの店舗で従業員として働いて頂きます。ただ、当店の求める接客レベルは他店と比べて少々高い故……まずはそれを体感してもらう為にこうしてお迎えさせて頂いているのです」




 成る程、これも業務説明の一貫なのか。一行は斑目の言葉に納得し、真剣な表情で頷く。




「仕事内容は難しいものではございません。女性の皆様にはこの店の給仕として、基本的には注文をとったり、商品を運んだりするお仕事をお任せします。


 ただ当店は他の喫茶店とは違い、お客様に有意義な時間を過ごして頂く為の社交を重視しております。故に、場合によってはお客様の席について会話に加わって頂くことがございます。


 男性の貴方にはお客様ご案内役をお願いします。お客様のお迎えやお見送りが主な仕事ですが、ごく稀にサービスに満足頂けず暴力を振るわれる方がいらっしゃいますので、そういった場合の対処もお願いします」




 淡々と説明される仕事内容を聞きながら、なんだか思っていた仕事と違うなと違和感を覚えたが、皆に合わせて紬も首を縦に振る。


 そして「詳しい説明は控え室で……」と告げる渡の後に続いて、煌びやかな店内へ歩みを進めたのだった。

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