第133話 意外な協力者

 因幡に声を掛け、鶫はすぐさま職員に指定された場所へと飛んだ。場所は市街地、住宅が立ち並ぶ入り組んだ土地である。まだ現地の避難指示まで手が回っていないのか、ちらほらと人影が見える。


 幾人かは突如現れた鶫――葉隠桜に驚いたような顔をしているが、それに構っている暇はない。興味本位で近寄ってくる子供相手には、危険だからあまりその場から動かないようにと声を掛け、鶫はぐるりと周りを見渡した。


「ここを基点に半径十メートルか。……確かに厄介だな」


 そう鶫は呟くように言った。この感じだと探査系の能力を持つ魔法少女ならともかく、普通であれば花を探し回るだけで相当な時間を要する事だろう。だが、それは足で探し回った場合だ。そう考え、鶫はゆるく口角を上げた。


――十メートルなら、糸が届く・・・・。たとえ花がどんな場所にあろうとも、範囲内にある限り絶対に見つけ出してみせる。


 鶫は小さく息を整えると、指先の感覚と繋げるように細い糸を四方に伸ばし、指揮をするかのように腕を振るった。一回、二回、三回と高さを変えながら糸を振るい、わずかな隙間縫って路地や排水溝、住宅の内部などに侵入し、見知った気配が無いかを探る。不幸中の幸いか、例の魔獣の気配は怪我をしたおかげで体が覚えていた。


 壁や人間の間をすり抜けるように糸を動かし、指先から入ってくる莫大な量の情報を精査しながら魔獣の気配を探る。余分な情報のせいで脳に負荷がかかり眩暈がするが、ぎり、と唇の端を噛んで意識を覚醒させる。多少無理をしたとしても、今は耐えなくてはいけない。


 対策室の職員から借りた腕時計の秒針の音を聞きながら、黙々と範囲内の捜索を続ける。じわじわと過ぎていく時間――タイムリミットに心が急くが、焦りを表に出すわけにはいかない。――いま必要なのは、冷静な判断と取りこぼさないための綿密さだ。


 そうして作業を繰り返しながら全神経を指先に集中させ、鶫はぴたりと動きを止めた。


「――見つけた」


 糸越しに伝わる、底知れない悪意を含んだ魔獣の気配。現状ではそれがダミーか本体かは分からないが、刈り取っておくに越したことはない。


 鶫はそのまま一本の糸を手繰り寄せるようにグイッと掴み、ゆらりと体を倒して右足に力を込めた。

 ぐん、と飛び出した弾丸のように鶫が動く。軽やかに塀を飛び越えて走り、そうしてたどり着いた先にあったのはピンポン玉程度の大きさのダリアのような花だった。海岸で見た時はチューリップのように見えたのだが、もしかしたら場所によって種類が違うのかもしれない。


 念のため報告は入れておいた方がいいだろうな、と思いながら鶫は糸を花に纏わせて冷たい声で言った。


「人の命を吸って咲く花か。――そんなもの、いくら花の形をしてようと綺麗でもなんでもない」


 くいっと腕を横に薙ぐように降り、花を米粒大にズタズタに切り裂いた。細切れになった花はひらひらと地面に落ちていき、やがて空気に溶けるようにして消えていった。


 鶫はそれをジッと見つめながら、端末を取り出して対策室へと電話を繋いだ。


「もしもし? 先ほどこちらにあった魔獣の花を駆除しました。何か変化はありましたか?」


 鶫がそう問いかけると、職員は『いいえ、特にはまだ何も。……どうやらそこに在ったのはダミーの様ですね』と答えた。そしてカタタ、とパソコンに何かを打ち込むような音が聞こえたかと思うと、職員は淡々と話を続けた。


『では次の現場をお教えします。準備は大丈夫ですか?』


「はい。いつでも飛べます」


 糸での捜索でやや精神は疲弊したが、力自体はそこまで消費していない。連続で転移と糸による捜索をするのは確かに負担がかかるだろうが、その程度は気合でねじ伏せてみせる。


『場所は茨城県××市の山にある神社の辺りです。座標は――』


 細かい位置を聞きながら、鶫は小さく息を吐きだした。――今回かかった時間はおよそ三分弱。想定よりも遅いペースだが、慣れていけばもっと時間は短縮できるはずだ。


――でも、大元の魔獣を倒すのは別に自分じゃなくてもいい。職員でも他の魔法少女でも誰だっていい。だからどうか、一秒でも早く大元を消し去ってほしい。そう願いながら、鶫は次の現場へと飛んだ。






◆ ◆ ◆






――葉隠桜が行動を開始してから五十分後。全体で数えて七十を超える花――ダミーの魔獣が駆除された頃、対策室では職員たちによる地道な努力が続けられていた。


「葉隠さんが向かったポイント89の北海道の山もハズレです! もう一体どこに本体がいるんですかぁ!?」


「うるせぇな。それが分かんねぇから必死に探してるんだろうが。喚いてる暇があったらさっさと手を動かせ!!」


 鳴りやまない問い合わせの電話に、飛び交う指示と泣き言の様な叫び。着実に薔薇が示したポイントは潰していっているものの、運が悪いのかまだ大元の魔獣にはたどり着けていない。


「現在の死者数は六十名か……。数字が増える速度も段々と増している。……いつになったら本命が見つかるんだ」


 そう言って因幡はぎり、と親指を噛んだ。

 着実にポイントは潰しているが、それでも大元となる魔獣が見つからない。――果たして本当にこの中に本命が存在しているのだろうか?


 そんな事を思いながら、因幡は小さく首を横に振った。薔薇の探査が間違っていたとは思えない。あれから他にも探査能力を持つ魔法少女や神祇省の術師にも探ってもらったが、ほぼ薔薇と同等の見解をしていた。


 この地図上に配置された百八の赤い点――その中に、今回の騒動を引き起こしたイレギュラーは必ず存在する。……だが、もしも見つからなかったら。その時はどうすればいいのだろうか。最悪のことを考えて次の策を練った方がいいのかもしれない。


 因幡が淡々と思考を巡らせていると、パタパタと足音を立てながら一人の少女が近寄ってきた。


「――あれれ、なんか随分と大変そうですね!」


「……吾妻さん?」


 そう言って因幡の顔を覗き込んだのは、十華の一人である吾妻蘇芳あがつますおうだった。


「どうして此処に? 貴女は確か休みだったと思うのですが」


 怪訝に思いながら因幡はそう告げた。吾妻は十華に所属してはいるが、その実態は葉隠桜と同じ在野の魔法少女である。シフトの入っていない日――つまり休日は政府の管理下からは外れ、出動などの命令をすることが出来なくなる。そのせいもあって、今回の騒動では彼女に協力要請は出さなかったのだ。


「んー、私はシミュレーターを使いに政府に来てたんですけど、何だか騒がしいなって思って他の子に話を聞いたらこの事件の話を聞いたんです! 転移能力者が必要なんですよね? 大したことは出来ないかもしれないですけど、お手伝いしますよ!」


「はい。……確かにそうなんですが、吾妻さんは良いのですか?」


「え? 何がですか?」


 因幡がそう告げると、吾妻はこてんと首を傾げた。何を言われているのか分からない、とでも言いたげである。


「いえ、吾妻さんはあまりこういった事に興味がない・・・・・と思っていたので」


 そう言って、因幡はハッとした風に口を押えた。――どう考えても失言である。少なくとも協力を申し出てくれた人間に対して言うことではない。


 だが、因幡にも言い分がある。そもそも吾妻蘇芳という魔法少女は、あまりこういった事には関心を持たないタイプの少女なのだ。


 見た目や言動こそは取っ付きやすい明るい子供に見えるが、その本質はまったくの真逆である。周りには上手く隠しているようだが、吾妻はどうにも政府――というよりも魔法少女の関係者を嫌っている節があるのだ。


 ふとした時に見せる表情や、明るい言葉の奥に見え隠れする嘲りの態度がそれを物語っていた。これは今まで多くの魔法少女を相手にしてきた因幡だからこそ分かってしまったのかもしれない。

 だからこそ因幡は不思議だった。被害者が出ていることですらあまり気にも留めないような彼女が、急に協力を申し出たのだ。裏を疑っても仕方がない。


「ふうん、まあ別にいいですけど。――まあ、たまにはこういうのも良いかなって思いまして! えへへ、だって私良い子ですから!」


 吾妻はそう言ってへらりと笑うと、因幡の隣に座ってニコニコと笑った。……何はともあれ、手伝ってくれると言うならば逃がす手はない。


「……ご協力感謝します。因みに、転移の残数はどれくらい残っていますか?」


「うーん、大体十七回くらいですね! 帰りの事も考えると、二回くらいは残しておいてほしいですけど」


――吾妻の持つ転移は、葉隠と違って回数制限がある。その日の調子によるが、大体一日で二十回ほどの転移を可能としている。他に違いがあるとすれば、吾妻のスキルは生きているモノも一緒に転移できることだろうか。だが、その同行にも条件が一つだけある。


「本当は捜索効率の為に薔薇さんを一緒に同行させて欲しかったのですが、薔薇さんの方が吾妻さんより少し大きい・・・・・ですよね……」


 吾妻が共に転移することが出来る生き物は、自分より小さいモノ・・・・・だけだ。壬生や雪野辺りならば可能だったろうが、それでは意味がない。


「そーですねぇ。私はほんのちょっとだけ小柄ですから、一緒には難しいです! ――それで、私はどこへ行って何をしたらいいんですか?」


 そう無邪気に問いかけてくる吾妻に、理由はどうあれ協力を感謝しながらも因幡はパソコンの地図を指さしながら説明を始めた。


「そうですね、まずはこの地図のポイント102に飛んでいただいて――」


 そうして指示を出すと、吾妻は特に反論もせずに現場へと向かって行った。……最初から疑ってかかったのは、考え過ぎだったのかもしれない。忙しい日々が続くと、こうして心がすさんでいく。悪い傾向だ。


 そんな自己嫌悪のせいでキリキリと痛み出す胃を無視しながら、因幡は祈るように額の前で手を組むと、呟くように言った。


「どうか――早く大元を見つけてくれ。これ以上死人が増える前に」


 こんな風に祈っている暇などないことは因幡も分かっていた。だが定期的に鳴る死者の報告音に、焦りばかりが募る。誰もが事態の収束に努力してが、結果は思わしくはない。


――誰か。誰でもいい。どうか早く大元の魔獣を見つけてくれ。そう願いながら、因幡は深く祈った。……けれどその願いが叶ったのは、残念ながらそれから三十分も後だった。






◆ ◆ ◆






 吾妻が捜査に加わってから三十分後。本命の花に当たることなくポイント108まで全ての花を駆除し終わった瞬間、被害者たちの体に宿る種は幻のように消え去っていった。もしかしたら、あれらはダミーではなく以前葉隠桜が戦ったバッタのように、存在の核を分け合った軍隊の様な物だったのかもしれない。

 だが、この件について最後の花を手折った魔法少女――葉隠桜は後日の調書にてこう語っていた。


――いくらE級以下の魔獣とはいえ、あまりにも手ごたえがありませんでした。本当にアレが最後の花だったんですか?


 けれどその問いに応えられる者は誰もいない。何故ならば最後の花の消滅をもって種が消えたことは事実なのだから。



 暫くしてこの事件が終息した後、政府のとある報告書にはこう書かれていた。


――7月某日。暫定F級クラスの魔獣が大量に確認された。その魔獣の気配があまりにも小さすぎるため、結界の予知システムをすり抜けた可能性がある。

 被害者は年若い女性を中心に三百人超。その被害者の中に魔法少女や適正持ちの女性が多く含まれる事から、適正持ちを狙ったイレギュラーの魔獣だと認定した。


 身体に種子を打ち込み、体を巡る力――生命力を糧にして成長する魔の植物。その種子は神経に絡みつき、一瞬にして全身に巡る。本体である種子を排せば生命力の吸い上げは停止するが、種子と根が切りはなされた瞬間、被害者の体に神経を引き裂かれるような痛みが走り、その殆どがショック死の状態となる。


 個体名を【ヤドリギ】と仮定義する。


 持ち込まれた種を解析した所、全国で女性を襲撃した花は『子』であり、大元の親となったヤドリギの花を駆除することで、子の吐き出した種子も根ごと自然消滅すると対策室は判断。探索が得意な魔法少女の手を借り親花の場所(ダミーを含む)を特定。対策室から依頼を受け、転移が出来る魔法少女が現地に花を駆除しに行き、ヤドリギの花の消滅を確認した。


 被害者の内、死亡・・したのは約三割――九十二人。その中には、まだ適性年齢にも満たない幼い少女・・・・が多数含まれていた。


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