第27話「寂しかったです……」

「どういうことだよ……?」


 佳純から予想外の言葉を聞いた陽は、眉を顰めながら彼女に尋ねる。

 しかし、佳純は首を振ってそれ以上のことを言うのは避けた。


「私が言っても信じないでしょ。知りたいなら彼から直接聞いて」

「ちょっと待て。さすがにそんなんで、はい、わかりました――なんて言えないぞ? この一件、お前が主体で動いていると思っていたが違うのか?」


 陽にそう尋ねられ、佳純は溜息を吐いてしまう。


「なんとも答えづらい質問ね。ただ、そうね……あなたが私と一緒にいて今までどう思っていたのか――そして、どうして昔のあなたが私以外を突き放すようになったかを思い出せば、答えは見えるんじゃない?」


 佳純のその言葉を聞き、陽は動揺したように目を見開いた。

 その瞳は大きく揺れており、陽が全てを理解したのだと佳純は察する。


(相変わらず、自分のこと以外だと嫌になるくらいに察しがいいのよね……)


 自分の気持ちを伝えるまで想いに気付いてくれなかったくせに、他人のことであればすぐにでも気が付く幼馴染を前にして佳純は心の中でそう毒づいた。


「それは、間違いないのか……?」

「本人に聞いたから間違いないわ。むしろ、一年前に彼から私に話を持ってきたんだし」


 佳純からその言葉を聞き、陽は自分が大きな勘違いをしていたことに気が付く。

 そして、頭を抱えたくなった。


「なんでこう、ややこしいことをする奴等ばかりなんだ……」

「あなたが言えるのかしら」

「…………」


 佳純にツッコミを入れられて、陽自身も自分が厄介事を持ち込んでいると思い黙り込んでしまった。

 だけど、すぐに佳純の顔に視線を向ける。


「言っとくが、あいつにどう唆されたにしろ、お前も秋実を傷つけたことに変わりないんだからな。自分がどれだけ最低なことをしたのか、自覚しろよ」

「わかってるわよ……」


 陽に注意をされ、佳純は拗ねたように唇を尖らせてソッポを向いた。

 昔、陽に叱られる度に拗ねた佳純がしていた表情だ。


 憎しみに溢れた表情ではなく昔のような表情を見せるようになったのは、彼女の要求を陽が呑んだおかげなのだろう。

 佳純は先程言葉にした通り、陽が要求を呑んだ時点で満足しているようだった。


 一つの問題が解決したところで本来なら喜びたいところだったが、生憎新たな問題が出てきてしまったので陽は溜息をつきたい気分になる。

 というよりも、下手をしなくても状況は更にややこしくなったようだ。


 今、陽はどう解決に導くのがいいか頭の中で複数パターンのシミュレーションを行っているが、どのやり方を選んでも真凛を傷つけてしまう未来しか見えなかった。


(本当、どうするんだよ……)


 これから待ち受ける未来が見えていた陽は、どうやれば真凛を一番傷つけずに済むのかを考え続けるのだった。



          ◆



「――葉桜君、遅いです……」


 真凛は夕日と海を眺めながら、待ち人が全然こないことに関して寂しそうに声を漏らした。

 てっきり十分くらいで戻ってくると思っていたのに、離れてから三十分以上経っても陽は戻ってきていない。


 真凛は我慢強いほうなのに、なぜか今だけは寂しさがまさっていた。

 まるで飼い主を待つ仔犬のように真凛はあたりをキョロキョロと見回しては、寂しそうに海へと視線を落とす。


(全然楽しくないです……)


 そして、拗ねたように小さく頬を膨らませた。


「――待たせたな」

「――っ!?」


 そうして海に視線を落としていると、待ち人の声が頭上から聞こえてきて思わず真凛は勢い強く顔を上げる。


「おっと……」


 そして顔を上げた先には、待ち人が真凛の顔を覗き込もうとしていたようで、顔が当たりそうになってしまった。

 もっと言えば、唇が当たりそうになってしまったのだ。


「~~~~~っ!」


 そのことに気がついた真凛は顔を真っ赤に染めて口元を両手で押さえた。

 そして、パタパタと子供のように足を動かす。


「…………」


 さすがの陽も同級生と唇が当たりそうになったとなれば平然とはしていられず、気恥ずかしい感情に襲われてソッと視線を夕日に逃がした。


 直後、背後からとてつもない寒気に襲われる。


(だからあいつは……)


 この寒気を引き起こす原因が何かわかっている陽は、頭を抱えたい思いに駆られてしまう。

 正直陽は、彼女の要求を呑んだのは早計だったかもしれない、と少し思っていた。


「は、葉桜君は、人を脅かせすぎです……!」


 そしてこちらの小さなお姫様――いや、天使は、不服そうに頬を膨らませて陽を見上げていた。

 こっちはこっちで手がかかる、そう思いながら陽は口を開く。


「わざとじゃない」

「なんだか、私をからかって楽しんでいる節があります……」

「完全に言いがかりだな」


 むしろ、真凛がそういうことをしてきているのではないか、と陽は思ったが、今の真凛が拗ねモードに入っているようなので余計なことを言うのはやめた。

 その代わり――。


「それで、この景色は気に入ってもらえたのか?」


 真凛が喰いつきそうな、別の話題を振ることにした。

 しかし、真凛からは予想外の返しがくる。


「えぇ、まぁ……」

「ん? 気に入らなかったか……?」


 思っていたのとは違う反応に、陽は真凛に視線を向ける。

 すると、真凛は陽から視線を逸らしてしまった。


「いえ、景色は綺麗でした」

「いや、綺麗かどうかじゃなく、気に入らなかったのかって質問なんだが?」


 真凛が何かを誤魔化したと思い、陽はあえて訂正をしながら再度質問をした。

 すると、真凛は小さく頬を膨らませてしまう。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……一人でポツンッといると、景色を楽しむ以前に寂しかったです……」

「なる、ほどなぁ……」


 プイッとソッポを向いた真凛の拗ねた様子と言葉に、陽は若干動揺してしまった。

 みんなには笑顔だけを見せ、陽には不満も見せる真凛。

 しかし、こんなギャップ萌えみたいなものを見せてくるとは思っておらず、不覚にも陽は胸が高鳴ってしまうのだった。


 ――そして、同時にとてつもない寒気にも襲われた。

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