第84話「独占は無理」

「――根本さんは、葉桜君に対して態度が違うのは幼馴染みだからですか?」


 乗り換えの駅に着き、次の電車まで時間があるからということでお手洗いを済ませようとなった陽たちが、陽だけが離れた際に真凛が佳純に対して質問をした。


 思わぬタイミングと切り出しに凪沙は驚いて真凛を見つめる。

 しかし、その隣を歩いていた佳純はつまらなさそうに真凛を見つめた。


「幼馴染みなんて関係性になんの意味があるの?」

「えっ……?」


 それは思わぬ切り返し。

 予想外の言葉に真凛は戸惑いながら佳純を見つめた。


「別に、相手がただの幼馴染みだったら特に仲良くなっていなかったわよ。私、幼い頃から知ってるとかそういうの気にしないし」


 実は佳純と陽には、幼い頃から中学まで一緒だった幼馴染み的存在は結構いるのだ。

 しかし、佳純は陽以外とは話すことさえろくにしなかった。

 さすがに幼い頃は違ったが、小学校の高学年に上がった頃にはもう陽としか一緒にいなかったのだ。


「私にとって陽が特別なのは、幼馴染みだからじゃないから。陽という人間が好きだからよ」


 佳純はまっすぐに真凛を見つめ、自身の気持ちを打ち明けた。

 真凛は佳純の雰囲気に気圧され、何も言えずに見つめ返してしまう。


「秋実さん前に私に言ったわよね、人を見る目には自信があるって」

「あっ、はい……」

「それ、あながち間違っていないと思うわ。秋実さんは人がいいから悪い奴に騙されるけど――」

「うっ……」

「でも、相手の良さを見抜く目も持ってるんだと思う。普通、陽の良さってわからないはずだから」


 佳純は何が言いたいんだろう、という思いを抱えながら真凛は佳純を見つめる。

 逆に、凪沙は納得がいくように頷いていた。

 凪沙も、陽のことを買っている数少ない人間の一人だからだ。


「あの、根本さんはお知りにならないのかもしれませんが……私、傷ついていた時に支えて頂いていたので……」

「だからいい人だと思った? 違うでしょ、あなたに優しくする人間なんて数多くいたはずよ。陽がアイドルみたいに特別イケメンというのならまた違うでしょうけど、そういうわけでもない。なのに、なんで陽にだけ心を許したの?」


 佳純は周りに興味がなさそうに見えて、実はよく見ている。

 それは、陽に近寄る泥棒猫を警戒しているからだ。

 そして真凛は、一年生の頃から最要注意人物だった。

 だから、真凛の感情の変化はよく知っている。


「それは……わかりません……」


 佳純の質問に対して、真凛は答えを出せなかった。

 というのも、陽と一緒にいるのは不思議と心地いいと思っており、それがなぜなのかまでは自身の中で答えが出ていないのだ。

 甘やかされるのは嬉しいけれど、それは佳純が聞いている事の先にあることなのでまた違う。

 だから、答えることは出来ない。


「なんとなくわかっているからよ、陽が他の男子と違うってことを。陽と一緒にいるの、心地いいでしょ?」

「……はい」


 コクリと頷くしかできない真凛。

 そんな真凛を見て凪沙は内心ヒヤヒヤだった。


(う~ん、どうしよう。佳純ちゃん喧嘩を売ってるわけじゃないけど、なんか確かめようとしているな……。うぅ……ここにいると胃が痛い……。折角いい雰囲気になりそうだったのに、陽君いないとやっぱだめだなぁ……)


 いっそのこと陽をこの場に引きずってくるか、という考えが頭を過る凪沙だが、そうなると後が怖いのでグッと我慢をした。


「そうでしょうね。でも、だから怖い」

「何が、ですか……?」

「あなたが見て知っているのは、陽の良さのほんの一部でしかない。それなのにそんなに懐かれてたら、陽の良さを全て知った時のあなたが陽を独り占めしそうで怖い」

「な、懐くってそんな……!」

「今更否定しても遅いと思うけど? ねぇ、凪沙?」

「へ? あ、あぁ、まぁ、ね」


(こっちに話を振るなよ……!)


 そう思いながら凪沙は頷いた。

 それにより真凛はカァーッと顔を赤くして俯いてしまう。


「べ、別に、そういうのではないですし……。それに、独り占めとかもしませんよ……」

「よく言うわね、今でさえ私が陽といちゃついてるだけで嫉妬の目を向けてきてるのに」

「…………」


(や、やばい、段々佳純ちゃんの言葉が鋭くなってきてる。この子、ほんと陽君のことになるとすぐに熱くなるな……。怒った真凛ちゃん相手に涙目になってたくせに、なんでまた険悪な空気にするんだよ……)


「佳純ちゃんストップ。それ以上やるなら陽君に言いつけるよ?」

「……別に、喧嘩とかしてるわけじゃないし」


「しそうだったでしょ? いい加減にしなよ、陽君は佳純ちゃんと真凛ちゃんが仲良くすることを望んでいるんだよ?」

「だからあなたの提案に乗ってあげたじゃない」

「いや、あれはただ単に陽君に甘やかしてもらえるから呑んだだけでしょ?」


「……いちいちうるさい女」

「こら、逃げるな。それに、例え真凛ちゃんが陽君を独占しようとしたとしても、それが無理だってことはわかってるよね?」


 陽にとって佳純はとても大切な位置づけにある。

 そして過去に一度傷つけてしまった以上、もう陽は佳純を傷つけることを絶対にすることができない。


 それが例えどんなことがあろうとも、だ。


 そのことに、陽のことをよく理解している佳純と凪沙は気が付いていた。

 だからこそ、佳純が真凛に突っかかることは不毛でしかないと凪沙は思っている。


「でも、それはまた逆も然りだ」


 佳純は、真凛を大きく傷つけてしまった。

 そのことを陽は重く受け止めているだけでなく、真凛の気持ちを立ち直らせるために約束をしてしまっている。

 だから真凛が陽を求める以上、その手を払うことは陽にはできないのだ。


「君たちはもう、どちらかが陽君を独占することは無理だと僕は思ってるよ。だから、いい加減ちゃんと仲良くしなよ」

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