第79話「また負けるよ?」
「いいの? 佳純ちゃんがしてもらったことをしてもらえるってことは、さっきの頭なでなでなんて比にならないことをしてもらえるよ?」
凪沙は真凛の表情を観察しながら、彼女の気持ちが揺らぐ言葉を選ぶ。
しかし、真凛はブンブンと首を横に振った。
「わ、私は別に、そんなことは望んでいませんので……!」
「膝枕とか、膝に座らせてもらえるかもしれないよ?」
「――っ!?」
必死に凪沙の言葉に対抗しようとした真凛だが、具体的にしてもらえることを並べられると思わず反応してしまった。
その態度に内心ニヤッとする凪沙だが、更に追い打ちをかける。
「佳純ちゃんってね、一旦陽君のことになると馬鹿みたいになるように見えるけど、実際結構計算してるところもあるんだよね。今回仲直りしてることに関してだって、陽君がそうなるように交渉をしてるはずだから、佳純ちゃんは絶対に陽君に甘やかしてもらえる条件を付けてると思う」
「ど、どうしてそんなことがわかるのですか……?」
「だって陽君は、相手と和解する時は基本交渉に持ち込むからね。そして佳純ちゃんは陽君に甘やかしてもらうことしか頭にない。となればだ、結果は火を見るよりも明らかだよね?」
「…………」
凪沙の言葉を受け、真凛は陽たちに視線を向ける。
そして先程ナチュラルに佳純のことを甘やかしていたことを思い出し、二人の関係が自然にそんなことをしてしまうほどに進んでいるのだという結論に至った。
だから一旦考えるものの、やはり真凛としてはそこまで一足跳びに越えられる線ではなかった。
真凛にとってそこまで許していい相手は、彼氏のみだからだ。
「ですが、やはり私は――」
「いいの? また負けちゃうよ?」
「――っ!?」
凪沙の提案を断ろうとした真凛だが、表情から既に返答を読んでいた凪沙に先手を打たれて息を呑む。
そしてその言葉は、真凛の胸に深く突き刺さっていた。
「――凪沙、今何を言ったんだ? 秋実のその様子……おかしいだろ?」
真凛の表情が一気に暗くなったことで、二人を観察していた陽はすぐに口を挟む。
しかし、凪沙は手をあげて陽に話に入ってくるなとジェスチャーをした。
「まぁ、僕の好きにさせてよ。悪いようにはしないからさ」
「既に悪いようになってようにしか見えないんだが……?」
「結果良ければすべて良しだよ。時には過程に目を瞑ることも必要だからね」
「…………」
自信がありそうな凪沙の言葉に、陽は黙りこんで真凛へと視線を向ける。
真凛の瞳は大きく揺れていて、うっすらと目元には涙が浮かんでいた。
それだけでよほど酷いことを言われたのだろうと陽には想像がついたが、一応陽は凪沙に対してのある種の信頼を置いている。
だから、ここは凪沙に任せることにした。
凪沙は根は優しい奴で、相手のことを考えることができる人間だと信用をして。
――逆に、佳純は陽の隣でダラダラと冷や汗をかいていた。
陽とは違い、耳が人よりもいい佳純は凪沙が真凛に対して言った言葉を聞きとってしまったのだ。
そしてその言葉は、真凛が自分に対して恨みを持っていることに直結する。
だから真凛の矛先が再び自分に向くのではないか、という不安と、自分ならキレるという言葉を言われた真凛がどう行動するのかわからず、気が気じゃなかった。
そのため佳純は、陽の服の袖をギュッと握ってグイグイと引っ張る。
「よ、陽……絶対止めたほうがいい……」
「いや、凪沙があそこまで言うなら任せよう。あいつはいたずらに相手を傷つける奴じゃないからな」
「でも……」
「それに、今から口を挟んだところでもうそれは手遅れだ」
既に真凛の顔色はかなり悪くなっている。
止めるのなら、この段階に入る前に止めなければならなかった。
ここで下手に邪魔をすれば、凪沙がする予定だったケアなどを邪魔することになりかねない。
そうなれば真凛の心に傷が残ってしまう。
だから陽は凪沙を信じて任せることにしたのだ。
(てかこれ……凪沙がうまくやったところで、それって結局俺が二人を同じだけ甘やかさないといけない、ということだよな……? そっちのほうが大丈夫か……?)
――と、不安を抱きながら。
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