第18話「ざまぁみろ」

「…………」


 とても不機嫌そうにしている少女――根本佳純は、黙って席から立ちあがった。

 その様子を見ていた晴喜は彼女を止めることができず、黙って後ろを付いて行く。


 そして佳純は後ろを付いて来る晴喜のことは気にも留めておらず、まっすぐと陽たちを目指して歩いていた。

 佳純の存在に気が付いた生徒たちは思わず息を呑み、佳純の行動に注目をする。


 しかし、佳純は周りの反応を気にした様子はなく、一直線に陽へと向かっていく。

 そして、静かに陽の真後ろへと立った。


 佳純が来たことに気が付いた真凛は息を呑み、彼女の顔を見つめる。

 だけど、今の佳純は真凛ですら眼中になかった。

 陽の行動に注視し、彼が麺をすすった瞬間――佳純は口を開いた。


「ロリコン」

「――っ!?」


 寒気がするくらいに冷たい声が真後ろから聞こえてきた陽は、驚いて勢い強く麺をすすってしまった。

 そのせいで、先程と同じく気管に唐辛子が入る。


「ゴホッゴホッ! の、喉が……!」

「は、葉桜君、大丈夫ですか!?」


 涙目で咳き込み始めた陽に対し、心配した真凛が声をかける。

 そんな二人を見下ろしながら佳純はニコッと笑みを浮かべた。


「ざまぁみろ」


 その言葉を聞いた陽は若干目に涙を溜めながら佳純の顔を見上げる。

 そして、怒りの感情を込めて睨みつけた。


「ど、どういう……ゴホッゴホッ……つもりだよ……!」

「あら、なんのことかしら?」


 陽の言葉に対し、佳純は頬に手を当てて小首を傾げる。

 全く悪気がないどころか白々しい態度に陽は更に腹が立った。


「とぼ、けるな……。いきなり……ゴホッ……人の後ろで……ロリコン、なんて言いやがって……」

「別に、誰もあなたのことをロリコンと言ったわけじゃないんだけど?」

「じゃあ……誰に言った……んだよ……?」

「木下君ね」

「えぇ!?」


 いきなり話を振られた晴喜は思わず声をあげてしまう。

 平然と彼氏を売る姿を見てこの場にいる全員が佳純のやばさを察した。


「さすがに……ゴホッゴホッ……それは……無理がありすぎるだろ……」


 晴喜が本当にロリコンなのであれば、佳純ではなく真凛を選んでいる。

 そんなことを考えながら言った陽だが、首元にヒヤッとした物が触れたことで体をビクッと震わせた。


「――っ!?」


 いったい何が触れたのか――そう不思議に思って首元を見ると、なぜか机から体を伸ばした真凛の手が自分に当てられている。

 訳がわからず真凛の顔に視線を向ければ、ニコニコ笑顔で真凛は陽の顔を見つめていた。


 普通に見るととてもかわいらしい笑顔。

 しかし、なぜかこの時陽は体に寒気が走るのを感じた。


「ど、どうした……?」


 思わず声をかけると、真凛はニコニコ笑顔のまま首を傾げる。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「いえ、何か失礼なことを考えていますね、と思いましたので」


 その言葉を聞き、陽は再度体に寒気が走った。

 確かに陽が先程考えたことは真凛に対して失礼なことと言えるだろう。

 なんせ、真凛のことをロリ体型と思い浮かべていたようなものなのだから。

 もちろん、女らしいある一部を除いて、だが。


 しかし、当然陽はそんなことを口走ってはいない。

 おそらく表情から察したのだろうけど、自分も前にロリコンネタを放り込んできたくせにこちらがロリ扱いするのは気に入らないのか、と陽は思った。


 ただ、そんなツッコミを入れることができないくらいに現在真凛の機嫌は悪い。

 おそらく、佳純がこの場にいることと、先程晴喜のことを彼女がダシにしたからだろう。

 晴喜のことを今もなお好きでいる真凛からしたらとても腹が立つ行為だったはずだ。


「…………」


 そして、佳純は佳純で、陽の首に触れた真凛のことが気に入らず凄い目で陽と真凛を睨んでいた。

 おかげで二人に挟まれている陽は生きた心地がしなくなる。


(くそ、どうして俺がこんな目に……)


 お互いがお互いを気に入らない二大美少女に挟まれた陽は、自分の境遇を嘆いてしまう。

 そもそも佳純が食堂にいることは予想外だった。


 佳純は普段弁当だし、一年生の時は晴喜も弁当を持ってきていたと陽は記憶している。

 だから二人が食堂に足を運ぶことはないと踏んでいたのだが、陽は自分の認識の甘さを今は恨んだ。


「それで……何か用なのか……?」


 このまま自分が黙り込んでいると真凛と佳純がまた変な争いを始めかねないと判断した陽は、佳純にこの場に来た理由を尋ねた。


「別に、特に用はないわ」

「何がしたいんだよ、お前は……」


 無茶苦茶な佳純に対し、陽は呆れた表情をする。

 しかし、その表情が気に入らなかった佳純はキッと睨んできた。

 今にでも噛みついてきそうな雰囲気だ。

 そんな佳純を前にし、今相手をするのは得策じゃないと判断した陽は晴喜へと視線を向けた。


「おい……お前の彼女だろ……。どうにかしてくれ……」


 陽は痛めた喉でそう言いながら、晴喜の顔を見つめる。

 だが――。


「い、いや、僕には無理だよ……」


 まさかの、晴喜は彼氏としての役目を放棄した。

 そのことに対して陽は凄く文句を言いたくなるが、今は真凛がいるため変に文句を言うのはやめにする。

 ここで晴喜に文句を言えば下手をすると真凛までもが噛みついてきかねない。


 佳純だけでもめんどくさいのに、これで真凛の相手までしないといけなくなればさすがの陽でもきつかった。

 ましてや、共通の敵が出来た途端今までいがみ合っていた者同士が手を組み始める展開も珍しくない。


 そうなった時、陽はこの学校の二大美少女二人を敵に回すことになるわけで――誰がどう考えても、その道を選ぶことだけはありえなかった。

 そのため、陽は溜息まじりに再度口を開く。


「とりあえず……食事くらい……ゆっくりさせてくれ……」

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