第15話「金髪美少女VS黒髪美少女」

「どうされました?」


 真凛はなんとか笑顔を作り、声をかけてきた少女――根本佳純の顔を見上げる。

 きちんと笑えられているか今の真凛にはわからないが、相手に不快感を与えないよう善処した。


 そんな真凛の顔を見つめながら佳純はゆっくりと口を開く。


「今、教室は騒ぎになっているわよ。あなたに彼氏ができたってね」

「…………」


 さすがSNSが普及された時代。

 噂が広まるのも早い、そんなことを考えながら真凛は口を開く。


「それは困ったものですね」


 真凛がそう答えると、佳純は「しらじらしい……」と、小さく呟いた。

 しかし、すぐに真凛の顔を見つめて再度口を開く。


「本来なら場所を移して話したいところだけど、生憎もう次の授業まで時間がない。だから単刀直入に聞くわ。私、一年生の時からに関わってはだめと何度も忠告したわよね? どうしてあなたは聞いてくれないの?」


 彼、と言われ真凛はすぐに該当する人物を思い浮かべる。

 周りに対して一線を引き、毎日やる気がなさそうに学校生活を送る男――葉桜陽のことを、佳純は言っている。


 真凛は一年生の時から陽に話しかけた後は、高確率で佳純から注意を受けていた。


『あの男は最低なの。あなたみたいな女の子が関わったらだめな相手なのよ』


 そんな感じのことをよく言われていた。

 思えば、入学当初に陽を孤立させたのは彼女だ。

 陽の悪評を流し、誰も彼に近寄らないようにさせた。

 特に女の子が関わろうとするとすぐに手を回していた節がある。


 元々陽が他人を突き放す性格であることは確かだけれど、彼が色眼鏡で見られる原因を作ったのはまず間違いなく佳純だ。

 そのことを真凛はよく思っていなかった。


「私は人を見る目に自信があります。彼は、信頼できる御方ですよ」


 相手を刺激しないようにニコッとかわいらしい笑みを浮かべて答える真凛。


 真凛と佳純は恋のライバルではあったが、決して仲が悪いわけではない。

 むしろ、勉強ではトップ争いをするいいライバルであり、陽のことを除けば話がわかる相手だと真凛は思っていた。


 その佳純が、本来であれば気にも留めないような相手である陽のことを異様に敵視していることが気になりはするものの、彼女と敵対するのは得策じゃないと真凛は判断した。

 だから、やんわりと返したのだが――佳純は、真凛の答えが気に入らなかったらしい。


「何も知らないくせに、彼のことを知ったような口を利かないでくれる?」


 普段クールな印象を受ける彼女の声よりも更に数段低くなったトーンで発せられた言葉。

 表情からも明らかな嫌悪感が窺える。

 そのトーンと表情に思わず真凛は驚いてしまった。


 しかし、その真凛の様子を見て我に返ったのか、佳純は一呼吸置いて再度真凛の顔を見つめてきた。


「とりあえず、彼にはもう関わったらだめよ。このままだと必ず後悔する時が来るわ」


 真剣な表情でそう言ってくる佳純だが、真凛は納得がいかなかった。


 佳純は関わったらだめと言うだけで、どうして関わったらだめなのかという肝心な部分を隠し続けている。

 それはおそらく、彼女にとって都合が悪い部分なのだろう。

 そうでなければ後押しになるのだから理由もきちんと話すはずだ。


 これだけ異様な執着をする人間がそのことに気がついていないとは思えない。


 そう判断した真凛は、やはり彼女の言葉に耳を傾けるわけにはいかないと思った。


「例えこの先あなたの言うような未来が待っていようと、それも私が選んだ道の結末です。それで後悔をすることになろうと、私が選んだ道であれば後に納得することができます。しかし――」


 そこで真凛は一旦言葉を止め、佳純の目を見つめた。

 そして、ニコッとかわいらしい笑みを浮かべて再度口を開く。


「あなたの言葉を信じて彼と距離を取った時、必ず私は自分の行いを後悔するでしょう。そして、他者に唆されて道を選んでしまった私は、きっと納得することができません。ですから、私は私の信じた道を歩みます」


 かわいらしい笑顔で言いつつも、明らかに佳純へと喧嘩を売る言葉。

 真凛のような誰とでも仲良くしようとする女の子にそこまで言わせた男に対し、佳純は密かに怒りを燃やした。


 しかし、周りの状況に気が付いた佳純はグッと感情を殺して口を開く。


「そう、あなたは賢い人だと思っていたけれど、どうやら愚かな人だったようね」

「自分の目ではなく、人の噂を信じて相手を判断することのほうが私は愚かだと思います」

「あなたが彼をそこまで庇う理由は何? そんなに昨夜かわいがってもらえたの?」

「さぁ、どうでしょうか?」


 睨むようにして見つめてくる佳純に対し、真凛はずっと笑顔で答え続ける。

 しかし、明らかに佳純が苛つく言葉を選んで答えていた。


 これは真凛が佳純に気を許しているというわけではない。

 ただ、今までの鬱憤と、自分に手を差し伸べてくれた相手を陥れようとする佳純に我慢ができなくなったのだ。

 だから、最初は穏便に済ませようとしていたはずの真凛は攻戦に転じてしまった。


 ――真凛は本能で察していた。

 ここで退いてしまうことは、後に取り返しのつかない過ちになるということを。


 一触即発――そんな雰囲気になっている二人。

 しかも、学校の二大美少女と評される二人が意味ありげなやりとりをしているのだから、周りが注目しないはずがなかった。

 そのせいで今や真凛たちは大勢の生徒に囲まれて見られている。


 そして、普段とは明らかに違う二人を前にした生徒たちは、彼女たちを唯一止められるであろう男子へと視線を向けた。


 しかし、彼も他の生徒たちと同様に普段とは違う二人の態度に戸惑ってしまっており、彼女たちを止める様子は一切見せない。


 そんな中――彼とは別の方向から、声が上がった。


「なんでこんな注目を浴びてるんだよ、お前らは……」


 突如として聞こえてきためんどくさそうな声に全員の視線が集まる。

 そして、意外な人物の登場に全員が目を見張った。


「葉桜君……」


 真凛がその人物の名前を呼ぶと、彼は仕方がなさそうに名前を呼んだ真凛ではなく佳純へと視線を向けた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「もう授業が始まる。話なら後で俺が聞くから、もう秋実に絡むな」


 陽は既にここに来るまでの間に何が起きているかの情報を得ていた。

 だからこそ、こうして割り込んだのだ。


 しかし、相手は陽のことを憎んでいる佳純だ。

 そう素直に陽の言葉を聞くはずがなかった。


「あなたには関係のないことよ。部外者は引っ込んでくれるかしら?」


 佳純は冷静を装い、陽を部外者扱いして会話から追い出そうとする。

 だけど、部外者という割には陽を見つめる佳純の目は異常だった。


 だからこそ、真凛はようやく佳純がどうして今まで陽の悪評を流し続けていたのかを理解する。


 愛と憎しみは紙一重。

 明らかに陽を見つめる佳純の目は、愛が憎しみへと変わった執念深い目だったのだ。


(しかし、それではどうして……)


 佳純が陽を憎んでいるのは間違いない。

 だが、同時に陽への想いが捨てきれていないように真凛には見えた。

 そのせいで、真凛の中には大きな疑問が生まれてしまう。


「部外者、か。それがお前の答えか」


 佳純に対して考え込みそうになった真凛だが、陽のその言葉を聞いて考えを中断する。


 いや、無理矢理中断したというほうが正しかった。

 そうでなければ、真凛は初めて己の中に黒い感情を生み出してしまっていただろうから。


 それを本能的に察した真凛は、無意識のうちに陽の会話へと意識を逃がしたのだ。


「答え、とは……?」


 真凛は震えそうになる声をなんとか我慢しながら陽に尋ねてみる。

 しかし、彼は首を横に振ってしまった。


「巻き込んどいて悪いが、お前は聞かないほうがいいことだ」


 陽がそう言うと、丁度授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。

 見れば教科担当の教師が野次馬に混ざって陽たちを見ている。


「――タイムリミットだ。これ以上は先生に怒られて内申が下がるだけだぞ? さっさと教室に入れよ」


 陽はそれだけ言うと、真凛たちに背を向けた。


 しかし――。


「あなたはそうやってすぐ逃げる! 本当に卑怯! 最低! そうやって人の心をかき乱すだけ乱して何がしたいの!」


 心の底から吐き出された、泣き声を含んでいるような声。

 その声を出した人物が意外すぎて他の生徒たちは思わず彼女を見つめてしまうが、陽はこれを待っていたと言わんばかりにその声の人物を見つめた。


「お前と話がしたい。そして、これで終わりにしたいんだよ。逃げてるのは俺じゃなく、お前だろ?」


 陽はそれだけ言い残すと、その場を後にするのだった。

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