第19話「黒髪美少女の誤算」
「…………」
学校が終わり、家に帰った佳純は自分の部屋で目を閉じて深呼吸をする。
そして――。
「陽のばかばかばか! 人の気も知らないでどうしてあの子に構うのよ! そんなにあの子がいいの!? この、ロリコン男!」
佳純は、日頃の鬱憤をぶつけるように大声を上げながら鞄を思いっきりベッドに投げた。
彼女は普段クールに見えるが、実際は胸に大層熱い物を秘めている。
そのため、普段はクールだけどある一定下では全然クールではなかった。
「ありえないありえないありえない! というかこの本嘘じゃない! 何が男は追わせれば勝手に追いかけてくるよ! 何が他の男に気があるように見せれば気を惹けるよ! 全然そんなことないじゃない!」
佳純は一年前に買った本のページを乱暴にめくりながら、怒りの言葉を叫ぶ。
この一年間それを実施していたはいいものの、効果は一切現れなかった。
そのことに関して凄く腹が立ってしまう。
「はぁ……失敗したぁ……! これなら一年前に木下君と手を組むんじゃなかった…!」
佳純は自分の大失態に今更になって気が付き、ベッドに頭から突っ伏す。
後悔先に立たずという言葉があり、今更自分がしてしまった行いを悔いてももう遅い。
一年前、佳純は陽から全ての人間を遠ざけようとした。
しかし、真凛だけは自分の言葉を信じず、陽に関わり続けたのだ。
真凛の見た目がかわいすぎるということで危機感を抱いた佳純は、彼女をどうにかして陽から遠ざけたかった。
その時に目を付けたのが、彼女の幼馴染みである晴喜だ。
高校生になってもずっと傍にいる幼馴染みというのがどれだけ女にとって大切な存在か、佳純はよく知っていた。
だから晴喜に気がある素振りを見せれば、彼に気がある真凛は陽に構っていられなくなると最初は踏んだのだ。
しかし、真凛はきっちり陽のことも気にかけ続けた。
そしてそんな時、自分には恋心がないと見抜かれていた晴喜からある提案を持ち掛けられてしまう。
真凛をどうにかしたかった佳純はそれに思わず乗ってしまうが、結果は大失敗。
一年経っても佳純と晴喜の目的は果たされなかったのだ。
そのことに業を煮やした二人が取った行動が、この前の真凛の失恋劇だった。
これは佳純にとって大きな賭けだったけれど、一年経っても自分の望む物を得られなかったのだから賭けに出るしかなかった。
それが、現状だ。
「こんなの、木下君の一人勝ちじゃない……! なんであの場に陽がいるのよ! そしてどうしてあの子には手を差し伸べたの! 私のことはあっさりと捨てたくせに……!」
佳純は忘れもしない。
失恋した真凛が走って行った方向に陽がいて、真凛が走ってきたことで姿を隠した彼がそこから出てこなかったことを。
幼い頃から彼の性格を知っている佳純はそれが信じられなかった。
他人には興味を示さず、自分にだけ優しくしてくれると思っていた存在が、別の女に手を差し伸べに行ったことが。
だからあの晩待ち伏せしていたのに、陽は言いたいことだけ言って家の中に入ってしまった。
そのことが佳純の中で許せない。
ただ、佳純は自分にも悪いところがあったとは思っている。
というのも、陽の顔を見かけるとどうしても決別した時のことを思い出して怒りが込み上げてくるのだ。
最近は一年以上手を焼かされている状況にも怒りを覚えており、本当に冷静ではいられていない。
陽さえその場にいなければ冷静に考えごとができるのに、陽がいると予め立てていたプランが怒りによって消え去るものだから佳純はどうにかしたいと思っていた。
ただ――それはそれとして、やはり許せないこともあるもので。
「陽も陽よ! 何が、『それがお前の答えか』よ! 誰がいつあの時の返事をしたの! 私してないからね! 勝手に決めつけないでよ!」
昨日の陽とのやりとりを思い出し、佳純は更に怒りを募らせる。
昼休みになって真凛に彼氏ができたと聞いて佳純は青ざめた。
というのも、振られたばかりの真凛が懐きそうな相手なんてあの状況では一人しか思い浮かばなかったからだ。
案の定探りを入れればその相手は陽だった。
自分の事は放っておきながら、真凛には構う陽に対して更に怒りが込み上げてくる。
だからもう真凛を近寄らせたくなくて説得しようとしたのに、真凛は真凛で途中から食い掛ってくるし、陽は陽で突然現れたと思ったら真凛を庇うようにして自分に立ちはだかった。
本当に、思い出すだけで怒りが込み上げてくる。
「どうしよう、このままだと本当に取り返しのつかないことになる……!」
恐れるのは、真凛の気持ちが完全に陽に移ること。
それを阻止するなら自分と晴喜の本当の関係を打ち明けるのが最適解に思われるが――実際のところ、それは最悪手だ。
全てを知った時、真凛の気持ちは完全に晴喜から切れる。
そして再度傷ついた彼女が何を求めるのかなんて、考えるまでもなかった。
そうなるくらいなら、隠し通してまだ晴喜から気持ちを切れずにいる状態でいさせたほうがいい。
しかし、それも長くは続かないだろう。
佳純はよく知っている。
寄り添うようになった陽の、中毒性を。
「あの二人を二人きりにしておくのだけはまずい……。しかも陽のことだから、週末はどこかに出かけるはず。それに彼女を誘ってる可能性が十分にあるのが更に頭を悩ませるわ……」
陽は怒りを覚えるほどに男女の関係性に疎いところがある。
女性が相手だろうと、必要だと思えば平然と誘えてしまうような男なのだ。
そんな陽が真凛を慰めるために綺麗な景色を見せるのが有効だと判断したのなら、まず間違いなく週末は二人一緒に出掛けるだろう。
そこまで読んだ佳純は、どうそれに割り込むか頭を悩ませるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます